三章 もっと、欲しい
「き、消えた……? 倒した、のかな……」
『…………フィニッシュ! チェンジ・オーバー!』
呆然と立ち尽くす私のデュアルスキャンが解除されるのと同時に、左腕に絡みついていた茨がしゅるりと解けて地に落ちる。
発動した本人が闇に還ったから……なのかな。
腕の感触を確かめるため手首を捻る。
……うん、問題ない。
ちょっと多めに魔力を吸い取られちゃったけど、痛み自体はそこまで強くなさそう。
「…………………………」
「……西条先輩?」
海野さんを槍で貫いた張本人である西条先輩は黙ったまま、その場に固まって動かない。
私が声をかけると、「……ああ、いえ、ごめんなさい」と申し訳なさそうに返事をする。
「…………確かに、槍には手応えがありました……間違いなく、倒したと思います」
「そっか……!」
「やりましたね、先輩! みんなの勝利ですよ!」
嬉しそうに菫さんが声を上げる。
私も嬉しい。でも、どこか素直に喜べない自分もいる。
(倒した……って事はさ)
やっぱり『殺してしまった』って事になるんだよね。
そりゃ直接殺したのは、槍を刺した西条先輩なんだろうけど。
サポートをした私達だって、殺したみたいなものだよ。
(悪い人だった。話してみて、殺してもいいなってくらい、悪い人だって思った。それで殺した。本当に殺したんだね、私)
あっけないね、意外とさ。
ぜんっぜん実感が無いくらい、あっさり終わっちゃった。
そしてそれが、ものすっごく怖いんだ。
殺してもいいって本当に思っただなんて。私は一体、何様のつもりなんだろうね?
(自分が特別だって、思ってるのかな?)
「杠葉月さん、顔が暗いですよ? この勝利、誇るべきです。……いや、誇らなくてはならない」
「西条先輩……」
「考えてもみなさい、私達は世界を救っているのですよ? それなのに、倒さなくても良かった、と? この戦いで救われる多くの命達の前でそれが言えますか? それは、命への冒涜です。私達はこの戦いを誇らなくてはいけない、悩む必要なんてないですわ」
(そうなのかな……)
納得出来る様で、納得出来ない様な……。
結局、自分で折り合いをつけるしかない。
蓮見先輩が教えてくれたんだもんね。
探すしかないんだよ、自分の答えを。
「……あ、葉月先輩! 首、怪我してましたよね? 見せて下さい」
「え? ああ、これ?」
右肩をさらけ出して、菫さんに向けると「うわあ……」とため息が聞こえた。
「結構深いですよ……綺麗な噛み痕……! あれ? でも、血は止まってますね」
「血が?」
「はい。この辺、動脈の近くなのに血は完全に止まってる……おかしいですね?」
確かに、変な話ではある。
まあ血が流れてるよりは、良い事なんじゃないかな?
「それもそーですね……とりあえず治しちゃいますか!」
「あ! 待って!」
「え?」
「この傷……とっておけないかな?」
「はえ!? 治さずに、って事ですか!?」
「うん」
「そ、それは……どうして?」
「どうして……?」
(どうして……どうしてだろう?)
わかんない。
わかんないけど、この傷をとっておきたい。とっておかなくちゃ……そんな気分になる。
「うーん……歴戦の傷跡? みたいなものですかね? 傷を残しておく事で、戦いの事を忘れない! みたいな?」
「そう……なのかな?」
「いや私に聞かれても……違うんですか?」
「……ううん。多分、そうなんだと思う。だから、残しとく」
分かりました、と菫さんは頷いてくれた。
私は、改めて……首に残った傷痕をそっと撫でてみる。
ぴりっ、と電流が走ったみたいに、身体に痛みが広がる。
それが何だか……とっても気持ち良くて……もっと────。
(────私、今、一瞬何を考えた?)
ドクン、と心臓が跳ねあがる。
今確かに頭に浮かんだ、ある考え。
『────もっと……もっと、これが欲しい』
(な、なんで……?)
わ、私はMじゃないよ!?
傷が欲しいなんて趣味は持ってないよ!?
