女の子を拾った、猫の吾輩
思いつきで書いた短編です。
よかったらご覧ください。
ただの気まぐれだった。
なんとなく、瞳の色が気になった。
だから、吾輩は人間の女の子を拾った。
昨日の夕暮れのことである。
集会に向かう途中、公園のベンチで泣いている人間の女の子がいた。
興味本位で近づいてみると、吾輩の前にしゃがみ込んで「どうしよう」などと云う。
着ていた制服は、近くの高校のものだ。
高校というのは今ひとつ分からないが、まあ我々でいう「集会」みたいなものなのだろう。
女の子は、何も答えない吾輩に、延々と話し続けた。
母親が再婚したこと。
新しい父親が、暴力を振るってくること。
金がもったいないから、高校をやめろと言われたこと。
出て行け、と言われたこと。
なるほどな。
身勝手な人間もいるものだ。
我ら猫や犬だけでなく、同族の人間まで捨てるとは。
お、バッタだ。
バッタがぴょこんぴょこん跳ねてる。
──いかんいかん、今はこの子の話を聞いているのだった。
バッタは……今は諦めよう。
さて、問題を整理してみる。
現状、この女の子は、行く宛が無い。
その悲嘆に満ちた様子に、かつての自分の姿を重ねてしまった。
五年前、吾輩も人間に捨てられた。
その時に一緒に捨てられた兄妹たちは人間に拾われたが、どういうことか吾輩だけが野良のまま。
そんなこんなで、五年ほどフリーランスで生活している。
家は、この町全体。
どこでもリビングになるし、眠くなった場所が寝室だ。
存外この暮らしは気に入っている。が、しかし。
人間は、我らのようには生きられない。
仕方ない。
吾輩は女の子に悟られないように嘆息し、ある決意をした。
「付いてきな」
猫の言葉を理解出来るとは思わないが、腹を括るために女の子にひと鳴きした。
女の子は、吾輩のあとを着いてきた。独りにはなりたくなかったのだろう。
目指すは二丁目の空き地。
今夜開かれる、緊急集会の場所だ。
集会場所に着くと、既に何匹か集まっていた。
「おいおい、昨日定例集会だったってのに緊急招集だなんて……ふみー!」
吾輩の気配を確認した何匹かは、吾輩のうしろにいる人間の女の子に警戒し始める。
「大丈夫だ、この子は吾輩が拾った女の子だ」
「拾っただって? 猫が人間を? 普通は逆だろ」
「そうね、ワタシも十年は生きているけれど、人間を拾った猫なんて初めて見たわ」
気にするな。
吾輩も二十年近く生きているが、人間を拾ったのは今回が初めてだ。
「で……どうするのよ、その子」
「だな。人間が暮らすには家が必要だろ」
二匹は女の子を見上げながら鳴くが、確かにその通りだ。
「ああ、それが緊急招集の理由だ」
他の猫たちが集まるのを待つ間、女の子は俯いて突っ立っていた。
「おい。あの子、不安そうにしてるじゃねぇか。何とかしてやれよ」
「何とかと言われてもな……」
「飼い主になったんだろうが。責任を果たせよ」
──仕方ない。
吾輩は、覚悟を決めた。
そろりそろりと遠巻きに歩き、女の子の足元へ。
そして、左右の脇腹を交互に女の子の足へと擦りつける。
と、最初は呆然としていた女の子の表情は次第に柔らかくなってきた。
まあ、吾輩が本気を出せばこんなものである。
女の子はしゃがみ込んで、吾輩の背中を撫でようとする。
おっと、飼い主に対してそれはないぜ。
液体のようにするりと細い手をすり抜けると、再び足に脇腹を当ててやる。
「ありがとう、猫さん」
女の子は、笑顔の花を咲かせて見せる。
うむ、なかなかの笑顔だ。
「あら、なかなかやるじゃないの」
「そうだね。思ったよりも甘えさせ方が上手いな」
さっきの二匹は、吾輩の飼い主っぷりを見て好き勝手に鳴いていた。
くそっ。
こうなったら此奴らも巻き込んでくれる。
「お前たちも来い。協力しろ」
こうして吾輩たちは、三匹がかりで女の子を慰めた。
緊急招集では、大成果を得られた。
とある若い人間の男性が、寂しく一人暮らしをしているとの情報を得られた。
さっそく女の子を連れて、その男性の家を訪ねてみる。
着いた先は、大きな邸宅だ。
玄関のチャイムは押せないので、とりあえずドアの前で鳴いてみる。
と、バルコニーの大きな窓が開いた。
カーテンの向こうから顔を覗かせたのは、優しそうな青年だった。
体の線は細いけれど、決して弱々しさは無い。
逆光に主張する瞳は青みがかっていて、どこか同族を思わせる。
信じられる。
吾輩の直感が、そう呟いた。
窓の枠を伝ってバルコニーへと降り立つと、青年は無表情のまましゃがんで吾輩と視線を合わせてくる。
その視線を掻い潜った吾輩は、しゃがんだ青年のふくらはぎ目掛けて横腹をこすり付けた。
「ずいぶんと人懐っこい猫だね」
ふむ、作戦は滑り出し順調のようだ。
あとはこの青年に吾輩の飼い主になってもらい、間接的にあの女の子の飼い主になってもらえばいい。
そうしたらば、吾輩は消えよう。
野良生活が染みついた吾輩には、この庭は狭すぎる。
などと言っていたはずだったのだが。
気がつけば、一年近くも居ついてしまっていた。
青年の膝の上が存外に居心地が良かったせいだ。
定例集会だけは欠かさず出席しているが、すっかり飼い猫に成り下がったなどという陰口もさほど気にならなくなっていた。
吾輩が飼い主を務めていた女の子は、青年の番になるようだ。
高校を卒業したらと言っていたから、間に合うかどうかは分からない。
しかし、女の子は笑うようになった。
たまに吾輩を飼い猫扱いするのは癪にさわるが、その笑顔に免じて許してやる。
吾輩は、そなたよりも歳上なのでな。
秋を迎えた頃だった。
体が重くなった気がする。
秋の味覚である秋刀魚も、残してしまった。
ぼうやりと宙を見上げる。
目の前が暗くて仕方がない。
覗き込む青年も、その傍らの女の子も、もう顔が分からない。
ああ、もう、そうなのだな。
おい、青年。
その子を大事にしてやってくれ。
その子の瞳な、吾輩の母親と同じ瞳の色なのだよ。
だから、頼むよ。
幸せに、幸せに──お願いだから。
お読みいただき、ありがとうございました☆
また、何処かでお会いしましょう。




