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ギルドライバー“ハヅキ”  作者: 今井亜美
第十二話 第一次白百合攻防戦
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二章 美しき吸血鬼 VS海野美玲


☆☆☆ ☆☆☆




「葉月先輩、上っ!」


 辺りの空気がいやに熱気を孕んだ気がして、私は咄嗟に横に飛んだ。

 刹那、先程までいた場所は天より照射されるレーザービームによって崩壊する。


 レーザーは鉄橋を貫通し、海に落ちた。

 出来た穴は綺麗な円形をえがいていて、側面が赤く溶け出している。


「轟け、イカヅチよ!」


 私の右手から迸る雷光が、浮遊するキメラの胸を穿つ。

 黒煙を吐きながら落下する奴に向かって、西条先輩が跳躍し槍を振るう。

 キメラは心臓を刺し貫かれ、血しぶきを上げる。


 キメラの血には神経毒が含まれている。

 全身に返り血を浴びた先輩が、膝をつく。


「今解毒します!」


 菫さんが即座に駆け寄り、慣れた手つきで治療を施す。

 先輩はすぐに立ち上がり、感触を確かめる様に拳を握っていた。

 

(キメラ……倒せない相手じゃないけど)


 とにかく毒が厄介だね。

 菫さんがいるから何とか戦線を維持出来てるけど……他の皆は大丈夫なのかな。

 

「ミハルは遠距離攻撃が主だから大丈夫。シグレも平気だと思う。アサシンのジョブには毒に対する耐性があった筈。アスカは心配だね、自力で治療するしかない」


「そっか……蓮見先輩は一人だったよね。大丈夫かな……」

「っ! ハヅキ、人の心配してる場合じゃないよ! 何かヤバい反応が近づいてる!」 


 妖精が叫ぶと同時に空気が、変わった。


 重い。


 底なし沼に沈み込む様な鈍重な魔力。


 ぞわり、と産毛が逆立つ。


 彼女は、橋の向こうからゆっくりと。

 ファッションショーでもしてるかの様に優雅に。

 歩み寄って、笑った。


「初めまして……いいえ、『お久しぶり』と言うべきかしらねえ……我らがユウシャ様?」

(……『海野美玲』!) 


 クスクスと笑う彼女の口元は赤い口紅が塗られている。


 流石に元モデルの、大人気女優。

 こうやって改めて見てみると、凄い美人だ。


 綺麗なEラインをした鼻筋の通った顔立ち。

 二重瞼の大きな瞳、長いまつ毛。

 程よく肉のついた、細く理想的なスタイル。

 着ている秋用のチェスターコートもとても似合っている。


(私なんかと比べ物にならない美人だよ……だから)


 だからこそ、分からなかった。

 

「何で……なんでこんな事、するんですか?」


 女優として成功して、ファンも沢山いてさ。

 それなのになんで、『世界を壊したい』なんて思ったりしたのか?

 

(ひょっとしたら、この人だって……何か理由があるのかもしれない)

 

 心のどこかでまだ、信じていたかったんだ。

 海野さんは、そうねえ……と少し考える素振りをみせると、やがて頷いて言った。


「私ね、失敗した事ないの」

「……は?」


「ほら、私って美人じゃない? 昔からねえ、何やっても上手くいくのよ。勉強も、恋愛も、お仕事も、ぜーんぶ。全部、拍子抜けするくらいに簡単で……人生ってなんて楽勝なんだろう? って。そして思った」


「な、なにを……?」


「つまんないなあ、って」


 つまらない。

 それが、彼女の動機だった。


「挫折や失敗を経て人は強くなるって言うでしょ? 私だって一回くらい味わってみたいのよねえ。だから壊す事にしたの、世界! 面白そうじゃない!? 世界征服とかって! うふふ……小っちゃい頃憧れてたのよねえ悪の女幹部! いっつも正義の味方にやられてて、本当に羨ましかったわあ」


 将来の夢を熱心に語る子供みたいに、海野さんの目はキラキラと輝いていた。


「そんな事の為に……何人の命が亡くなったか、分かってるんですか!?」

「えー? だって、そういうものじゃない。悪役って! お芝居じゃあまりやらなかったから、新鮮で楽しかったわよお? 人殺すのも」


(違う……!)