(なのに)
自然と呼吸が荒くなる。視界が赤く歪んでいく。
喉が渇いて、水が欲しくてたまらない時みたいに。
渇望している。この傷を、もう一度だけでいいから味わいたい。
(もう一度…………もう一度、私の血を吸って欲しい────)
「あれ? そういえば……女神さんはどこですかね?」
菫さんの言葉で、私の脳は急激に現実に引き戻される。
「女神さん……って妖精の事だよね?」
「はい。さっきまで、飛んでましたよね?」
周囲を見渡してみる。菫さんの言う通り妖精の姿はどこにも見当たらない。
えっと、確か海野さんがやってくるまでは、傍にいた筈だよね。
それ以降、姿を見かけていないや。
「どこ行ったんだ、あいつ……?」
「うーん……おトイレ? じゃ、ないですよねえ……?」
「お二人共、気を抜かずに! まだ戦いが終わった訳ではありませんよ! すぐに第二、第三波が来ます!」
「あ、はい! すいません!」
西条先輩の叱責によって、私と菫さんは考える事をやめて持ち場に戻った。
海野さんを倒しても、戦いはまだまだ終わらない。
橋の向こうから近づいてくる大勢の魔力がそれを告げていた。
☆☆☆ ☆☆☆
「ふぬぬぅ……! くっ固い……!」
「ねえ、ルー。そろそろ諦めたら?」
冷たい目でこちらを見るクーデリアにボクは、ぺっ! てやんでいべらぼうめい! と唾を吐き捨てる。
「こんな手錠、すぐに外してやるもんね! ふぬぬぅ……!」
「無理よ……貴方も知ってるでしょ? “魂の枷”は外部からの魔法を一切受け付けない。一定の時間が経過するまで絶対に外れないわ」
「だからって……だからってボクはごめんだよ!」
「何がよ」
ボクの左手に嵌められた、手錠。
その先に視線を移して、ボクは彼女をキッと睨みつける。
「キミと一緒に繋がれてるのが、だよ!」
「…………ひどい言い様ね」
演技ったらしく目を伏せるクーの右手には手錠が嵌められている。
手錠のもう一方の輪っかはボクの左手に。
つまりボク達は今仲良く同じ手錠に嵌められてしまっている、という訳だ。
最悪な事にね。
「全くふざけてるよ……いきなり個人回線で『話がある』だなんて言って、精神領域に呼びだしておいて……こんなもの用意して待ち構えてるなんて!」
「何よ……! 抵抗したそっちが悪いんでしょ? 変に暴れるから、私まで繋がれちゃったのよ」
「元はといえば不意討ちしてきたそっちが悪いんでしょーが! ボクに責任転嫁しないでよ!」
「んな!? 元を言うなら裏切ったそっちが悪いんでしょ!? なんで女神なんて名乗ってるのよルーの馬鹿!」
(あ、まずい)
「それは……理由があっての事で……」
「理由もへったくれもないわ! 一緒にユグド様に誓ったじゃないっ! それとも何!? まさかアンタそれさえも忘れちゃったの!? 私達の……私達の、誇りを! それなのに……ばか……!」
(あちゃー遅かった……)
ばかばか、と呟くクーの目から、ぼろぼろと大粒の涙が零れ落ちている。
相変わらず泣き虫な奴だよ。勝手に勘違いして、勝手に怒ってきて。
そんで喧嘩して、怒ってる癖に何故か先に泣いて。ボクが謝らなきゃいけなくなるんだ。
いっつもそう。毎回これだ。ほんっとムカつく。
(ボクだって……ボクだって泣きたい時があるのに)
「……まあ、いいさ」
恐らくクーの役目はここでボクを引き留める事。
ならその役目を果たしている現状、無茶な事はしない筈だ。
敵の思惑に乗るのは癪だけど……どうせ、もう戦いが終わるまではここから出られないし。
向こうがボクを止めたいと思った様にこっちだってクーをここに封じ込められるのはありがたいしね。
とりあえずは、許してやるとする────。
「ぐすっ……ぐす……ばか、ばかよ……おおばかやろーなんだから……!」
(はあああ……)
────やっぱり早くここから出たいっす。
「ハヅキいいいいい! 助けてええええ! ボクはここにいるよおおおおお!」
この戦いが終わるまでずっとコレを聞いてるのはやだああああああ! うわーん!




