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再 会

 そして、夏休み最後の日、南美は、自分がいない平日の対応が心配になり、何とかパートを捜さなければと悩んでいたこともあって、店にキャベツを持参するのを忘れてしまい、電話を受けた南美の母親が慌ててキャベツを持って店にやって来た。

 母親は娘がお世話になっているため、一度、店長に会って挨拶をしたいと思っていたこともあって、ドアを開けて、

「こんにちは」明るい声で一歩店に入ったのだが

「いらっしゃ…… 」修一が息を飲んだ。

「あ、彩花……」

「……」修一に驚いた彼女は無意識のうちに背を向けてそのまま外へ飛び出した。


 その様子を見ていた南美は

「母さん、どうしたの…… 」あっけにとられてドアに目を向けたままだったが

「彩花!」母親の名を呼びながら飛び出した店長に頭が真っ白になってしまった。


( な、何なの、知り合いなの )


 外に飛び出した彩花は、二~三歩走ったものの、事態が理解できずに立ち尽くしてしまったが、後ろからの

「彩花、彩花だろ」懐かしく優しい声に静かに振り向いた。


「こんなところにいたのか…… 元気だったのか?」修一はそれだけを言葉にするのが精いっぱいだった。

「……」彼女が静かに頷いたが、彼はあとの言葉が続かなかった。


「修一さんこそ、こんなところで…… 社長令嬢とは結婚しなかったのですか? 」

「したよ、君がいなくなって、訳が分かんなくなって……  でも、もう終わりにしたんだ」

「別れたの?」

「ああ、離婚届にサインして出て来た」修一は彩花を見つめたまま身動きできなかった。

「それでお好み焼き屋なの?」彩花の眼差しがとてもやさしい。

「うん、なんか…… まっ、もうよそう、家族は?」彼はふと彩花の人生が気になった。

「えっ、娘が一人…… 」ふっと現実に戻った彩花は目を伏せてしまった。

「ご主人は? 」

「えっ」彩花が静かに頭を振ると、

「そうか、亡くなられたのか…… 」修一は彩花の苦労を思うとなぜか悲しかった。


 その時

「お母さん、何してんのよ。入りなさいよ」ドアを開けた南美が声を上げると

「えっ、えっ、ええっ! 」一瞬、南美に目を向けた修一は、慌てて彩花に視線を戻すと、

「ど、どういうこと? 南美ちゃんて、彩花の娘さんなの?」彼がおそるおそる尋ねると

「……」彩花は無言のまま静かに頷いたが、彼女は既に真実を話すべきかどうか悩んでいた。


「どうしたの? とりあえず入ろうよ」南美が重ねると

「ちょっと待って…… 」彩花は南美に目を向けたものの結論が出せないでいた。

「……」そんな彩花を見つめながら修一も何かが引っかかっていたが、何せ突然のことに動揺は隠せなかった。


「えっ」俯いたままの彩花を見つめていた彼は

「ちょっと、待ってよ。南美ちゃんはもうすぐ17才だろ、彩花がいなくなったのは…… 」ふと疑問を持って

「彩花、まさか…… まさか、俺の子じゃないよな…… 」目を見開いた。


 当時、修一はまだ若い彩花のことを気遣って、子供は絶対に籍を入れてからと考え、細心の注意を払っていたが、ある日、サックが切れていることに気が付いて、出かけようとしたのだが、大雨が降っていたこともあって

「今週は大丈夫よ」と彩花が微笑んだので安心した彼はそのままベッドに入ったことが一度だけあった。

 彼の脳裏をその日の光景がよぎった。


 一方彩花は、驚いた修一を見つめながら、

( 何も隠す必要なんてない、悪いことした訳じゃない、この人に家族がいたって、仕方ないのかもしれない。南美にだって父親を知る権利があるはず )