 根本から、私達とは違うと感じた。


 この人にとって、世界は舞台なんだ。

 自分が遊ぶ為の、舞台。

 他の人は自分を輝かせるためのエキストラ……いや舞台装置としてしか見ていない。

 

(人を……命をなんだと思ってるんだ……!)


「お喋りも楽しいけど……そろそろ始めるわねえ?」


 そう前置くと、海野さんはおもむろに黒いカードを取り出した。


『スキャン完了! 変身<エネミーチェンジ>! “ヴァンパイア”!』

 

 黒煙が辺りを包む。

 海野さんの目が真っ赤に充血して、闇の中で妖しく光る。

 着ていたコートはどこかに消え失せ、代わりに胸元に血の様に赤いリボンの付いた白いシャツと、身体を覆い隠す大きな黒いマントを羽織っている。


「ふふ……さて、まずは────!」


 海野さんは右手を振って、ある場所を指す。

 その先には、丁度先輩の治療をしている菫さんの姿があった。


「厄介な彼女から、いきましょうか?」


 地平線の端から、キメラがまた二体、新たに現れる。

 キメラは羽を広げ、私を飛び越すとまっすぐ菫さんの元に向かった。


「きゃっ! な、何!?」


 菫さんの悲鳴が響き渡る。


「菫さん!」

「あら、敵から目を離しちゃダメでしょ?」


 囁く様に甘い声が、私の耳元から聞こえた。 

 全身に絡みついていく柔らかい肢体の温かさで抱き締められてる事に気が付いた。


「あっ……」


 ちくり、と首元に痛みが走る。

 赤い血が、肌に沿ってゆっくりと滴り落ちる。

 

「っ離して!」


 がむしゃらに手足を激しく動かして拘束を振りほどく。

 首元を抑えて振り向くと、美味しそうに舌なめずりをする海野さんと目が合った。


「わ、私の血を飲んだの……!?」

「あら、私は“ヴァンパイア”……吸血鬼よ? 血を吸ってはいけない?」

「イカレてる……!」


 攻撃をする事だって出来た筈なのに……!

 どこまでもふざけてる。


(菫さんを助けに行きたいけど……!)


 さっきみたいに目を離してやられるのはゴメンだ。

 一体どうすれば……!


「杠葉月さん、前だけ見ていなさいな!」


(先輩!?)


「こちらはわたくしがいます! 貴方は自分の心配をしなさい!」

「! ありがとうございます!」


「うふふ……ようやくこっちを見てくれそうねえ? まあ……戦いになるかは怪しい所だけれど」

「舐めるな! 轟け、イカヅチよ!」


 左手に魔力を込め電撃を放つ。

 飛来する雷を前に、海野さんが微笑む。


「随分と可愛らしい一撃ねえ……」


 海野さんは避ける素振りすら見せない。

 人差し指を一本、前に突き出すと、丁度デコピンの要領でしならせた。


 着弾する雷が、ピン! とあっさり弾かれる。

 雷鳴を残して稲光が辺りに散る。


(ここだッ!)


 雷が防がれるなんて事は最初から分かってる!

 私の目的は攻撃じゃない。重要なのは、『光』。

 つまり弾けて消える際に発するこの雷光こそが、目的だったんだ。

 

 光に紛れて剣を抜き突進する。

 今、至近距離で発された光によって敵の視界は閉ざされてる筈。


(そこを叩く!)


 全身の魔力を剣に籠める。

 二度通じる様な手じゃない。

 この一撃で仕留めてみせる! 


「────シィッ!」


 ひゅっ! と風を切り裂く横薙ぎの一振り。

 刃は確かに敵をすり抜けた。

 が……。


(手ごたえが……無い!?)


