夫婦の始め方 2
光栄な事にクランセルク赤の騎士団、団長を拝命している『カイザー・フォン・デルクス』とは、俺の事だ。
それなりに地位も確立し、伯爵家を名乗っていたが、先月爵位を上げて頂き、侯爵を名乗る事になった。
というのも、結婚した相手が重要な人物になった事と、彼女が一番に信頼している俺に白羽の矢が立った事。
彼女を守る為に、爵位を上げることで軽んじられないようにという陛下の配慮からだ。
彼女はクランセルクの生まれではない。かといって、隣国バームエルでも、リュクスでもない。
信じられない事だが、異なる世界から来たのだという。
あの日は、赤の騎士団内で試合形式の訓練を行い、普段なら指導に回る俺もこの時ばかりは参加していた。
ぐっしょりかいた汗を流すべく、控え室から続き間の浴室に入ろうと他の団員達と向かおうとしていたその時だった。
何の前触れもなく、団員達のど真ん中に彼女が現れたのだ。
小柄で、華奢で、少女のような幼い顔立ちの彼女が現れた事に、女に対する免疫の無い一部の団員の口から高い悲鳴が出たのは、記憶に新しい。
その反面、可愛らしい顔つきから可愛げの無い悲鳴が出た事も。
彼女は、その後意識を失ったが、妖魔などの可能性も捨て切れなかった為、拘束させ、交代しながら見張りをさせていた。
目が覚めたのはその日の夕方だった。
妖魔の類だった場合を考慮し、いつでも切伏せれるように、剣を抜いておいたのだが、初めて話した言葉が意味不明だった。
言葉が通じないのかと思ったほどだった。
後々聞くと、剣を突き付けていたことが、彼女の世界で言うところの変態達の趣向を意味指すと判明したときは、とんだ侮辱だとは思ったが。
とりあえず、保護という形で、監視をしばらく続ける事になったのだが。
働かざる者食うべからず!と頑なに言い続けた彼女は、働きたがった。
赤の騎士団寮の中には、団員以外に料理人、洗濯婦、庭師、家畜師が居てるので、その辺りで面倒を見てもらおうとした。
だが、彼女は甘やかされて来たのかと思うほど何も出来はしなかった。
計算は得意というので、騎士団の文官にも彼女を頼んで見たが、根本的に彼女はコチラの言葉や数字が読めなかった。
きっと、貴族の令嬢だったのだと思う事にした。
だが、彼女からすれば、役に立たない事は死に値するぐらいの衝撃的な事だったようだ。
俺の執務室の隣の仮眠室を貸し与えていたのだが、ある時、その部屋からすすり泣く声が聞こえてきた。
気にせず執務をしようにも、スンスン鼻をすする音が気になり、落ち着かない。
鍵は渡しておいたので、ドアを何度かノックすると、目元を真っ赤に泣きはらした彼女が出てきた。
不覚にも、その姿に思わずたじろいだ。
この数カ月、いつでも一直線に突進する姿しか見ていなかったから、こんな風に酷く落ち込んでいる姿に、落ち着かなくなった。
話を聞くと、ここ数ヶ月の自身の不甲斐なさに、気持ちが沈んでいるようだった。
以前の世界にも、居場所がなく、世界に誰からも必要とされてないから、こちらに来たのではないのかと。
その上、異世界でも、役に立てないのであれば、何の為に自分は存在してるのかと。
「存在理由など、ソレこそ神にか分からぬではないか。お前でなくても、誰もが己の存在意義を問う事はあると思う。だが」
髪はボサボサで、鼻水も少し垂らし、鼻の頭も目元も真っ赤にしながら、それでも純な瞳で俺が言葉を紡ぐのを待っていた。
「この世界の為でも、神の為でも、他の誰の為でもない。自分の為に存在すればいい。それでも、気にするなら・・・」
「そっか!そうだよね!ありがとう、団長さん」
続けて言った言葉は、彼女のスッキリした言葉に覆い隠され消えた。
が、自分で発した台詞は心の中に留まり、己を困惑させていた。
(「俺がお前の存在理由になってやる」など、これでは、まるで・・・)
頭をよぎった想いに蓋をするように、手で口を押さえた。
これ以上変な事を言わないように。
その時に、ようやく落ち着いた彼女が、昼間訓練で怪我をした(と言ってもかすり傷なのだが)腕の包帯に気付き、痛ましそうな目で見てきた。
もう治療もしたし、問題ないというのに、おまじないをかけると言い張るので好きなようにさせた。
「痛いの痛いの飛んでいけ〜」
何も無い空間に腕を振りかぶった瞬間、怪我をしていた腕から本当に何かが飛んでいった。
飛んでいった何かはカツンと音をたてて、部屋の壁にぶつかり、そのまま床に落ちる。
「え」
思わず顔を見合わせた。
一拍おいて、
「う、うわーっっ!!隊長さんの肉片飛んでいった!!??」
「何故そうなる!!!」
「隊長さんの筋肉、金属?鋼?何で出来てるのーーーっっ!!!」
いつも通りの彼女の様子にホッとしながらも、いつも通り怒鳴り散らした。
「俺は普通の人間だ!馬鹿者!!」
その飛んでいった何かを、拾いに行った時に違和感を感じた。
その何かではなく、自分の身体の方だ。
先程まで彼女が触れていた怪我の部分から痛みが消えていた。
その確認は後にするとして、拾った何かは魔鉱石だった。
パッと見て分かるほど高純度のだ。
濃い紫色をしたその鉱石は、人々の生活に欠かせないエネルギー源とも言えるものだ。