 意を決したのだが、平気でそんなことを思ってしまった自分に驚いていた。


「あなたの娘です。私はあなた以外の男性とは関係したことが無いです」

「お、俺の娘なのか…… そうか…… 俺に子供がいたのか…… そうか…… それもあの南美ちゃんか…… 」修一の表情が見る見るうちに緩んでいくと


( 喜んでくれているの…… )彩花は不安だった。  


 二人の時間が静かに流れていた時だった。

「はあっー、店長が母さんを捨てた男だったのっ!」南美の怒りに満ちた声に

「えっ、そ、そんな……」修一は慌てたが

「違うの、南美ちゃん、違うのよ……!」彩花が懸命に否定した。

「何が違うのよっ、どうしてかばうのよ!」南美が近づいてくると

「南美ちゃん、お父さんが逃げたんじゃないの、お母さんが勝手に勘違いして身を引いたの……!」

 彩花は懸命に娘を制したが

「はあっー、どういうことなのよ」南美の表情は険しいままだった。

「いや、俺もそこは聞かせてほしい……」修一も目を見開いた。


「何もめてるの、お金、テーブルの上に置いてるよ」

 お昼前、一人だけいた早めの客が店を出ると

「とりあえず、中に入ろうよ」はっとした修一が二人を中に誘導すると、すぐに【臨時休業】の札を出した。


 テーブルに座った後

「あの頃、お母さんはね…… 」彩花が当時を思い出しながら話し始めた。


 当時、人のうわさに惑わされて悩んでいた時、祖母が体調を崩したため、休暇を取って静岡に帰って来たのだが、気持ちが沈んでしまって、会社に帰っても別れが待っているだけのような錯覚の中、そのまま、彼女は辞表を送って姿を消してしまったのだった。

 しかしその後、南美がお腹に宿っていることを知って、彼女は打ち明けようかと考え、様子を探ってみたが、修一は既に出向に出ていたため、結婚を決意したのだと思い諦めてしまったのであった。


 話を聴いた南美は

「何なの、それ…… 母さん、馬鹿なの……?」呆れてしまった。

「南美ちゃん」修一が慌てたが

「確かにね…… 今思えばなんて馬鹿だったのって思うわよ。でもね、当時は世間知らずのまだ子供でね、修一さんの出世の邪魔をしちゃいけないって思ってしまったのよ……」彩花は目を伏せてしまった。

「申し訳ない…… まさか、そんなことで…… 俺の配慮が足りなかったのかもしれない…… 」修一が瞼に涙を浮かべると

「だけど私のお父さんなのは、間違いないの?」南美はまだ信じられないような表情だった。

「間違いないわよ、母さんはお父さんとしか関係していない…… 」彩花の語気が強くなった。


「ふーん、そうか…… ところでさ、じゃ、お父さんはどうやって責任を取るのよ」突然南美の様子が変わった。

「えっ、お父さんって呼んでくれるの?」

「はあっー、だってお父さんなんでしょ、今迄みたいに店長って呼べって言うの!」

「いや、うれしいよ。自分に子供がいたなんて、信じられないよ」修一が微笑むと

「何がおかしいのよ、母さんと私は大変だったのよ、ひいおばあちゃんが亡くなった後、母さんは一人でキャベツ畑、守って来たんだから…… 」

「ご、ごめん…… 」

「まあいいわよ、お父さんお金持ちみたいだし、許してあげるわよ」

「い、いや、そんなには持っていないんだ」

「はあ、社長令嬢と結婚したんでしょ」

「いや、だけど……」

「あっそうか、別れるのか…… それってやばいじゃん、慰謝料ちゃんともらいなさいよ」

「な、南美ちゃん…… なかなか、そういうわけには……」修一が眉をひそめると

「子供はいないの?」彩花が突然尋ねた。

「義理の息子はいるんだけど、実の子はできなかったんだ」

「そう…… それは寂しかったわね」

「でも、いいじゃん、お金には苦労していないんだから…… だけど参ったね、大学のお金出してもらえるって思ったのに……」

「いや、それくらいは大丈夫だと思うよ」

「えっ、そうなの…… 」

「南美ちゃん」彩花は南美に目を向けた後

「ごめんなさい、この子、大学に進学するお金のことばかり考えていて…… 」修一に向かって眉をひそめた。


「いや、君に謝られても…… お、俺の娘でもあるんだから、できることはさせて欲しい」

「えっ、お父さんてなかなかいい人だったのね」南美が微笑むと

「南美ちゃん…… 」何故か修一は複雑な思いだった。


「俺はさ、会社を助けて欲しいって、先代の社長から頼まれてさ、彩花がいなくなって、どちらかと言うともうどうでもいいって思っていたりして、結婚したんだ。ちょうど義理の息子が7歳だったかな……」

「養子になったの?」

「ああ、だけど…… 」

「へえー、養子だから小さくなって、お父さんも大変だったんだ」南美が優しい目を向けたが

「いや、そんなことはないんだ。義理のお父さんもいい人で、義理の息子もすごくなついてくれて、奥さんも3歳年上だったけどすごく気を遣ってくれてさ、給料は家に入れなくてもいいから好きなように使ってくれって、義理のお父さんから言われて…… 」修一が懸命に説明すると

