六章 『正しい』事
それから。
私達は決戦について詳しく話し合ったんだ。
白百合は島だからね。敵の進軍経路がかなり限定されて、防衛には適してるって山中さんが言ってた。
だから……住民に避難勧告は出さないんだって!
山中さんより更に上の人達は、世間にこの戦いの事を知られるのをとっても恐れているみたい。
侵攻を未然に防げば、人の避難は要らないでしょ? って考えらしい。
面白いのはさ、こんな事を言っておきながら、本当にお金持ちの人はしっかり島から逃げ出すんだって!
西条先輩が教えてくれたよ。
あはは……笑っちゃうよね!
「白百合の一般市民がこの決戦で何人死のうと世界を救う為には誤差の範囲である……というのが我々の見解です」
山中さんは出来るだけ感情を押し殺そうとしたトーンでそう言った。
「勿論、貴方達の家族についての安全は保障するわ。とはいえ事情を説明する事は流石に出来ないから、強引だけれど決戦の前日にアジトへ拉致する事になるかしらね……怖がらせてしまうけれど、危害は加えないから安心して下さい」
菫さんと美春さんが、ほっとした様に息を吐いた。
私もお母さんの事は心配だったから、それは素直に嬉しい。
時雨も私に、「良かったね」と微笑んでくれた。
それにしても『世界』かあ……正直、ピンとこないよね。
ついさっきまではモンスターの出現は関東に限定されるって言ってたのに。
魔王軍幹部が魔王パスを使用すれば、世界が崩壊する可能性があるんだってさ。
急にスケールが大きな話になっちゃったよね……。
日本だけの話だと思ったら関東だけの話だったけど、実は世界全体の話でした!
うーん……何が何だかよく分からなくなってくる。
とりあえずは、この決戦で勝利して世界の人々を救おう! って事だ。
(例え何人犠牲が出ても、ね……)
論理的には正しいんだろうね。
そりゃ世界の人と白百合の住人なんて、比べるまでもなく世界の人の方が多いしね。
紙に書かれた数字の上では誤差なんでしょうよ。
でもその実態は、ただ単にこれまで秘密だった組織の事が世間に知られるのが怖いからで、UMA事件の責任を追及されるのが怖いからで。
その為には何人死んだっていいんだって。
そんなの自分勝手で、わがままで…………敵と、一体何が違うんだろう?
「杠葉月さん。疑問に思うのはよく分かります。それでも、私達は戦うしかないのです。悔しい事ですが……どれだけ嘆いても、上の考えは変わりませんわ。だからこそ、私達が命を懸けて戦い一人でも多くの命を救わねばならない。それが力ある者の責任なのです」
西条先輩は、強い人なんだろうな。
菫さんに平手打ちしたり、厳しい一面もあるけれど、それはきっと彼女なりの深い正義感や優しさによって生まれているんだなって感じる。
「どんなに力があると言っても……君達はまだ若く、ただの一般人だ。杠も黒森も、橘も弓も……もし戦うのが辛ければ、逃げても構わないんだぞ? 上は納得しないだろうが……どの道誰も君達には敵わないからな。強制は出来ないさ」
志保さんが自嘲気味に笑った。
「大丈夫だよ、志保さん。私は戦うから」
「杠……相手は人間だぞ? 本当にいいのか?」
「うん。京都で戦うのを怖がって……それで志保さんがあんなに傷ついたんだ。そんなの嫌だから、だから私……もう迷わないよ」
もう迷わずに、人間だって……私が殺して────!
