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ギルドライバー“ハヅキ”  作者: 今井亜美
第十二話 第一次白百合攻防戦
97/162

四章 難しいな


☆☆☆ ☆☆☆ 




「皆さん、どうか落ち着いて! ここは危険です! 東町に脱出艇を用意しています! 指示に従って東へ向かって下さい!」


 事前に用意しておいた定型文を繰り返し叫ぶ。

 上空を飛び回る異形の存在達に白百合の住人達は皆、悲鳴を上げながら逃げ出している。

 ふと「白銀さん」と呼びかける声がして振り向くと、部下の一人が小走りにこちらへ駆け寄って来る所だった。


「西町の住民の避難、九割がた完了しました」

「そうか……西町が終わり次第、東町に移動し避難誘導を行う。迅速に移動できる様、各員に伝達を」


「了解。それと、たまにいる避難指示に従わない人達の事ですが……」

「マニュアル通り、自衛隊の名前を出して対応しろ。それでも従わなければ諦めるしかない」


 本当に稀にだが、いるのだ。

 緊急時だというのに写真を撮ろうとしたり、動画の撮影を始めたり、我々に詰め寄ったり、無駄な行動をする輩が。


 そういう時、まさか組織の名前を出す訳にもいかないので便宜上、自衛隊の名前を借りる事になっている。


 大抵の市民は自衛隊の名を聞けば、素直に従ってくれるが、やはり、どうしようもない人間もいる。

 そういった人間に構って他の市民の避難が遅れる事があればそちらの方が問題である。

 よって、度が過ぎている者は無視する様に指示してある。


 避難誘導を開始してから、既に一時間余りが経過している。

 部下からもそういった人間の目撃情報が幾つか聞こえてきていた。


「…………ん?」


「おいやべえよ! マジでバケモン飛んでんじゃん!」

「うわ、やっば! ちょっと一枚撮ってくれよ、ポーズ決めっからさあ!」


 避難する人々の中。

 道の脇に、楽しそうに空にスマホを向けてはしゃぐ二人の男子がいた。


 年は恐らく杠達と同じ高校生位か。 

 一人は短い髪を金色に染めていて、もう一人は長い髪を茶色に染めている。

 金髪は左の耳にピアスをつけている。


 まあ……いかにも現代の若者、といった所だろう。


「彼ら……避難しそうに無いですね。注意しましょうか?」

「いや、私が行こう。君は伝達を優先してくれ」

「分かりました」


 部下が足早に走り去るのと同時に、私も若者二人の下に向かう。 

 

「ちょっと、君達?」


 私が声をかけると同時に、二人が振り向いた。


「なんすか、オネーさん……ん、どっかで見た事ある様な……あ! もしかして、ナンパ?」

「こんな美人にナンパされるとか、アガるわあ~」

「ナンパじゃない……いいか? ここは危険だ。死にたくなければ、すぐに避難しなさい」


「おっぱいデカいっすね、何カップ?」

「今いくつ? 彼氏いんの?」


 二人はへらへらと笑いを浮かべながら、こちらに近寄ってくる。

 驚く程に距離の詰め方が早い。金髪が撫でる様に私の肩に手を置く。

 私はそれをやんわりと、だが確かな意思を持ってその手を払いのける。

  

「そういう風に浮かれるのは、避難した後にしなさい。状況把握の遅い男は嫌われるぞ」

「ひゃーカッコいい! んじゃ俺らと一緒に避難? しよーぜ。その後、どっか遊びいかね?」


「それは無理だ。私には民間人の避難誘導という仕事があるからな」

「え、マジ? オネーさん何者!?」


「あー……自衛隊の、ある組織を率いてる。詳しくは守秘義務があって言えない」

「やっば! カッコよすぎでしょ!?」

「名前教えてよ、名前!」

「白銀志保だ」


 思ったより早く二人が避難してくれそうだったので、私は安心していた。

 それが失敗だった。

 ここで本名を告げたのは本当に迂闊だった。 


 二人は私の名前を聞いてピタリと止まった。


「白銀志保……って」

「そうか……どっかで見たことあると思ったら……夏に来た転校生じゃん!」


 今度は私が固まる番だった。

 

「志保ちゃーん……何やってんのこんなトコで?」

「自衛隊ごっこ? 可愛いねー」


(こいつら、東高の生徒か……!)


 よくよく考えれば、当たり前なのだ。

 白百合にある高校は東高と西高の二つのみ。


 西高はお嬢様学校……つまり女子高だ。

 この二人が高校生ならば、必然的に東高の生徒となる。

 

(見た事無い顔だと思って油断していた……!)