「何なの、それ、今限り幸せじゃないのよ」南美は顔をしかめて呆れてしまった。


 しかし

「そうだね、周りから見ればそうだったのかもしれない」修一がふっと遠くを見つめると

「何かあったの?」南美も心配になって訪ねてしまった。

「いや、子供でもできていれば、また違った人生があったのかもしれないけど、子供は授からなかった。」

「そうか、あったのはお金だけで愛はなかったのか……」南美が顔をしかめると

「南美ちゃん、すごいこと言うね、でもね、形は違うかもしれないけど、それぞれの愛があったのかもしれない」修一はふと家族の気遣いを思い浮かべた。

「ふーん、難しいね」

「そうだね、だけどふとした時に、もう会社は大丈夫、俺はこのまま何をするんだ、今までは矢田の家のために生きて来たけど、ここからは自分のために生きてみたいって思ったんだ。静岡に支社があって来るたびに、物件を探していてさ、ここを買っていたのも忘れていたんだけど、昔思っていたみたいに、お好み焼き屋をやりたいって…… 」彼が彩花に目を向けると

「昔、言ってたものね……」彩花も微笑んだ。

「うん…… 」

「お母さんのことは気にならなかったの?」

「いや、場所を静岡にしたのは、お母さんの出身が静岡だって聞いていたから…… でも、会えるとは思っていなかったけどね」

「ふーん、神様っているんだね、じゃ、二人は遅ればせながら結婚しますか?」南美が平然と語ると

「そんなわけにはいかないわよ」彩花が顔をしかめた。

「もう面倒な人ね、何が駄目なのよ」

「だって、あちらさんだって、そう簡単には別れてくれないでしょ」

「えっ、そうなの?」南美が修一に目を向けると

「うん、どうかな…… でも、もし彩花が一緒になってくれるんだったら、絶対に話をつけてくるよ」

 修一は思いを語ったつもりだったが

「ちょっと待ってよ、お父さん! それって卑怯でしょ! 」突然南美が怒りを露わにした。


「えっ」

「だって、お母さんが一緒にならないって言ったら、離婚はしないの!」

「えっ、そういうわけじゃないけど…… 南美ちゃん、鋭いところついてくるね」

「この前ね、男子に告白されたのよ、以前はなかなかいいなって思っていた奴なのよ」

「へえー、南美ちゃん、可愛いもんね」

「まあね、だけどさ、そいつは彼女がいるのよ。『彼女がいるでしょ』って言ったら、私が付き合ってくれるんだったら別れるっていうのよ、最初から私のこと、『好きだったけど、付き合ってもらえそうにないから今の彼女と付き合ったんだ』って言うのよ」南美は呆れたように語気を強めた。

「ほおー、言葉がない」

「それと同じでしょ」

「確かに……」

「だいたいね、昔だって、お父さんは、そんな優柔不断なところがあったのよ、絶対よ。母さんは自分が身を引いたって言ってたけど、お父さんのそんな優柔不断なところが不安だったのよ、例えばお母さんが不安をぶつけてもはぐらかしたり、ごまかしたりして、お母さんの不安をとり除いてあげなかったのよ。だいたい考えてみなさいよ、そんな人の噂だけで姿を消したりしないよ。その噂を信じさせるだけのものがお父さんにあったのよ、ひょっとしたら、社長令嬢と一緒になったら楽に暮らしていけるとか思ってたんじゃないの……」南美が一気にまくし立てると

「南美ちゃん…… 」

 彩花は、娘が自分の思いを語ってくれることはうれしかったが、それ以上に修一を責めないで欲しいという思いの方がはるかに大きかった。久しぶりに再会した修一は、以前にもまして魅力的で、彼女はそんな彼に再会できただけで胸がいっぱいになっていた。


「いやー、本当に言葉がない、南美ちゃんの言う通りかもしれない。私に本当の意味での思いやりがなかったのかもしれない。だから、こんな人生になってしまったのかもしれない…… 」彼が俯くと