近年、徐々にその量は減ってきており、我が国でもその確保の為に、隣国との争いに発展しかねない程で、いつまで持つか分からないが、今はピリピリした関係を続けている。
その問題の魔鉱石が彼女の手から現れたのは間違いなかった。
その事実に、ゾッとした。
「お前、どうやって」
そこで、先程の傷のことを思い出す。
引きちぎる様に、包帯を解いて見れば、
擦り傷とはいえ、剣で傷付いた傷が綺麗サッパリ消え去っていた。
ほのかに、魔力の残滓も残っている。
考えられるのは彼女の手で、怪我や傷を「痛いの痛いの飛んでいけ〜」で、魔鉱石が作られるということだ。
その呪文のような物が必要かどうかは別として、我が国にとって手放せない理由が出来てしまった。
部屋から出ない事を言い含めると、急きょ陛下への謁見の場へと向かっていった。
しばらく騎士団預かりになっていた彼女だったが、しばらくして生活力がつき次第、市井に降りてもらう予定だった。
その方が、政治に振り回される騎士団で働くより自由を与えてやれるだろうと陛下の言葉があったからだ。
だが、こんな能力があるのでは、離してやれそうになかった。
彼女の処遇は、陛下預かりとなった。
とはいえ、こんな不確かな能力は聞いたことも、見たこともない故に、永続的に魔鉱石を作り出せるのか、検証が必要になった。
全ての騎士団内で知られてしまえば、おそらく他国にその存在を知られるのは時間の問題だろう。
そうなれば、必然的に危険が迫るのは想像に固くない。
彼女を籠絡させ、何かしらの縁組などをして、この国から離そうとしたり、最悪、誘拐監禁でもして、治療と魔鉱石生成の機械として利用されるのは、目に見えた。
だからこそ、早々に我が国で後見人をあてがってやらないと守ってやれない。
その役目を誰にするかを、陛下はお考えのようだった。
だが、本当に魔鉱石を作り続ける事が出来るのか、それを見てみたいと彼女自身を呼び付け、怪我をしている人員を呼び、やらせると、やはり同じように魔鉱石が飛んでいった。
陛下は面白い玩具を見つけたような顔を見せたものの、むやみやたらに彼女の存在を知らせる事の無い様、まずは赤の騎士団内で検証する事になった。
部下の団員達にも、追々他の騎士団にも公表するとはいえ、現段階での公表は、陛下の意思に反したものとして、厳重に処罰するという旨を言い聞かせた。
怪我に対してだけ、生成が出来るのか、病気や他の事象で作る事が出来るのか、無理の無い程度で実験のような事もした。
基本的には、訓練している者達の側で見学してもらい、怪我をしたら彼女に癒やしてもらうことが多かったが。
彼女は気付いて居ないようだが、一部の団員はわざと怪我を作って話しかけるキッカケを作ろうと画策してる者も多かったが、そこは後で自らがしごく事にした。
分からないでもない。彼女は身長が低く小ぶりだ。
天然パーマだというフワフワの髪の毛も相まって、小動物のようにしか見えないのだから。
そうやって、邪な気持ちを持つ団員達に威圧をかけながら、日々を過ごしていたある日、陛下に呼び出された。
謁見の間に、彼女も呼び出されていたようで、陛下の御膳に肩を並べる。
「さて、此度二人を呼びつけたのには訳がある。カイザー・フォン・デルクス」
「はっ」
「お前は婚約者おろか、恋人に愛人の類いは居なかったはずだな?」
「……恥ずかしながら」
この国では、16才で成人と見なされ、早ければその頃には婚約者や、結婚までしている者も多い。
成人と共に騎士団に入った者は、出会いも少なく、貴族として社交の場にも出ることが煩わしかった俺には相手の一人も居ない。
本来であれば、貴族としては恥ずべき事なのだが、生憎、騎士として名誉を賜っていた為、さして問題にはならなかったし、陛下ただ一人に忠誠を近い孤独に散ることも視野に入れていた。
だが、あえてその話を出してくる事に一抹の不安がよぎる。
まさか、何処ぞの令嬢と政略結婚をしろとお考えのなのか……?
その考えは、あながち間違いではなかったが、正解でもなかった。
「マーリー・ソノダ」
「アッはい!」
「君のその能力は、我が国だけでなく他国からしても貴重である事は理解しているかな?」
小さく頷いたのを見て、陛下が続けて言葉を紡ぐ。
「他国に狙われてしまえば、どんな扱いを受けるかも分からない。奴隷のような扱いを受ける事も考えられる。そうではないかも知れないが、我が国では、うちの重鎮と婚姻を結べば衣食住と尊厳ゆあらゆる危険から国として君を守ってあげよう。どうだろうか」
「っ!」
この状況で、このような話をするという事は。
陛下の顔を見ると、ニヤリと笑いながら頷くのが見えた。
間違いなない。俺と婚姻を結べと言っているのだ。
彼女と結婚……?
ほんの少しの戸惑いを押し隠して隣を見ると、彼女もまた目を見開き、言葉を失ったような感じだった。
それから泣き出すのを堪える様な、寂しげな表情を浮かべるのを見て、その表情にカッと血が上った。
思わず小声で呟く。
「そんなに、俺との婚姻は嫌か」
「…………………ほへっ!?」
相手が、俺だとは思わなかったような間の抜けた声がかえってきた。
そんなやり取りがあり、公に出来ない事から書類上だけで婚姻を結んだのが、ちょうど1か月前の事。
俺達は立派な仮面夫婦になりつつある。