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殴りこみ

 この話を聴いた南美は、

「あの爺さん、なかなかやるじゃないの」といって笑ったが、それでも、

(もし本当にそんなことになって死んでしまったらどうするのよ、母さんはどうなるのよ、私の大学はどうなるのよ)

 ふとそんな不安を思うと、「急がなくっちゃ」と思ってしまった。


 そして、十日後の金曜日、学校が設立記念日で休みだったため、南美は断腸の思いで貯金をおろし切符を買い新幹線に乗り込んだ。

 彼女が矢田コーーポレーションに着いたのは午後1時過ぎのことであった。


 彼女が受付に進んで

「あのー、以前にこちらで専務をしていた矢田修一の娘なんですが、今現在の矢田専務にお会いしたいのですが……」頭を下げると

「ええっ」

 前専務の娘と聞いた受付嬢が慌てて専務秘書に連絡を入れると、すぐに中山洋子が降りて来た。

 ロビーのソファに座っている南美を一目見た中山は、すぐに修一の店にいたJKだと気が付いた。


「どうされたのですか? それも娘さんってどういうことですか?」腰を下ろした中山だったが、さすがに慌てていた。

「専務さんにお会いしたいんですけど…… 」南美はこの中山とは話したくないと思っていた。

「でも事情を教えていただかないと、会わせることはできませんよ」少しむかついた中山も事務的に言葉にしたが、

「どうしてあなたに説明しないといけないんですかっ、個人的な話ですよ」南美が目を吊り上げると

「でも、あなたが矢田修一取締役の娘さんだということの真偽も定かではありませんから……」

「そうですか…… わかりました。わざわざ静岡から出て来たのにあなたが邪魔をするんですね」

JKとはいえ、苦労してきたうえに頭の切れる南美は、口での勝負なら負けないという自負があった。


「そうは言っていないでしょ。会っていただく必要があるのかどうかを判断したいって言っているのよ。わが社は三年後には東証二部上場を目指しているのよ。少なくてもアポなして、これだけの企業に突然訪れて、専務に会いたいと言われても、普通では取り合ってもらえないわよ」

 この娘が修一の子供などであるはずがないと思っている中山は、目の前にいるJKの目論見がわからず苛々していた。


「わかりました。ここの会社では矢田修一の娘が訪ねて来たということは、普通のことなんですね」詳細な説明をしたくない南美は、肝心なところは避けて議論していた。


 一方中山も、的を外されていることに気づいて

( 腹が立つけど頭のいい子ね、口も立つし…… )と感心していた。


「だから何度も言っているように、あなたが矢田修一取締役の娘さんだということに確信が持てないから、そこを説明してって、お願いしているのよ」少し冷静になって来た中山は、言い方を変えてみたが、

「だから、私も何度も言っているじゃないですか、私は矢田修一の実の娘で、矢田修一の戸籍上の息子である専務に会いたいって言っているのよ。そこにどうして第3者のあなたが入って来るんですかっ」南美が声を荒げると

「私だってあの人のことについて言えば、第3者じゃないわよ」中山も無機になっしまった。

「どういうことですか?」

「私はね、前専務…… 修一さんが会社を去るときに、静岡に行くことを私にだけ打ち明けてくれたのよ。『一緒に連れて行ってほしい』ってお願いしたら、『体制が整ったら連絡するから』って言われて、私は今でも彼から連絡が来るのを待っているのよ」

中山は一気にまくし立ててしまった。

「……」(あのくそ親父、帰ったら殴ってやる)

