異世界の結婚生活の進め方
私、本名『園田満理子』
本名と、名乗るからには、偽名というか、別の名があるということ。
ここでは、皆が発音しにくいからか、『マーリ』って呼ばれている。
そう、ここは日本ではない。かと言って、自分の知識にある海外でもない。
ここは、『クランセルク』。
異世界の国の一つ。
私は半年前何の因果か、気付けばここにいた。
くる直前のことは全く覚えていない。
だから、パニックに陥ったりもした。
パニックにもなるよね。
だって、私が現れた場所は、騎士団の訓練場………の控え室。
熱気ムンムンの無駄のない、締まった男の肉体美のど真ん中だ。
「ギャーーーっっっ!」
「キャーーーーっっ!」
叫んだね。それはもう、女と思えない低い声で。
騎士団の人たちの方が女らしい叫び声あげるってどういうこと?とか、思いながら気を失ってました。
次に目が覚めた時も、本当にチビるかと思いました。
だって、両手両足縄で縛られて、現代では見たことのない長い剣を眉間に突き付けられてたんだから。
「SMプレイの趣味はありません!!」
気が動転して、思わず言った台詞かコレ。
剣を突きつけてた人が怪訝な顔をしてたけれど、後で聞いたら意味が分からなかったらしい。
後日、意味を教えると、とてもお怒りになって、説教されました。
動揺してる人の身にもなってくれと言うと、しぶしぶお説教タイムは終わらせてくれたけど。
とりあえず、人畜無害以下の存在だと認識してもらい、私は騎士団のお世話になることになった。
保護という形で、居候することになったわけだが、働かざる者食うべからず。
何かしら役に立てないかと、料理することを買ってでたのだが、流石に異世界。
ガスコンロがない。火の加減が出来ない。野菜も果物も肉も魚も見たことのない食材ばかりで、調理できなかった。
泣く泣く断念。
じゃあ、洗濯物!と思ったのだが、洗濯機も洗剤もない。
手洗いだった。石鹸はあるものの、加減が分からず貴重な石鹸をやみくもに消費するので、追い出される。
これでも元の世界では経理を担当していたから、書類業務を!と思ったものの、言葉は通じても文字や数字が読めなかった。
今は簡単な文章なら読めるけれど、仕事としてするには、まだまだ不十分だった。
他にも野菜を育てようとして枯らしたり、食用の動物のお世話をしようとして、体力のなさに呆れられたり。
とことん、何も出来ない自分にショックを受け、愕然とした。
どん底に落ちすぎて、グズグズ泣き崩れる私に声をかけたのは、初対面で私に剣を突きつけていた、隊長さんだった。
今なら剣を向けた隊長さんの気持ちが分かる。
訓練終わりの隊員が着替えてる最中に、唐突に現れた女を、怪しくないと思う筈もない。
警戒する方が正しいと思う。
変態か、化け物か。なぜ、その二択?と思ったが、隊長さんはその時のことを振り返って、そう言っていた。
それはそうと、何も出来ずにいる自分が、どの世界にも必要とされていないように感じて、
だから、異世界に飛ばされたのかとか。
飛ばされて尚、何も誰にも役に立たない存在は、いる意味があるのかとか、元々ポジティブな方なのに、駄目だと思うと泥沼に浸かるかのように、思考は沈んでいく。
与えられた部屋でひとり大泣きしてると、気遣うような声で部屋に訪ねて来てくれた。
そこで、自分の不甲斐なさを訥々
と話していた時に、彼は真摯に私の愚痴に付き合ってくれた。
言うだけ言うと、少しスッキリして顔をあげると、そこで初めて彼が訓練で怪我をしていたことに気付いた。
もう、消毒も包帯もしているから問題ないと言うけど、その痛々しさに思わず、おまじないをするねと言って、
「痛いの痛いの飛んでいけ~」
子供の頃、母親がしてくれた子供だましの回復法。
でも、実際は痛みなんか引かないし、治りもしないけど、飛んでいった方を見ていたら、一瞬痛みを忘れたような気分になる。
そんな気持ちになってほしくて、何かを飛ばすふりをしたら、怪我をしていた腕から本当に何かが飛んでいった。
飛んでいった何かはカツンと音をたてて、部屋の壁にぶつかり、そのまま床に落ちる。
「え」
思わず隊長さんと顔を見合わせた。
「う、うわーっっ!!隊長さんの肉片飛んでいった!!??」
「何故そうなる!!!」
「隊長さんの筋肉、金属?鋼?何で出来てるのーーーっっ!!!」
「俺は普通の人間だ!馬鹿者!!」
それ以降、私は謎の力に目覚めた。
その時、
飛んでいった何かは魔鉱石と言うらしい。
調べると高濃度のものの。
何の事やらよく分からなかったが、とにかく魔鉱石が出て来た代わりに、隊長さんの傷は跡形なく消えていた。
要するに、怪我や傷を「痛いの痛いの飛んでいけ〜」で、魔鉱石が作られるということだ。
ようやく、私の仕事が決まった瞬間だった。
その魔鉱石とやらは、とても貴重なものらしくて、自然界ではなかなか手に入らないものらしい。
それを作れる私は重宝された。
騎士隊員たちの訓練をぼーっと眺め、怪我をした隊員が私の所に来て、おまじないを受ける。
魔鉱石が飛ぶ。拾う。献上する。
それによって私の生活は確固たるものになったのだ。
ただ、魔鉱石を作れる私を他国に知られる事を恐れた国王は、クランセルクに縛り付ける方法を考えた。
国の重鎮との婚姻である。
家庭を作ってしまえば、おいそれと他国に行くことも、取られる事もないと思っての事だった。
もう、この時には元の世界へと帰れるとは思ってもいなかった。
故郷を想い、泣くのは初めの頃に散々した。
なら、この地で生きて行くしかないと腹は括っていた。
それでも、結婚とか恋愛は自由だと思っていたから、国王からの命令として聞いてショックを受けていた。
その辺りが平和ボケをしていた現代人の考え方だったのかとも思う。
泣きはしなかったけど、少し気分が落ち込んでいた時に、隊長さんが、少しムッとした顔をして。
「そんなに、俺との婚姻は嫌か」
「…………………ほへっ!?」
なんと、相手は隊長さんだった。
そっかー、隊長さんが旦那さんになるのかー。
と、思うとホッとする安心感があった。
じわじわと、隊長さんなら良いや〜と思っている内に結婚式をあげたのが、ちょうど1か月前の事。
私達は立派な仮面夫婦になりつつある。