 恐らく二人は私と別のクラスの人間なのだろう。

 私は転校してきた時期が時期なので、目立っている。

 別のクラスの人間が私の事を知っていてもおかしくはない。

 そこまで思い至らなかった自分の詰めの甘さが悔やまれる。


(落ち着け……問題はこいつらをどう避難させるか、だ)


 状況は宜しくない。こいつらは私を高校生だと認識している。

 私がどれだけ自衛隊の名前を出しても、もう効果は無いだろう。

 

「なに固まってんのー志保ちゃん?」


 ポン、と再び肩に手が置かれる。

 反射的に、ビクリと身体に震えが走る。


「俺らにわざわざ話しかけるって事は……やっぱナンパだったりして?」

「ち、ちが……私は!」

「えー違うの? それとも、あれ? この状況に怖くなっちゃった?」


(! ……これだ!)


 その時、ある閃きが脳裏を駆け抜ける。

 私は咳ばらいを一つして、出来るだけ甘えた声を上げて、彼らを見上げる。


「……あ、ああ。その……一人でいるのが怖くて……そしたら、見覚えがある人達がいたから……その、もし良かったら一緒に、避難してくれないか……な……?」


 羞恥心で顔が火照っていくのが自分でも分かる。

 心臓が口から飛び出ていきそうだ。

 こんなに恥ずかしい台詞を吐いたのは生まれて初めてだ。はっきり言って、杠の事を葉月と呼んだ時の十倍は恥ずかしい。


 私の言葉を聞いた男二人は顔を見合わせると次の瞬間、同時にニタニタと気味の悪い笑顔を浮かべる。

 金髪が馴れ馴れしく私の肩に腕を回し、茶髪が私の腰に手をかける。


「志保ちゃん、かーわいいねー。大丈夫、俺らついてっからさあ」

「そーそー、ずっと一緒にいてやるってー」


 正直言って、この余りにも急激なパーソナルスペースの侵害に吐き気が止まらない。

 今すぐに、腕を捻り上げて叩きのめしてやりたいが……。


(が、我慢だ志保。このまま上手く誘導して避難所に送るんだ。暴力で言う事を聞かせるのは奥の手だ……だから我慢、我慢だ……)

 

「んじゃ、行こうぜ」


 金髪がグイっと私の身体を引き寄せる様に歩き出す。

 ……西に向かって。


「ちょっと……避難は東で、そっちは逆……!」

「ああ、この近くに俺の家あっからさあ」


「な……!? や、約束が違う! 避難するって今!」

「えーそんな話した? ま、いーじゃん。大丈夫だよ別に。家にいりゃ安全だって」


「そ、そんな訳あるかっ! この状況が分からないのか!? こうしてる今も、君達が逃げる時間を必死に稼いでくれてる人達がいるんだ! 早く逃げなきゃ、それさえも無駄に────!」

「はいはい……早く行こーねー志保ちゃん」


 金髪と茶髪が笑いながら私を無理矢理押して歩き出す。

 私はもう我慢の限界だった。

 肩に置かれた腕を捩じり、関節を極める。


「いでで!?」


 金髪の体勢が崩れた瞬間に腹に膝蹴り。

 腰が折れ、顔が前に来るのと同時に襟首を掴んで、背負い投げの要領で背中から地面に叩きつける。


「て、てめえッ!?」


 怒った茶髪が私に殴り掛かる。はっきり言ってド素人のテレフォンパンチ。素早く腕を掴んでこちらも地面に投げ落とした。

 

「ぐ……こ、このアマ……!?」

「二人共、聞けっ! 私の指示に従って大人しく避難しろ。それとももっと痛い目にあいたいか?」


「ざけんじゃねえ! 下手に出たら調子乗りやがって……! こうなりゃ……!」

「ああ、分からせてやるよ!」

「!」


 二人は上着に手を突っ込んで、ある物を取り出した。

 その手に握られているのはサバイバル用の十徳ナイフ。立派な銃刀法違反に当たる代物だ。

 

(目測だが、刃渡りは十センチといったとこか。素人とはいえ、相手は二人。それも健康な若い男……)


「今が災害時で丁度良かったぜ……もしヤっちまっても、UMAのせいにすればいいからなあ……!」

「下衆だな」


「うるせえ! 殺されたくなきゃ大人しく言う事聞きな!」

「断る。死ぬ覚悟なら、もう一年は前に出来ているからな」


「ッなら死ねやあっ!!」


 ドンっ! と強い衝撃が身体を揺さぶった。


 地面を覆い隠す様に広がる歪な黒い影が目に飛び込んでくる。

 全身に悪寒が走り、冷汗がとめどなく吹き出る。


(まずいまずいまずいまずいまずい────!)


「なんだよ、コイツ……?」


 呆けた様な男達の声が耳に入る。

 二人はもう私を見ていない。私達の横、降り立ったそいつを信じられないといった表情でボーっと眺めている。


「ば、バケ……モノ……!?」 

「────っ生体認証【白銀志保】! MOBドライバー、始動!」

『System boot. Start MOB drive. -----Please say "Transform" when you are』


「う、うわあああああああ!!!!???」

「────“変身”っ! オメガ・オーバードライブ強制発動!」

『Limiter removal. "Omega-Overdrive"』


 私達の前に降り立った怪物……キメラの剛腕が二人を襲う。

 二人が、悲鳴を上げる。


(間に合えっ────!)