「んー……はづきち、そりゃないっしょ?」
「……え?」
「だって、あーしらギルドライバーとか何とか持て囃されてるけどさー……元はただの女子高生だよー? まもりんやしほほとは立場が違うってー。殺すのも殺されるのも怖くて当たり前っしょ。誰もが葵みたいに覚悟決まってる訳じゃない。実際、もし凛音ちんが出てきたら、多分みんな殺せないっしょ?」
それは……そうだ。
ずっと考えてきたんだ。
川上沙耶を見て、思った。あんな風に邪悪な人間が世の中には、いるんだって。
本当は信じたくなかった。でもそれが真実なんだ。
おばさんやおじさんが殺されたのだって、そういう人達がいるからなんだ。
私にはそれを止められる力がある。なのに、覚悟が無くて戦えないんじゃ……また誰かが傷つく。
だから邪悪な人達が相手なら、私だって……殺してみせるって。
そう誓った。
けど……凛音さんは。
本当に悪い人なのかな? って。
敵だって言われてなお、凛音さんを信じたい自分がいるんだ。
根拠は無い。ただの直感だけど。
凛音さんと仲の良かった菫さんも弓さんも、言葉にはしないけどきっと時雨だって、そう思ってる。
「だから別に……迷ってもいい! と、あーしは思うわけよ。重要なのは迷わない事じゃなくて、自分なりの答えを考え続ける事なんじゃないかなー?」
「私の……答え……?」
「私は戦うよ、葉月」
今まで私の横で成り行きを見守っていた時雨が、口を開いた。
「もう逃げないって決めたから。最後まで私は葉月の傍にいる……例え、この手が汚れたとしても」
「時雨……」
「ちょっと先輩方? 私を忘れないで下さいよ」
「弓さん、いいの?」
弓さんだって、凛音さんとは仲が良かった筈だ。
「勿論です。放っておいたら世界が壊れるんでしょ? だったら戦う以外の選択肢無いじゃないですか。安心して下さい、私は菫さんと違って相手が誰だろうと撃ち抜いて見せますとも」
弓さんの言葉に、菫さんが俯いていた顔をハッと上げた。
「ゆ、ゆみみ……! あ、相手が誰でもって……り、凛音でも、撃つの……?」
「…………そうですよ、菫さん。私は相手が凛音さんでも、撃ちます」
「そんな……!」
「撃てないなら……菫さんは、参加しない方がいいですね」
弓さんが、冷たく言い放つ。
「! わ、わた、私は……!」
「そうだな……橘、君は参加しない方がいい」
「い、いや! 私も戦います!」
「……菫、私もやめておいた方が良いと思う」
「し、時雨先輩まで……! 何でですか!? 私だって戦えますよ!?」
「菫、これからの戦いは今までと違う。相手は、モンスターじゃない。生身の人間なの。『みんなが参加するから』とか『もしかしたら凛音を説得出来るかも』とかそういう甘い考えで参加を決めるのは絶対にやめた方がいい。いざという時に……死んで後悔する事になる」
「そ、そんな……そんなの、じゃあ、私、何をすれば……何が正しい事なの……? 友達でも平気で殺せるのが、『正しい』って事なんですか!? そういう人じゃないと戦えないんですかっ!? 戦っちゃいけないんですか……!?」
(菫さん……)
菫さんは叫ぶと力無くその場にへたり込んで、顔を伏せる。
空気が、重い。
何が『正しい』事なのか? という菫さんの疑問に、誰も答えられなかった。
当たり前だよ。だってそれは私にも分からないし、私が教えて欲しいくらいだし。
それを見つけられるのは、きっと自分だけなんだ。
蓮見先輩が言いたかったのは多分その事なんだと思う。
「……そんな事、無いと思いますわ」
座り続ける菫さんの肩に、西条先輩がそっと手を添える。
「西条先輩……?」
「橘菫さん、貴方の能力は素晴らしい物です。多くの人を救う事が出来る物です。実際に『敵と』戦うばかりが『戦う』という事では無い筈ですわ」
「どういう事ですか?」
「人を癒す……それもまた、重要な『戦い』だという事です。決戦になればきっと貴方にしか出来ない仕事が山ほどありますわ。力ある者としてそこで戦うのは当然です。戦いなさい、橘菫さん。貴方だけのやり方で」
「私の……やり方……? 凛音……」
西条先輩の言葉を後押しする様に、山中さんが菫さんに頭を下げる。
「葵の言う通り……橘菫、我々WPFは是非とも貴方に協力を依頼したい。貴方の能力は本当に貴重な物なの。これからの戦いに欠かせないと考えています。江藤凛音と戦う覚悟が無い、というならばそれに配慮した配置をしますので。どうかその力を……我々に貸して欲しい」
「……私、正直言って……凛音とは戦いたくないです。だって友達、ですから……! でも、私、戦う力も持ってるから! 戦わなきゃいけないって思うから……! だから、お願いします……!」
「ありがとう。橘菫だけじゃない。我々と共に戦う事を決めてくれた貴方達全員に、WPFを……いや、世界を代表して深く感謝を伝えたい」
山中さんは私達に対して、深々とお辞儀をした。
それを見て、徐々に実感が湧いてきたんだ。
これから起こるであろう戦いの、その激しさへの実感が。




