五章 それぞれの目的
☆☆☆ ☆☆☆
「喉の調子はどうですか? 橘菫さん。傷は塞ぎましたが」
「あ、あー……はい大丈夫です。痛みも、ないですし……」
「そうですか、それは良かった」
「あの、ありがとうございます西条せんぱ────」
パン!
肌がぶつかり合う乾いた破裂音が、静寂に包まれた部屋で木霊する。
西条先輩が、菫さんの頬を思いっきり引っ叩いたのだ。
「何故先程、敵を庇ったのですか? 説明なさい」
「…………すみません」
「『すみません』? 私は『説明なさい』と言ったのです。質問の答えになっていません。そもそも謝るという事は、悪いという自覚があっての行動という事になりますね。何故悪いと思いながらもあの様な蛮行をなさったのかしら? 敵を一人見逃す、という事が一体どれだけの事態に繋がるのか、貴方はお分かりになって?」
「それは……分かってる、つもりで──」
「──分かりませんよね? 分からないからあんな事を平気でするのです。テレビのニュースをご覧になりましたか? 前回、京都で川上沙耶が暴れた結果、京都の街が壊滅。その結果……五百人以上もの庶民の方々がお亡くなりになりました。いいですか? これはあくまで数えられた人数での話です。実際には塵一つ残さず消えた方も大勢いた筈。何が言いたいか分かりますか? 魔王軍幹部を一日見逃すという事はそれだけで、『五百人死亡しても何らおかしくない』という事なのです」
「り、凛音は! そんな事────!」
「しない、と? 貴方に何が分かるのです? あの子の頭の中が直接覗けるのですか? その割には裏切られる事も想定していなかった様ですが」
「それ……は……」
「……貴方、一体『江藤凛音』の何を知っているのです?」
「っ!」
「ちょ! ちょっと! さっきから聞いていれば言い過ぎじゃないですか!?」
「ゆみみ……」
「確かに、私達は凛音さんの事、よく知らなかったかもしれないですけどね! 貴方達だって、凛音さんの事よく知らないんでしょう!? それなのにそんな偉そうな事言って、菫さんの気持ちだって少しは考えてくれても────!」
「ゆみみ、止めて……」
「菫さん……でも!」
「西条先輩、すみません。私が悪かったです……」
「……私は、謝罪が欲しいのではなくて────」
「はいそれまでー! 葵、そろそろ許してあげなってー。スミーも精一杯やってんのよ」
「明日香……ですが」
「ですがもカカシも無しっしょ。これ以上詰めたって進展しないしさー。とりま、この話はここで終了ーって事で」
「明日香の言う通りよ、葵。今から必要なのは起こった事への反省ではなくこの先に起こる事への対策です」
「隊長殿まで…………はあ、仕方ありませんわね」
蓮見先輩と山中さんに宥められて、西条先輩は渋々引き下がった。
山中さんは話をしようと口を開いたがすぐに閉じる。
そしてこの崩れた地下十三階を見渡して、苦笑した。
「ここじゃ、落ち着いて話が出来そうもないわね」
場所を移しましょう。ついてきなさい、と私達に告げる。
山中さんの後を追って、私達は歩き出した。
菫さんは先輩にぶたれてすっかり赤くなった頬をしきりに撫でて、何かを考え込んでいた。
☆☆☆ ☆☆☆
『目的地に到着。オートパイロット終了』
「そのままステルスを継続。待機モードに移行。待機地点を上空一万メートルに固定。飛行物体への自動回避を許可」
『了解』
コックピットのハッチが開くと、冷たい秋風が頬を撫でる。
“Cross Knight”を降りると、美玲と雪が庭でパターゴルフを嗜んでいるのが目に入った。
楽しげに笑う二人を横目に家に向かう。
「おかえりなさい、リンネ」
中に入るとクーちゃんが飛んできて、私に微笑んだ。
「首尾はどうだった? 何かいい情報を掴んできたんでしょうね?」
「…………私達の情報が、向こうに知れ渡っている」
「え!? じゃあ何、アンタの事も全部バレてたって事!?」
「そう。ひょっとしたら、私達の中に────」
「ルーの奴! この卑怯者っ!」
「────え?」
