夢の始まり
大学を卒業後、修士課程を得て、大手商社、御門商事に勤めた野木修一は、身長が高く、細身のイケメンで、入社後、あちらこちらの部署から合コンに誘われ、社内にもそのファンは相当にいたが、彼は仕事を覚えることに懸命で、英語の堪能な彼は、英語を母国語とする後進国の担当となり、忙しい日々を送っていた。
そんな2年目が終わろうとしていたある日、久しぶりに同期会に出席した彼は、その中に原野彩花を見つけ心が躍った。
彼女は高校を卒業後、派遣社員として御門商事に勤めることとなった女性で、2年前の入社式で、あまりにも幼い少女のような女性がいることに驚いた修一は、その日以来、彩花のことがとても気になっていた。
グラスを片手に、彼女に近づいた彼は、
「原野さん、久しぶりだね」
「えっ、あっ、お久しぶりです」
「調子はどう?」
「あっ、はい、おかげさまで元気です」
「2次会は行くの? 」
「あっ、いえ、ちょっと……」
その時だった。
「おい、修一、未成年者を口説いてどうするんだよ、向こうで女子が怒っているぜ」
「えっ……」
そして、強引に2次会に誘われた彼だったが
「いや、明日、出張なんだ、ごめん」と周囲の者達に頭を下げながら彼は、横目で彩花を追いながら足を急がせた。
ホテルを出たところで
「原野さん、待ってよ、どこへ行くの?」息を切らした彼が後ろから声をかけると
「えっ……」振り向いた彼女は驚いたが、それでも修一がそばに来るまで足を留めた。
「もう帰るの?」
「い、いゃ、ちょっと行きたいところが……」眉をひそめたその表情がとてつもなくかわいくて、修一はドキッとした。
( 似ている…… やっぱりよく似ている……)
彼は高校時代、癌でなくなった幼馴染のことを思い出していた。
「えっ、デートなの? 」
「とんでもないです。そんな人、いません」
「じゃ、どこに行くの?」
「ええっー、実は、今日、誕生日なので自分にお祝いを……」そう言いながら目を伏せた彼女に、修一はもう魅せられてしまった。
「えっ、二十歳の?」
「はい……」
「じゃあ、俺にお祝いさせてよ」
「ええっ、恋人でもないのに……」彼女がまた眉をひそめた。
「仮免許でいいよ」
「仮免許?」
「うん、きみと付き合うための仮免許をもらってさ、何度かデートして、『こいつでもいいよ』って思ったら、正規の免許証ちょうだいよ」
「そ、そんな…… 」
「いいじゃない、だいたい、どこに行こうと思っていたの?」
「えっ、スイーツのお店なんですけど…… 」
ここから二人の交際が始まった。
かつて、修一は高校に入学すると、幼い頃から心を寄せていた幼馴染の相田麻耶に告白をしようと心に決めたのだが、彼が決心したその日に、麻耶は病気で入院してしまった。何度もお見舞いに入ったが、冗談を繰り返すばかりで、彼が告白をできないまま、彼女は旅立ってしまい、彼は当分の間、その悲しみを引きずってしまった。
それでも大学に入学すると、何人かの女性と付き合ったが、彼の中では常に亡くなった麻耶と比較しながら女性を見つめてしまい、その交際が上手くいくはずはなかった。
そんな彼が亡くなった麻耶にそっくりの女性を見つけたのだから、彼の高揚はただならなかった。
社内では、深く静かに
「野木修一が、高卒の派遣と付き合っている」という噂が流れ、彩花のことを意味深に見つめる女性社員もいたが、二人の時間は静かに流れ、修一は、彩花の飾らない素朴な一面に心魅かれ、彼女とのひと時に安らぎを感じようになっていた。
そんな彼に、友人の滝田は
「彼女の言葉はさ、なんかきれいごとばかりで、少しおかしいと思うんだ」と、そんな疑問を投げかけたが
「彼女の幼さだよ、汚れていない幼さなんだ、だから時々、子供の相手をしているような気持になることがある、だけど、それでいいと思うんだ。少なくても彼女といると、変なことを考えなくていい、話している時に裏を考えなくていいから、すごく楽なんだ。それに何と言っても可愛い」修一は遠くを見つめて麻耶の笑顔を思い出していた。
「ふーん、よくわかんねーな……」
一方、彩花は初めて出会った大人の男に、ここまで張りつめて生きて来た心が、春の雪解けを待っていたかのように、一気に解け始めていた。
しかし半年ほどすると、修一は、1年間、博多支社の応援に行くことになり、彩花は、ここまでかもしれないと思ったが、それでも修一は、時間を見つけては上京し、こまめにメールを入れ、彩花を不安にさせないように懸命に務めた。
そのため、1年後に彼が東京本社に帰って来ると、二人の距離は一気に縮まり、修一は結婚を考えるようになった。
彩花も、二人の関係がぐっと動き出したことは感じていたが、まだ21歳と言うこともあって、結婚については少し悩んでいた。