六章 “異次元”の戦い VS川上沙耶
「最初に言っておくけど……私、手加減する気ないから」
そう告げると、川上沙耶は声を出して笑った。
「当たり前だ! そうでなくっちゃ面白くねえっ! まずは、こっちから行く────」
彼女の発言はそこで止まった。
まあ、それはそうだろう。
目の前から喋る相手が消えてしまったのだから。
「ッ!? どこへ────」
「ここだよ」
私は奴の目の前に姿を現して、その頭を右手で掴み取る。
「がッ!?」
そして、再び……今度は奴ごと、次元の狭間に移動してこの世界から姿を消す。
「くッ……放しやがれ!」
「言われなくてもそうするよ」
次元の出口で、私は外に向かって奴を軽く放り投げる。
現実空間に移動した身体は勢いよくすっ飛んで、崩れたビルを四つ程貫通してからようやく瓦礫の中に埋もれた。
まあ、これくらいじゃ死なないよね。すぐに吹き上がる炎でビルを破壊し、再び私の目の前に現れる。
「くっそ……てめえ……! 一体どこ連れて来やがった!?」
「地球だよ」
「地球だぁ!? 『これ』のどこが地球なんだ!?」
相当混乱しているのか、私に怒号を浴びせてくる。
無理もない。さっきまでは、爆心地みたいにボロボロとはいえ……曲がりなりにも京都の街並みが残ってはいた。
だが今、私達がいるこの世界。
この世界には……『何もない』。
見渡す限り……地平線の果てまで草木一つも無く、唯々莫大な荒野が広がるばかりで、所々に錆びた鉄パイプが剥き出しになった廃墟のビルが点在している。
風も無く、明かりも無く、空は赤黒く染まり、血の様な太陽が、ぼんやりと地上を照らしている。
「ここは既に滅んだ世界。別の次元にある平行世界の地球」
「平行世界だぁ……!? なんだってそんなとこに……」
その質問への答えなら、至ってシンプルだ。
ここなら周りを心配する必要がないからね。
例えどれだけ本気で戦っても……壊れる物ももうないし。
「成程な……だったらっ!」
川上沙耶はそう叫ぶと、荒れ狂う炎の渦を吐き出しながら、空高く舞い上がる。
渦は天で巨大な牙を剥くと、地上の全てを焼き尽くさんと口を開けた。
「遠慮する必要もねえ訳だぁッ!」
魔力の放出と共に牙が地上に降り立ち、大地を飲み込む。
炎の波が大地を溶かし、彼女の周囲は火の海に包まれる。
私はそれをジッと見ていた。
……地球から遥か384000Km上空に浮かぶ、月面の上から。
「ハハハハッ! どうだこの威力は!? 燃えちまったかぁユウシャさんよぉ!?」
(何か喋ってるな)
別にどうでもいいけど。
ディメンション・フォームは、『次元転換』の能力を持つ。
次元を転換する事で、あらゆる空間座標を繋げその地点への瞬間移動が可能。
実質光よりも早く動ける私の『次元転換』が、あんな遅い攻撃に当たる訳がない。
もしも当たった所で彼女と私とでは魔力に雲泥の差がある。かすり傷一つ受けないだろう。
(そして……『次元転換』能力は自分だけではなく、この手に触れる全てを対象に行える)
つまりそれを応用すれば……『手に触れたあらゆる物を自由自在に動かせる』って事だ。
「よいしょ……っと……!」
私は地面に手を触れて、月を『持ち上げる』。
そして、今も笑う川上沙耶がいる大地……『地球』に向かって、思いっきり『月』を放り投げた。
……宇宙空間だからねえ。
残念な事に音は聞こえなかった。
それでも、中々壮観な光景だよね。
地球に月がぶつかるってのは。一生に一度は見てみたいっていうか?
遠くから見るとボールとボールがぶつかり合ってるみたいで、結構シュールだ。
一瞬で衝突した大陸が真っ赤に染まり、高温の衝撃波が地球の全てを吹き飛ばすのが肉眼でもはっきり確認出来た。
零れ落ちた月の破片が、宇宙の彼方に散らばってった。
痛み位は感じてくれたかなぁ? 自信満々だったし、まさか死んではないよね?
私はすっかりマグマと化した地上に戻ってみた。
うん。魔力を感じるね。よかった、まだ生きてるみたいだ。今はちょっと寝てるみたいだけどね。
「ねえ、起きてよ」
マグマに浮かんだ巨岩の上で、奴は眠っていた。
髪を掴んで、無理矢理に引きずり起こす。
憔悴した奴と目が合った。
「う……あ……」
もう喋る元気もないボロボロの奴の姿を見て、私は……私は、自分の心の中にある怒りがもっと膨れ上がっていくのを感じた。
(ふざけるな)
志保さんは、もっと痛かった。志保さんはもっと辛かった。志保さんはもっと苦しかった!
それなのに! お前が何でそんな顔をする……? お前にそんな権利があると思うのか?
(許せない……許せない……許せない……っ!)