「裏切るだけじゃ飽き足らず、情報まで流しやがったわね! 絶対に許さないんだからーっ!」
「………………分かった事はそれだけ。喉乾いた……」
騒ぐクーちゃんを無視して、キッチンへ。
確か冷蔵庫にアップルジュースが入っていた筈だ。
☆☆☆ ☆☆☆
「スパイ……ですか?」
私の言葉に山中さんが頷く。
先程と似たような内装の別室に移動した私達は、入室早々ある事を告げられた。
敵の中に、私達に味方してくれるスパイがいる……んだって。
「今までの敵の情報も、そのスパイからのものなの」
確かに、私も疑問には思ってたんだよね。
だって、あんな写真とかさ。持ってるパスの名前や能力まで、ワークベンダーにも載ってない様な事を何で知ってたんだろー? ってさ。
「それで一体、誰がスパイなんですか?」
「霧生泉……さっき、ハーフの女子大生がいたでしょう? 彼女よ」
あの綺麗な人だ。
あの人が、私達に力を貸してくれてるんだ……。
「泉は一年前、自ら私達に接触し情報の提供を約束してくれた。実際に彼女の情報は非常に有益な物ばかりで……正直、私達が奴らへの対抗の真似事をしてられるのも、泉の助けがあればこそよ。泉がいなければ……未だに敵の正体すら分かってなかったでしょうね」
「悪しき力を持っていようと正義の心に芽生える者もいれば……その逆もまた然り、という事ですわね」
「……凛音……なんで…………」
「さて……ここで最も重要な話をします。今日貴方達を呼んだのはこの話をする為です……先程、魔王パスがどこにあるのか分からない、と言ったわね?」
「え……は、はい」
確かにそう言ってたよね。
まだパスの場所は分かってないから頑張って探そうね! って話だった。
「実は……もう既に検討が付いています」
「え!?」
「魔力を帯びた石……リリー・クリスタルは、白百合島の中心にある山、白百合山で採れますが……実はこの山の中心に行けば行く程、クリスタルの純度が高くなる事が判明しています」
クリスタルの純度が……?
えっと、それってつまり魔力が強くなってるって事だよね。
「我々はリリー・クリスタルが魔力を帯びているのは、傍に『強力な魔力を放つ物』があるからだと考えました。もう何が言いたいか、分かったわね? …………白百合山の中心。その火口の中に魔王パスがある。そう結論付けました」
「白百合山の……火口……! じゃ、じゃあすぐにそこに向かって────」
「落ち着きなさい。実は、この情報は既に敵側もキャッチしています」
「え!?」
「一ノ瀬雪が組織にいた頃に得た情報を基に計算したようね」
「そ、そんな……でもそれなら尚更、敵より先に行動しないと!」
「そうね……でも、問題があるわ」
「?」
「火口に行っても……『我々ではパスを探す事は出来ない』という事よ」
「ど、どういう事ですか……?」
「パスには所有者が存在するでしょう?」
え? それって……まさか。
「そう、『魔王パスにも所有者が存在する』のよ。なのでこのまま火口に行ったとしても……所有者がいなければパスは姿を現さない」
「あーしと葵が確かめに行ったんだけどさー……どーも無理っぽい。場所分かんないのにマグマの中を探すのもちょっとねー……」
魔王パスにも……所有者がいる?
そ、それって……『魔王』って事?
私の疑問に、山中さんはクスリと笑った。
「確かに魔王なら所有者かもしれないけれど……泉からの情報によれば、『魔王軍幹部』ならば誰でも魔王パスを扱う事が出来る様ね」
「じゃあ……『魔王軍幹部が火口に行けば、パスが出て来る』って事ですか?」
山中さんが頷く。
「泉から情報がありました。今から丁度一週間後、魔王軍幹部は作り出した最強の人工モンスター……『キメラ』の大群を伴って、白百合島に侵攻してきます。敵の目的は、『火口に辿り着きパスを手に入れる事』。我々はこれに合わせ、防衛作戦を展開。目的は……『白百合島の住民を守る事』及び『敵を火口におびき寄せ、魔王パスを奪取する事』! 今日はこの作戦会議の為に集まって貰ったという訳よ」




