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虚本

作者: 白夢

 その店は一言で言うと図書館みたいな本屋であった。

 ドーム状に形作られており、大英図書館を思わせるように周囲を囲む壁には無数の本が置かれている。また、この建物を中心に北東、南東、南西、北西へ通路が延びており、その先には三階立ての建物がある。やはりそこにも無数の本が置かれており、ここを訪れた者は、そのあまりの品数にすべての本がここに売られているのではないかと錯覚してしまうほどである。


「あのー、すみません。すこし、よろしいでしょうか」

「はい。いかがなさいましたか」


 三十代前半くらいであろう男が、通りがかった店員に声をかける。

 その店員は、この男がかれこれ二時間ほどこの辺りをふらつきながら、あれでもない、これでもないと本を手に取っては唸っていることを知っていた。その事を分かっていたから、これ見よがしに彼の周りを執拗に通り、彼の方から話しかけるのを待っていたのだった。


「本を、本を探していたのです」

「ええ、そうでしょうね。ここには本以外は売っていませんので。さて、どのような本をお探しなのでしょうか。事実として申し上げますが、ここには数多くの本があります。そこらの本屋では決して見つからないような本も取り扱っております。きっとお客様がお探しの本もすぐに見つかるでしょう」

「ありがとうございます。探している本なのですが、タイトルが「ドール・ラヴァドール」といいます。作者は胡散冴山(うさんささん)といいます」

「へえ、胡散冴山さんの「ドール・ラヴァドール」ですね。出版社や出版年は分かりますでしょうか」

「出版年は今年です。すみません、出版社だけがどうにも名前が覚えられませんでして分からないのです」

「構いませんよ、では探して参りますので、暫くお待ちください」


 そう言うと店員はあちらこちらと探し回ることになるが、一向に見つからないのである。二十分程して客のところへ戻ってきた店員は信じられないといった顔で言う。


「申し訳ございません。どうにもお客様がお探しの本は見つけられませんでした」

「ややや、おかしいじゃないですか。ここに売られていない本は無いと言ったのは貴方じゃないですか。本当に探してくれましたか。まさか、私を騙そうとしているわけではないですよね」

「それは、ないですよ。如何に貴重な本であってもここで売られている以上、それは商品です。それ以上でも、それ以下でもございません」

「そうですか」

「ええ、そうです。お手数ですがその本についてもう少し詳しくお教え頂けないでしょうか」

 客の男はその店員のために、先ほどよりもより詳しくその本について話はじめる。

「作者は、胡散冴山。タイトルは「ドール・ラヴァドール」です。出版年は今年です。話は『少子化が進んだ日本で暮らす主人公が、とある日、ロボットの女性に恋をする。しかし、彼女はロボットだ。いくら、受け答えができても愛というモノは分からなかった。愛とは何か。人とロボットそこに愛は生まれるのか』といったものです」


 ふーむ、と店員は唸る。これはもしかするとライトノベルの類いかも知れないと店員は当たりをつける。昨今のライトノベル界隈は飽和気味で、新刊が続々でている。今年の明けに出版されたとしても、その後から今までに出版された書籍に埋もれてしまうだろう。きっとそのせいで見つけられなかったのだ。店員はあの巨大な棚を混ぜ返さなければならない苦労に溜め息を吐きそうになる。

「その話から察しますに、ジャンルはSFでしょうか」

「そうかもしれません」

 店員は再びその本を探しに男のもとを離れた。

            ♢

 次に店員が客の元へ戻ってくるのには、それほど時間がかからなかった。

「見つかりましたか」

 先ほどと変わらぬ調子で男は尋ねる。その様子は、二時間も書籍を探し、店員に本を探してもらう事三十分も待ち続けているものの調子ではなかった。余裕というか、まるで見つからないことを知っているかのような態度であったのだ。

この男の様子には店員も訝しげな顔をした。


「お客様。失礼この上ないことは承知でお尋ねいたします。お客様がお求めのそれなる本は本当に実在するものなのでしょうか。未発売の代物であると仰っていただいた方が幾分納得いきます。私の考えうる可能性全てを持って探しましたが見つからなかったのです。お客様、もう一度聞きますがそれなる本は実在するものですか」

「ええ、実在しますとも」


 涼し気に返すその態度に焦りは感じられない。当然の事を言うような自然さで、薄っすらと笑顔を浮かべてそう言った。

「そこまで疑われるのでしたら、より詳細にその本のことを話しましょう。タイトルなど繰り返しの情報は先ほど言いましたので省きますね。さて、その本は一般的な文庫本サイズです。重さは三五八グラムでページ数は三六八ページです。表紙に描かれているのは、ハートを抱いた女性のロボットです。この絵は水彩画風に描かれていて絵のタッチの温かさから、ロボットに宿る心の温みを感じさせる造りになっています。まだ聞きますか」


 その男は満足気に言い切った。彼の放つ奇妙な感覚、あるいはいままで隠してきたものが出てきたような不快感。人間の真に暗いところを見たかのような感覚が店員を包んだ。

 何も言えず言い淀む店員を置いて、男は歩き始めた。もうすでに彼の眼中に店員の姿はない。ただ、彼はゆったりと、しかし目的の元へとまっすぐに歩いていく。

             ♢

彼が歩き始めて暫く、三つほど角を折れた先で足を止めた。

 後ろから付いてきていた店員もそれに合わせて止まる。

男は店員の方を一瞥し、怪しげな微笑みを送る。男はそのまま本棚の方へ手を伸ばし、するりと一冊の本を手に取り、店員に見せる。

 その本のタイトルは『ドール・ラヴァドール』であった。作者は胡散冴山。正確に本の大きさなどは分からないが、彼の言っていた通り一般的文庫本程度の大きさで重さも、彼の言っていたもので間違いないのだろう。表紙にはロボットの女の子がハートを抱いている絵があった。それも、彼の言っていた通り水彩画で描かれていて、温かさを感じるような絵であった。

 実在したのだ。

 店員はその事をうまく呑み込めず、ただ立ち尽くすばかりである。

「見つかりましたね。では、買ってまいります。お付き合いいただきありがとうございました」

 彼は胡散臭げな謝辞を述べこの場を後にする。その後姿を店員は眺めているばかりであった。


お読みいただきありがとうございます。白夢です。

同人もの、つまりは素人が自主的に作成した本というのは販売がされていなければ、なかなか手に入らないものです。古本屋になら置いてあるかもしれませんがそれもまた運と言ったものでしょう。なんにせよ、プロでなければ自分の本を本屋で買う機会などそうあるものではないと思います。もし、作者自身がそう仕向けなければの話ですが。


今回のような短編小説や長編小説を投稿していこうと考えています。よろしければ感想やアドバイス、ブックマークなどよろしくお願いします。



 


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