 ────間一髪。

 キメラと彼らとの間に滑り込んだ私は振り下ろされた剣をバーン・ブレイドを用いて食い止める。

 オメガ・オーバードライブを使用してなお、出力の差が大きすぎる。

 余り長くは持ちそうにない……!

 

「……っ二人共、走れ! 逃げろッ!!」

「え……!? あ、え……? な、なに、なにが、起き、て……?」


「しっかりしろ! 死にたいか!? 死にたくなきゃ走れ! 全力でっ!」

「あ……う、うわあああああ!!」


 男達は混乱しながらも、この場を走り去った。

 ひとまず、目的は達した。

 当面の問題は……。


(私じゃコイツに勝てない、って所か……!)


「グググ……ガアアアアアアアアッ!!」

「っ!?」


 競り合いをしている私を、横から巨大な何かが襲う。

 地面から足が浮く瞬間、何かの正体に気が付く。


(尻尾────!?)


 私の身体は遥か後方に投げ出される。

 バイザーの映像に乱れが生じる。コンクリートの崩壊音が鼓膜に響き渡る。

 

「う……?」


 壊れたバイザーが大きな黒い影の入った映像を目に焼き付ける。

 断片的なそれらの情報を整理すれば、私は吹き飛んで、ある住宅の壁を破壊。

 そのまま中で倒れ伏している……という所。


(起きろ……立て……!)


 ガクガクと笑う膝を押さえつける様に、歯を食いしばる。

 立ち上がり、壊れたバイザーを無造作に引っ掴んで投げ捨てる。

 遠くに、キメラの姿が見える。左手に握ったライフルの銃口が真っすぐこちらを向いていた。


「来い……! 一秒でも長く……食い止めてみせる……っ!!」

「────理解に苦しみますね」

「え?」


 放たれる光線。

 それが、私に届く事は無かった。

 私の視界を一人の女性が塞いでいる。

 直接会ったのは今が初めてだ。だが、写真は拝見した事がある。この特徴的な金色に輝く髪。


「霧生、泉……か?」

「そういう貴方は、話に聞く“MOBドライバー”の……えっと、シロガネシホさん。ウチの方が年下なので、呼び方はお好きにどうぞ」


「そうか……ありがとう、霧生。おかげで助かった……だが何故ここに?」

「目立ちたくなかったので、海岸から上陸したんですよ。北……まあ橋を目指していたんですがその途中で、貴方を見つけたので」


「なんにせよ、助太刀に感謝するぞ。私じゃあ、あいつに勝てなかったからな……」 

「どうも。それより、一つ。質問に答えてくれません?」


「か、構わないがまずは敵を……!」

「敵? ……ああ。あれはもう終わりますよ、ほら」


 つまらなさそうに霧生が前方を指す。

 そこでは大量の霧生泉がキメラの周囲を取り囲んでいた。数は一度には数えきれない程で、五十人以上はいるかもしれない。


(そうか……確か霧生の持つ“リュウオウ”は分身の力を持っていた)


 キメラを囲む霧生達が何やら呪文を唱えていく。

 それはちょっとした合唱の様にも聞こえる。

 

「ほら……向こうはもうどうでもいいでしょ? 質問に答えて貰えます?」


 私の前にいる霧生が有無を言わさぬ口調で、問う。


「何故先程、あの男達を助けたんです?」

「……見ていたのか? 恥ずかしいな」


「……私ならあんな屑共、見捨てますよ。自分の手で殺してもいいくらいだ。なのに、貴方は迷わず助けた……ついさっきまで自分にナイフを向けていた相手をね。理解出来ないんですよ、教えて下さい」

 

「それが私の仕事だから────じゃ、納得出来ないか?」

「はい」


「そうだな……奴らは確かに、善良な市民では無かったな。悪人、と呼ばれる部類に入るかもしれない。でもじゃあ私に、それを裁く権利があるのかと言われればそれは違うだろう。私は神様じゃないから、人を裁く事はしない。人として、目の前の人を助けるだけだ」


「相手が川上沙耶だったとしても?」


(……!)


「相手が川上沙耶だったとしても、助けられるんです?」

「それか? お前の言いたかった事は……」 


 霧生が頷く。私は、参った、と言わざるを得ない。

 無理だ。と、すぐに結論が出てしまう。相手がもし川上沙耶だったなら、私は見殺しにしていただろう。


(中々どうして、痛い所をついてくるものだ……)


 私は思わず笑ってしまった。

 いきなり笑い出した私を奇妙な者を見る目で彼女が見ている。


「ふふふ……霧生。人って、難しいな」

「難しいですか、人は」


 つまらなさそうに、霧生が言った。

 いつの間にか、大量の霧生達とキメラは何処かに消えていた。

 多分、片が付いたのだろう。


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