夫婦の始め方 1
「奥様、おはようございます」
メイド頭のラタさんの声で、意識が徐々に浮上してくる。
「……おはようございます……」
母親以外の人に、こうして起こされるのは何だか気恥ずかしくて、まだ慣れない。
まだ、微妙に覚めない眠気と戦いながら、どうにか体を起こした。
ベッドから床に足をつけると、ラタさんが近寄り、近くの机に何かを置いた。
「奥様、目覚めのお水とお召し替えをお持ちしております。扉に控えてますので、お着替えか終わりましたら声をお掛けください」
それでは。と静かに扉を閉めた。
ラタさんも居なくなった部屋には真理子一人しかいない。
結婚して一週間くらいは、旦那さまとなった隊長さんの所在を聞いたりはしたが、今はもう聞く事さえしない。
朝は早く、夜は遅い。
騎士団に保護されている時は、騎士団の宿舎に居させてもらっていたから、よく顔を合わせていたけれど、結婚してからほとんど顔を見掛ける事さえなかった。
城の中にある騎士団の訓練所に向かう姿をチラリと見掛けるぐらいで、会話という会話をこの1ヶ月していない。
お飾りの奥様。というメイドのお喋りから聞こえた言葉を思い出す。
適齢期に結婚をしない男性というのは、問題点があるという判断をされる事が多いそうだ。
得体のしれない女でも、結婚する事で伯がつくというか評価を上げる為に結婚したのではないのかと、お喋り好きなメイドが話していたのを聞いた。真理子が聞いているとも知らずに。
あの真っ直ぐな隊長さんが、そんな事をするとは思えない。
だが、そうなのかもしれない。
この世界の人からしたら、得体のしれない女であることは確かなのだから。
偽装結婚とか、あり得るかもしれない。
ノロノロとベッドから立ち上がり、「んー!」手を組んで伸びをした。
それから自分の寝間着を見下ろす。
やっぱり慣れない、ネグリジェを真理子は着ていた。
普通の寝間着もあるそうだが、それはもう子供を産めない、もしくは生殖機能が衰えた女性が着るもので、一般的ではないそうだ。
スケスケ、という訳ではないが、それでも薄手の柔らかい生地にで出来ている。
要するに、子供が出来るまで旦那さまをその気にさせる為の寝間着という事らしい。
だが、隊長さんにとっても、愛のない結婚なのだから、必要ないと言っているのにも関わらず、ラタさんは頑として「新婚なのですから」許可してくれなかった。
そりゃ、初夜の日には流石に緊張もしたし、覚悟もしたけれど。
結局、隊長さんが寝室に来ることはなかった。
その後も一度も。
頑張りようがないのだから、この恥ずかしい寝間着を着続ける意味がないと思うのだが・・・解せぬ。