九章 決戦前夜・下
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『おい見ろよ、凛音の奴! また給食の残りもん袋に詰めてるぜ!』
『うわ本当だ……きっも。死ねばいいのに』
家に帰ったら、あったかいご飯が待っている。
そんなの、私にとっては空想の世界だけ。
パン一つでもいいから、必死になって持ち帰った。
そうしないと、生きていけないから。
『前に俺、母さんに聞いたんだけどさ……凛音んち、給食費払って無いらしいぜ!』
『ウソ!? お金払って無いとか泥棒じゃん!』
『泥棒! 泥棒! 泥棒!』
泥棒じゃない。
確かに貧乏だったかもしれないけど。
給食費は払ってたよ。お父さんは、そう言ってた。
『うるせえよバーカ!』
『死ねよ、泥棒凛音! いっつも薄汚い恰好しやがって! 臭いんだよ!』
臭い……か。
確かに、服はいつも同じ物だったし。
お風呂は一週間に一回入れればいい方だったから、ちょっと臭ったかもしれない。
でも、殴るのはやめて欲しかった。
痣が出来ると、お父さんが悲しんだから。
『お父さん……ねえ起きて。何で起きてくれないの……? 凛音、怪獣倒したよ……?』
悪い奴をやっつけたら、全てが丸く収まるなんて。
現実でもそうだったら、どんなに良かっただろう?
私のお父さんはもう二度と、目を覚ます事は無い。
全て、私のせいだった。
あの日……クーちゃんと出会ったあの日。
私は白いパスを捨てて、黒いパスを握りしめた。
気付いてしまったのだ。
闇の正体。戦う事の本当の意味に。
(だから私が……正しく導かないと……)
『! 凛音……待って! お願い! 本当に敵になっちゃうの────!?』
「っ……関係ない……!」
不意に聞こえた彼女の問いに、思わず声が出る。
確かに彼女達と過ごした時間は、光は、とても温かかった。
でも、駄目だ。あの時はっきりと分かってしまったのだ。
『死ね……死んでしまえっ! 私が……私がお前をっ! 殺してや────!』
杠葉月が、川上沙耶に向けた純粋なる殺意。
あの怒りに満ちた醜い顔。声。心。
光も闇も、大きな力である事に変わりはない。
力を手にすると変わってしまうんだ。
どんなに優しい人であっても、一瞬で。
(菫は……知らないんだ)
闇は、彼女達の想像以上に強いのだという事を。
魔王軍幹部になった私にはよく分かる。
ギルドライバーが何人集まろうと……魔王には絶対に勝てない。
魔王パスを破壊する事は不可能。
光も闇も、誰も信用する事は出来ない。
なら……私が魔王パスを使えば……?
(ううん、それは駄目。私じゃ衝動に抗えない……!)
「お父さん……」
☆☆☆ ☆☆☆
「どう志保? たまには貴方も飲む?」
まもりさんがワイングラスを片手に問う。
私が「遠慮します」と伝えると、短く「そう」と返して、中に入った赤ワインを呷る。
「……ほどほどにして下さいね。いよいよ明日なんですから」
「分かってるわ。だからこの一杯で終わり……」
「そうですか」
深夜の休憩室は静寂に包まれている。
今ここにいるのは私と彼女だけだった。
「飲まないならそろそろ貴方も寝なさい。明日は早いわよ? 戦闘が主目的じゃないとはいえ体力は大事なんだから……」
今回の私の役目は、市民の避難誘導。
理由は単純で、私が弱いからだ。
京都での一件で、私が魔王軍幹部に手も足も出ない事は証明されている。
となると後はキメラだが、奴はギルドライバーである橘と弓が二人がかりでやっと撃破出来る強さだ。
ただのモンスターにすら苦戦する私に敵う訳がない。
「傷の調子はどう? まだ痛む?」
「いえ……杠や橘のおかげで、もう完治しています。少しだけ違和感もありますけどね」
「そう……それはよかった」
「あの、まもりさん」