「うふふ……!」

「きゃっ!?」


 突然、彼女の身体がバラバラに砕け散る。

 私は思わず一瞬目を瞑った。


「キー! キー!」


 甲高い動物の鳴き声。目を開けると、そこには夥しい数のコウモリの群れが飛んでいた。

 コウモリ達は意志を持っている様に動き、一つに集まると、人の形に変わっていく。

 そして気が付けば、コウモリ達は海野美玲になっていた。


「アハハ! 惜しかったわねえ?」

「っ……馬鹿にして……!」


「あら、そんな風に怒ったらダメよ……折角のカワイイ顔が台無しじゃない?」

「うるさい! 戦うの、戦わないの!? どっちかにしてよ!」

 

「そんなに戦いたいの? 我らがユウシャ様は血の気の多い子なのねえ。戦ってもいいけど……後で怒っちゃ、嫌よ?」


 ────消えた。

 冗談じゃない。私は一瞬たりとも目を離したりしてない。

 瞬きだってしなかった!


 なのに、消えた。目の前から、消えてしまった。

 いや、すぐに気付いた。消えたりなんてする訳ない。

 答えはもっと単純で、単に私が彼女のスピードに『ついていけなかった』。

 ただそれだけの事なんだ。

 

「遅いっ!」

「くっ!?」


 反射的に剣を引き上げた。

 結果的にそれは大正解だったと思う。

 右から現れた彼女の回し蹴りが剣の腹に当たった。

 

(重い……!)


 衝撃で手は痺れ、身体が僅かに浮く。

 目の端に拳が振り上げられたのが見える。


(まずい……! ガード……剣は無理、魔力? どこに? お腹!)

 

「────はっ!」

「がっ……!?」


 咄嗟に張った魔力壁に拳がめり込む。

 反発する勢いに合わせて私の身体は後方に吹き飛ばされる。

 どん! と巨大な何かにぶつかって止まった。

 

「いてて……うん?」


 何にぶつかったかはすぐに分かった。

 見上げるとそこには巨大な生物。

 そう、キメラだ。


「キシャアアアア!」

「あわわわ……待って、ストップ!」

「先輩、危ない────!」


 振り下ろされる、キメラの握ったレーザーソード。

 菫さんが私に抱き着く。

 そして、閃光が身体を包む。


『デュアルスキャン! “ソウリョ”! フォーム・チェンジ! “セイクリッド”!』


「か、間一髪……!」


 切り裂かれる直前、菫さんがパスをスキャンしてくれたおかげで、何とか防御魔法を展開する事が出来た。


「助かった! ありがとね、菫さん!」

「お、お礼よりも、早く倒して下さい!」

「おっとそうだ……! 光の奔流よ……束となりて悪を貫け────“閃光流槍(ライトニング・スピア)”!」


 眩い光の槍が、キメラの身体を刺し貫く。

 悪しき存在を逃さぬ閃光が、怪物を灰に変えていく。


「よし、後は海野美玲を────!」


「病める時も、健やかなる時も────!」

(詠唱!? やば、防御を……!)


「貴方と共に在り、永遠の苦痛しあわせを与える事をここに誓います────“茨の結婚指輪ブランブル・エンゲージ”!」

「ぐあっ!?」


 左手に走る激痛。

 防御壁の内側……地下から伸びた茨が、左腕に巻き付いている。


(! 力が出ない……魔力を吸われてる……!?)

 

「うふふ……このまま養分にしてあげる!」

「そうはさせません!」


 丁度もう一体のキメラを倒した西条先輩が、海野さん目掛けて跳ねる。


「槍の錆びになりなさい!」

「アハハ……そんな一撃、食らうとでも!? またコウモリになれば────!」


「神よ、悪しき存在を縛り付け給え!」

「!? 身体が……!?」


 菫さんの魔法が、敵を金縛りにした。

 今ならコウモリになって逃げられず、倒しきれる筈。


(力を振り絞るならここしかない!)


「戦神よ……太古より続く力呼び覚まし、人の子を獅子に変えよ────“獅子奮心(パワレオン・ハート)”!」


 呪文に合わせ、残った力を先輩の槍に載せる。

 魔力の高まった槍が、青く光を放ち始める。


「はあああああああっ!!!」

「ぁァあああああああああアアアアっ!?」


 島中に響き渡りそうな絶叫が、木霊する。

 青き槍が海野美玲の身体を確かに貫いている。


「倒し……た……?」

「う……ふふ……ハハハハハハ!」


 不気味な笑みを浮かべ、海野美玲が黒く変貌していく。

 そのまま笑い声を辺りに残して、彼女は風と共に闇へと消えてしまった。


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