 南美は言葉が出なかったが、それでもポーカーフェースを装った。


 しかし、その動揺は中山には読み取られてしまった。


 中山は一瞬、「ふふっ」と心で微笑んだが

 その瞬間、(なんて馬鹿なことを言ってしまったの…… )激しい罪悪感にさいなまれてしまった。


「でも、それと私たちの既成事実とは種類が違うでしょ、とにかく、会わせてくれるのかくれないのか、それを教えてください」


「今の情報だけでは会わすわけにはいかないわよ」一瞬躊躇したが、小娘に負けたくないと思っている中山は言い切ってしまった。


「わかりました。失礼します」南美は立ち上がって頭を下げると受付嬢のところに進み、

「先ほども言いましたが、私は矢田修一の娘です。その私が父のことで専務とお話がしたかったのですが、あの人が邪魔して会わせてくれません」中山を指さした。

「……」中山は唖然としてその様子を見つめていたが

「私はお金がないのに大事な話があるから、わざわざ静岡から出て来たんです。このことは専務さんには伝えてください。あの人は絶対に伝えませんから……」南美は中山を一瞥すると

「絶対に伝えてくださいよ。二人の人生がかかっているんですから」眉をひそめた。

「あっ、それから、もし私に会いたいのだったら、東京静岡の往復の新幹線代と、1時間当たり2千円払ってください。そうすれは、もう一度東京に出てきます」南美が頭を下げて出口に向かおうとすると


「ちょっと待ちなさいよ。もうわかったわよ。私の負けよ」中山が呆れたような表情で南美に近づいてきた。

「えっ、本当ですか!」微笑んだ少女はまさにJKだった。

それを見た中山は顔をしかめてわずかにうなだれた。


「でもね、専務は今日は出張してるのよ」中山が眉をひそめると

「えっ、信じがたいんですけど……」

「わかったわ、一緒に専務室に行きましょ、そこから帰れるかどうか確認してみるから……」

「はい」


 エレベーターに乗った後

「あなたって口も立つし、頭もいいのね」

 完全に我を取り戻した中山は、一回りも年下のJKを相手に我を忘れて無機になってしまったことが情けなくて仕方なかった。

「それは皮肉ですか?」

「そんなことは無いわよ、本当に感心している」

「そうですか、ありがとうございます。ところで……」南美は気にかかっていることを確認しようかと思っていたが

「嘘よ、断られたのよ」中山がぼそっと言った後、大きく息をはいた。

「えっ」

「前専務に、一緒に連れていって欲しいってお願いしたら、きれいに断られたのよ」

 中山が悲しそうに目を伏せると

「えっ、そうなんですか……」南美はとても嬉しそうだった。

「ごめんなさい。年甲斐もなく女子高生を相手に無機になった自分が恥ずかしいわ…… でも、それだけあの人は魅力的だったということね」

 中山が眉をひそめると

「そうですか…… 中山さんって、本当はいい人だったんですね」南美が微笑んだ。

「よしてよ」


 専務室に通されソファに座った南美は驚いた。

「お父さんは、こんな部屋で仕事をしてたのか…… 」独り言を呟きながら部屋を見回していると

「連絡をしてみるから……」中山は専務室を出て秘書室に戻ると修一と裕也に電話を入れた。

修一から全てを聞かされた彼女は驚いてしまったが、どうしてそんなことになってしまったのか、今一つ理解に苦しむところがあった。


 しばらくして、南美のところに戻って来た中山が

「ごめんなさい。専務は、宿泊を止めて、今日の最終便で帰って来るけど、遅くなるから、会うのは明日になるって…… 」

「ええっー」

「だから今日はホテルを用意するから、宿泊して欲しいの」

「えっ、駄目ですよ、母が心配しますよ」

「大丈夫よ、お父さんにも連絡したら、『よろしく頼む』って言ってたし、笑ってたわよ、『あの子らしい』って」

「ええっ、父に連絡したんですか!」

「だって未成年者を宿泊させるんだから、大人の立場もわかってよ。それに実の娘だということも聞いたわよ、本当にごめんなさいね」

「えっ、そ、そんな…… 」南美は中山に謝られて慌ててしまった。

「あのー、お金はないんですけど、大丈夫ですか?」

「大丈夫よ、会社ですべて支払うから気にしないで……」

「そ、それだったら安心しました」

「それから、もし何かあったら困るから私も一緒に泊まらせてもらうわよ」

「そ、そうですか、ますます安心しました」


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