八章 負けたくない!
「はあ……うぅ……! はあ……!」
熱い。呼吸が困難になる程、空気が熱を孕んでいる。
既に京都の市街は焼け爛れ、溶けたビルやアスファルトが、地面にドロドロと流れている。
何人の人間が、今の一撃の巻き添えになって死んだのだろう?
最早、それを気にする余裕さえ私にはなかった。
「……つまらねえ」
私の目の前に座ったその女は、吐き捨てる様に呟いた。
「憶えてない訳だぜ……弱すぎる。食ったのを後悔するレベルだ」
(くそッ……!)
悔しさに歯を噛み締める。
私が奴に与えられたダメージは……ゼロ。
かすり傷一つ付けられていない。
『出力低下70%。危険。直ちに脱出せよ』
「ッ! ファイナル・フリーザー!」
『Change weapons. "Final-Freezer"』
「お?」
「うあああああああっ!」
決死の覚悟で放った、文字通り最後の攻撃。
これで刺し違えるなら、本望。
例え奴が生きていたとしても、傷の一つも付けなければ、あの世で先輩に合わす顔が無い!
私の全力を出し切る!
以前、モンスターに放った時は瞬時に氷像に変えた、冷凍レーザー光線。
それが、確かに奴に当たった。
瞬間、水蒸気が煙となって周囲を包む。
私は残った魔力を拳に込めて、煙の中に突っ込んだ。
煙の向こう、ぼんやりと奴の影が映る。
私はそこに右ストレートを叩きこむ。
「砕け散────」
ボキ!
……と、鈍い音がした。
ぶらんと、ありえない方向にぶら下がる腕を見て、ああ折れたんだな、と理解する。
「その技……思い出したぜ。確かに一年前、似た様な奴と戦ったよ」
何が起きたのか、全く分からない。
分からないうちに、私は立っていられず、地面に倒れ込んだ。
立ち上がろうとしたが、それは無理だとすぐに悟った。
右足の膝から下が、無くなっていたからだ。
「────ッ!?」
意識した瞬間、想像を絶する痛みが襲い掛かる。
どぽ……どぽ……と真っ赤な血が切断面から溢れ、地面を汚していく。
痛みと、その血の赤さが、改めて『足を無くしたのだ』という現実を、脳に分からせていく。
「その技、マジでやめて欲しいぜ……だってよぉ」
煙が晴れた私が見たのは、相も変わらず邪悪に笑う奴の姿だった。
「無性に……アイス食いたくなっちまうんだよなあ! ギャハハハハハっ!」
(悔しいっ……!)
「あの後もアイス食ったっけ……今でも憶えてるぜ、新発売のストロベリーソーダ味とかってヤツだ。これがもう滅茶苦茶に不味かった! ゲロみたいな味でよお……最悪だったぜ。開発者の奴ぶっ殺してやろうかと思ったくらいだ」
(悔しいっ!)
「思い出したら腹が立ってきた……あの時あいつがあんな技使わなきゃ、あんなもん食わずにすんだんだ。殺してやろうか……ってああ、もう死んでんだっけ?」
「負けたくないっ……! こんな奴に……負けたくないよ……!」
「まあ、お前が知り合いってなら丁度いいや。お前でちょっと、憂さ晴らしさせて貰うか」
「!? 何を……?」
奴が右手に炎を纏めると、私の右足の切断面に、ゆっくりと近づける。
「ああああああああっ!?」
熱い熱い熱い!
肉が焼ける痛みに、思わず叫ぶ。
一分もしないうちに、傷は焼けきり、流れていた血も止まった。
「止血完了っと……とりあえず今死なれちゃ困るからな」
「何を……するつもり……」
「言ったろ? 『憂さ晴らし』だよ。簡単に死んだらつまらないだろ? そうだなまずは……残りの手足も取っちまうか! 今のままじゃバランス悪いしなぁ?」
「……………………」
「……? おっと!」
「ぐ!?」
口に指先を捻じ込まれ、舌を掴まれる。
「お前今、舌を噛んで死のうとしたな? 危ねえ危ねえ……」
(私は……死ぬ事さえ許されないのか……!)
「計画変更だ。舌噛む前に……歯を全部抜いちまおう」
「うあっ!? あ、あう……」
言うが早いが前歯を二本、私から抜き取った。
「動くなよ……綺麗に抜いてやるからさ」
「う……うぅ……うあっ! あ!」
歯が一本抜ける度、激痛が走って顔が歪んだ。
「あううー……うー……!」
「ははは! 何言ってっか分かんねえよ!」
「うう……」
情けない。ひたすらに、情けなかった。
目の奥から溢れる涙で、前が見えない。
別に傷が痛いんじゃない。
歯が無くなったのが、辛いんじゃない。
先輩の仇を前にして、泣く事しか出来ない自分が憎い。
力の無い自分が憎い……!
(先輩……ごめんなさい……貴方の仇討てません……! 弱い私を許して……!)
私はただただ、心の中で謝っていた。
崩壊した街中に響く奴の下卑た笑いが、耳鳴りの様に聞こえていた。
第九話 おしまい。
展開が重たいので次話終了までノンストップで毎日一話ずつ投稿します。
……多分。