「なに?」
「本当に、良かったんでしょうか? 杠に、その……言わなくても…………」
「……言えないわよ。言ってどうしろと? 奴らの真の目的は“貴方”ですよって? 聞けばきっと動揺するわ。そうすれば戦いに影響が出る。それに……万が一もありえる。我々に出来るのは、あの子の持ち場を出来るだけ山から遠ざける事だけよ……」
(葉月……ごめん)
結局組織は、彼女を信じきれていない。
組織だけじゃない。私も……その方がいい、と思ってしまっている。
友達と言ってくれた彼女を。
友達である彼女を。
心の底から信じきれていない。
(私は、やっぱり……駄目な女だな)
☆☆☆ ☆☆☆
「成程ね。ハヅキとアオイとスミレが北にある橋の封鎖班。シグレとミハルが中央にある白百合山の中腹で対空迎撃。そしてアスカが南側の沿岸警備か……」
流石に妖精は飲み込みが早いなあ。
時雨の説明が上手いとはいえ、あっさり理解しちゃったよ。
私なんて、まる一週間かけてようやく理解したのにさ……。
「それはハヅキが馬鹿なだけだよ」
成程……ばっちり理解できたよ。
どうやら久しぶりに瓶詰にされたいらしいね、この妖精君は。
「それで……どうやって敵を山に誘い出すんだい? どうやって敵からパスを奪取するんだい?」
「それは……」
滔々(とうとう)と説明を続けていた時雨が、言いよどむ。
というのも実は今回の作戦、肝心なその部分が決まってない。
志保さんによるとそもそも作戦の立案段階では、スパイである霧生さんから魔王軍の侵攻ルートの情報を入手して、それから計画を立てよう、って話だったんだって。
ところが残念な事に、霧生さんからその情報を入手出来なかった。
霧生さん曰く、魔王軍幹部の人達は団結して何かしようとか、そういう意識があんまり無いみたい。
みんな適当で、楽観的で、刹那的で、快楽的で、当日の予定や計画も殆ど定まってないんだって。
だからどの侵攻ルートを誰が通るのか、全く分からないんだ。
「ふーん……それで対策を放棄して、防衛に専念する事にしたのか」
「放棄って言っちゃうと感じ悪いけど……もうそこらへんは臨機応変に対応してーって感じなんじゃない?」
「臨機応変ねえ……シグレには出来ても、ハヅキにはちょっと難しいんじゃない?」
さてと……確か時雨の部屋のタンスは、二段目が小物入れになってたよね。
昔は何かを詰めるのに丁度いいサイズの小瓶が入ってたけど、今も残ってるかなあ?
何を詰めるとは言わないけどさ。
「作戦についてはこんな所だよ。妖精さんからは、何かある?」
「んー……そうだな。ボクはアオイとアスカの実力を知らないからなあ……詳しい事は言えないけど……まあ、中々いいんじゃない? 特に、ハヅキが橋封鎖班に入ってる所とかね。よく分かってると思うよ」
へー……妖精にしては見る目があるじゃないか!
やっぱり一番重要なポイントを任されるって、葉月ちゃんの実力があってこそだよねっ!
頼られてるっていうかさ!
「うんうん、そうだねー。だから……ハヅキは絶対に『そこから動いちゃダメ』だよ?」
「え? でも、臨機応変だから────」
「────何があっても! 特に、山には。近づいちゃダメだよ! 分かった?」
「? う、うん……」
妖精の目に気圧されて、訳も分からず私は頷く。
妖精のあの目、久しぶりに見たな。
何かを訴えかける様な、強くて、でもどこか寂しそうな目。
「ほらハヅキ! そろそろ寝ないとダメなんじゃない? 寝不足で戦えませーんじゃシャレにならないよ!」
「はいはい寝ますよぉ……時雨も泣き止んだしね……」
「? 葉月、何か言った?」
「何でもないっ! おやすみ!」
赤く染まる顔を隠す様に、電気を消して毛布にくるまる。
布団には、痺れる程甘い花の様な香りが充満している。
第十一話 おしまい。