「無理しなくてもいいですよ。こうして再会できただけで私はうれしいです。時間は流れるように流れていきますよ」彩花が優しく微笑んだ。

「済まない」

「駄目よ! 何が流れるように流れていくのよ、お母さんの17年と私の16年、ちゃんと償ってよ」

「そ、そりゃもちろん…… 」


 修一は初めて娘だと知った南美にやられっぱなしだったが、それでも、彼は自分の子供がこんなに可愛くて賢い娘だと知って、うれしくて仕方なかった。

 彼は何がどうあっても、この3人で家庭を築かなくては…… 絶対に人生をやり直すんだ! そんな強い思いで唇をかみしめると何度も小さく頷いた。


「ねえ、今夜は3人で何かおいしい物でも食べに行かない? 」彼はこの記念すべき日を何とかしたいと思っていた。今日という1日がいつものように過ぎていくことに我慢ができなかった。


「お父さんね、私みたいに可愛くて賢い娘がいることを知って、うれしいのはわかるわよ。でもね、これからのこと考えたら、そんなに贅沢はできないでしょ」

 

 安藤ファームの娘と言っても、キャベツの収益はしれている。母親の彩花は、空いた時間でパートをしながら生計を立ててきたため、苦労してきた南美はお金のありがたさを良く知っている。


「大丈夫だよ、そのくらいは何でもないよ。それより、何が食べたいの? 」

「ええっ、そうなの?」

「……」修一が微笑んで頷くと

「じゃあ、焼き肉で…… 」

「えっ、嫌いでしょ、」

「アミ焼きで肉汁が出たら食べれるし、結構好きなのよ」

「へえー、わかった」


 修一は、かつて接待などでよく使っていた聚楽園に予約を入れた。

 午後6時半、聚楽園に到着すると、野木と名乗った修一を見て支配人が驚いた。

「専務、気が付きませんで申し訳ございません」

「とんでもないです。もう専務は辞任しましたし、今日は個人的な使用なのでご理解ください」

 修一の笑顔に支配人は安堵したがそれでも念のため、専務秘書の中山洋子に電話を入れると

「請求書は会社に回してください。絶対に個人からは受け取らないで下さい」と念を押されたため、

慌てて、個室を用意して、3人を案内した。


「支配人、テーブル席でいいのですが…… 」

「とんでもないです」支配人は全く聞く耳持たずといった感じで、3人を特別室に案内した。

 彩花と南美は、聚楽園の名前は聞いたことがあっても、決して今まで入ったことはなかったのに、 その店の特別室である。

「母さん、やばいよ、相当にとられるよ」南美が眉をひそめると

「なによ、気が小さいのね。償ってもらうんでしょ」

「だけどさ…… 」

「いいじゃないの、初めて来たんだし、気にしない、気にしない」彩花は全然問題はないのだろうと思っていた。


「お嬢様中心でしたら、カルビのいいのが入っていますので…… 」支配人が微笑む。

「ええ、とりあえずお任せします」

「お連れ様はお飲みにはなられないのですか?」支配人が彩花に目を向けると

「彩花? 飲まないよね」修一が念を押したが

「いえ、生の大をお願いします」思わぬ回答に

「ええっ、飲むの?」彼は目を見開いた。

「飲みますよ。もう二十歳の小娘じゃないんですよ」


 支配人は曰くのありそうな関係に気を遣いながら

「お嬢様は、ウーロン茶でよろしいか?」

「はい……」

「かしこまりました」

 支配人が退室しようとすると

「お父さんは?」南美が心配すると

「あっ、お父様はいつもウーロン茶しか飲まれないんですよ」支配人が微笑むと南美はなぜかすごい、と思ってしまった。

これまでに口にしたことのないような上等な肉に、特に南美は驚きながら、父親がすごい世界の人のように思い始めていた。


 そして、食後に支払いをしようとカードを出した修一に

「会社の方に回すように言われておりますので……」支配人が頭を下げると

「いや、会社とは関係ないので、これで支払います」彼は眉をひそめたが

「ご容赦ください。どうしても会社に回さないようにとおっしゃるのでしたら、今日は私共のサービスにさせていただきます」

「ちょ、ちょっと、待ってください。それは困ります」

「専務、お願いいたします。ここまでどれだけお世話になったことか、何卒ご理解ください」

「そうですか…… そこまでおっしゃっていただけるのであれば、会社の方に回してください」

「ありがとうございます」


 店を出て車に乗ると

「お父さんて、なんか、すごいね、かっこいいよ」

「ははは、私の力じゃないよ、矢田の力だよ」修一は笑ったが、娘の言葉がとてもうれしかった。

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