自分でもどうしようもないくらい、奴を憎む気持ちが頭の中に溢れている。
あいつを許すな、という声が、ひっきりなしに鳴り響いている。
私はそのどす黒い自分の感情に気付きながらも、それを止めようとは微塵も思えなかった。
「味わわせてやる……お前が志保さんに与えた物……死の恐怖を与えてやる……!」
私は意識が戻る程度に、こいつの身体を癒してやる。
目が覚めると、すぐに怯えた様に床を這いずって私から遠ざかった。
それを横目で眺めながら、私は地面……『地球』に手を触れる。
「な、なんだ!? 何をしてる……!?」
「お前は、『炎』で志保さんを焼いた。志保さんだけじゃない……京都を、多くの人間を殺した。だから私が……お前を焼いてやる」
「や、『焼く』だと……ハハハ! 俺にとっちゃ炎なんざ、食い物みたいなもんだ。炎で俺は殺せねえよ……!」
「そっか。じゃあ、ご飯が一杯食べれていいね。今から『太陽』まで行くから……!」
「太陽なんざ────…………………『太陽』……?」
手のひらを通じて、大量の魔力を地球に流れ込ませる。
魔力の層が地球を包み込み、次元の狭間へと誘導する。
そうして、次元を移動させる事で空間の位相を変えて、目的地まで運ぶ。
即ち……太陽まで。
にわかに、地球の温度が上がり始める。
空を見上げれば、次元の壁越しに血の様に真っ赤な太陽が、どんどん地上に迫ってきているのが分かる。
「お、おい……冗談だろ……?」
「良かったね。太陽をこんなに近くで見られるなんて、滅多にないよ? 冥途の土産にしなよ」
地球が次元の壁を越えて世界に現出する。
隔たりを失った事で、一気に温度が上昇。
「う……うう……暑い……暑い……!?」
川上沙耶の額に、大粒の汗が見える。
既に地上の全ては炎に包まれ、空の半分以上が太陽に覆われている。
「い、いやだ……いやだいやだいやだアアアアアアッ!? 熱い熱い……! いやあああああああ!?」
(発狂しちゃったか)
意味不明な文言を叫ぶだけ叫んで、川上沙耶は失神した。
その肉は、段々と焼け始め、ジュウ……っと身体から水分が蒸発してきている。
最早地球は止まらない。
太陽の引力に惹かれ、そのまま消滅するだろう。
もう太陽は空の全てを覆い隠し、地球を飲み込むのも時間の問題だった。
このまま放置していればこの女も地球ごと骨まで溶けて死んでしまう。
(それでいいんだ。死ねばいいんだ、こんなクズは……!)
「死ね……死んでしまえっ! 私が……私がお前をっ! 殺してや────!」
『…………フィニッシュ! チェンジ・オーバー!』
「え……ちょ、ちょっと待ってよ! まだっ……!?」
私の身体から光が溢れるのと同時に、周囲の景色が歪んでいく。
ぐにゃり……と空間がめくれあがって、私と川上沙耶の二名は、元の……『私達の』地球へと戻っていた。
辺りには、たった今燃えたかのように火に包まれる京都の街がある。
私はそこの中心にただ一人で、立っている。
奴は気絶したまま地面に倒れ、時折ピクピクと痙攣していた。
その姿を見て、私は急に自分が恐ろしくなってきた。
「あ……あ……」
私は、さっきまで一体何をしていた?
人を、人をあんなに簡単に殺そうとした……。
この人は悪い人で、志保さんを傷つけて、沢山人を殺した奴で。
それを殺す……私が……殺す……?
『いやぁっ! おばさん! やめてよっやだよぉ! だめ……死なないでよぉ────』
「うっ……! おえ……」
嗚咽が、口から洩れる。
胸やけがする。吐きそうだ。
私が、吐き気をこらえようと口元に手を当てた時。
上空からジェット機の飛ぶような、駆動音が鳴り響いた。
「な、なに……!?」
上を見上げると黒い影がこちらに真っ直ぐ向かって来ている。
大きな魔力を感じる。本能が飛来したそれを『敵だ』、と告げていた。
それは、機械だった。見た目はマシーナに酷似している。
大きさは2メートルか3メートル位で、流線型の黒いメタルボディ。所々赤くカラーリングが施されていた。
そいつはバーニアを吹かして着地の衝撃を和らげつつ私の目の前に降り立つ。
一つ目が赤く点灯しぎょろりと動いて、こちらを捉えた。
私は咄嗟に剣を構え、戦闘態勢を取った。
「……?」
しかし、そいつはこちらを一瞥しただけで攻撃を仕掛けてこようとはしない。
倒れ伏した川上沙耶の傍に近づくと、その身体を担ぎ上げる。
『信じていたのに……』
「え?」
不意に、その機械から声が聞こえた。
見た目とは裏腹に、可愛らしい女の子の声だった。
でも声色は、とても冷たく感じた。
『もしかしたら貴方ならって……信じていたのに』
「ちょ、ちょっと待って! 一体何の────!?」
それ以上は会話にならなかった。
そいつはそれだけ告げると、再び背中のスラスターを点火して、空の彼方に消えていった。




