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ギルドライバー“ハヅキ”  作者: 今井亜美
第九話 黒いパスポート
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六章 志保の思い出


 三年前、私は刑事だった。

 所属は警視庁捜査第一課。


 金倉楓<カネクラカエデ>は、その時からの先輩で年は三つか四つ上だったと思う。

 髪は短く、茶色に染めていた。

 服装のセンスは壊滅的だった。休日はジャージで過ごし、そのままコンビニに行くような人だ。


 とにかく強情な人だった。意地っ張りで、私の言う事なんて聞かず一人でどんどん先に突っ走る。


 仕事終わりには、よく飲み屋に連れてかれた。

 泣き上戸で、いっつも先に潰れて私が背負って帰らなきゃいけなくなった。


 デリカシーに欠けていて、箸が転べば笑うし、唐揚げにレモンをかけたとか小さな事ですぐ怒るし、感情豊かと言えば聞こえがいいが、とにかく滅茶苦茶な人だった。

 なのに仕事は的確で実績も多くて優秀で……私の恩師で、憧れの人だった。


 一年前、久しぶりに先輩から連絡が入った。

 成績優秀な先輩は少し前に公安部にスカウトされ異動されたのだ。

 それっきり今まで何にも音沙汰無しだったのに、いきなり連絡を入れてきて『飲みに行くぞ!』と、メッセージはそれだけ。


 ついていってみれば……辿り着いたのは飲み屋でも何でもない。

 繁華街の外れにある寂れた古いビルだった。


「何ですここ?」


 という私を「いいから、いいから」と強引に引っ張って中に連れていく。

 あちこち黒くカビた薄暗く古臭い階段を降りるとエレベーターがあった。

 驚く事にまだまともに機能している。

 それに誰も使っていないせいか、想像よりも遥かに清潔そうだ。

 

 エレベーターに乗ると先輩は迷わず、緊急用のコールボタンを押した。

 地震発生などで閉じ込められた際に押すやつだ。


「ちょっと、何やって──!」


 抗議の声を上げる私を手で制する。

 すぐにオペレーターの人と繋がった。

 

「地下二十一階に行きたいんだが」


 と先輩は告げる。

 オペレーターの人は困惑しながら、「すみません、仰っている意味が分かりかねます」と返答する。


「す、すみません! この人ちょっとおかしいんです! ほら先輩行きますよ」


 私はオペレーターに謝ってエレベーターを出ようとした。

 だが、先輩はそこを動こうとせず、上着のポケットから何かカードを取り出して階数ボタンの近くにあった黒いパネルにそれをかざす。


 ピピッ! と電子音が狭い空間に響いた。


「セキュリティカード確認。生体認証との照合、クリア。地下二十一階への移動を許可します」 


 先程まで困惑していたオペレーターは一転して、丁寧な口調でそう言った。

 同時に、エレベーターが動き出す。

 それまで暗くて全く気が付かなかったが、エレベーターはガラス張りになっていた。


 そこから映る景色に私は愕然とした。


 廃ビル? とんでもない。

 地下空間には、白く明るく美しい、SF映画で見た近未来のオフィスの様な空間が、どこまでも広がっていたのである。


「“WPF”へようこそ!」


 先輩が仰々しく両手を広げる。

 私は、開いた口が塞がらなかった。


「一体ここは、何なんです?」 

「まあ、それは追々説明するとして……まずは、だ」

「……?」


 先輩は、ニカッと歯を見せて笑った。


「お前、警察やめろ!」

「はあ!?」




☆☆☆ ☆☆☆




 地下二十一階に着いた私は、ある部屋に案内される。

 殺風景な部屋で床も壁も白く、高級そうなソファとテーブルが置いてある。

 恐らくこの施設の応接間、会議室という所だろう。


 そこで、先輩からこれまでの経緯を説明された。


 世界超常現象対策機関……“World Paranormal task Force”────通称、“WPF”。


 特定の国に属さず、あらゆる国での活動を秘密裏に認められている特殊機密組織。

 世界各地に起きる超常的な事象ごとに、各国に専門のチームが作られる。


 今回、日本で観測された『リリー・クリスタル』。

 及びそれと同一の未知なるエネルギーを持つ、謎の生命体“UMA”の調査。


 これらの目的の下、日本に特殊チームが作られた。

 その際、ある理由で若い女性が必要になったらしく、公安部所属で比較的若い年齢にあった先輩にスカウトがあった。


 ここまでは、まだいい。正直、脳がパンク寸前だったが、まだ、いい。

 問題は、この時。先輩はどういう訳か私の名前を出して先方に売り込み、


「志保が入れるなら入る。無理なら断る」


 と啖呵を切ったらしい。


 そうして、私が何にも知らないまま事は運び、今、許可が下りてこうして私を呼び出した……と。


「な、何をしてくれてるんですか!?」

「あっはっは! 悪い、悪い。でももう話しついてるから、明日にはお前、警察クビになるけどな!」


(こ、この女は……!)


 怒りを通り越して尊敬する。何という根回しの早さか。

 これで断れば明日から私は職無しになる。


「またよろしくな、志保!」

「それしか無いんでしょ……もう」


 こうして、なし崩し的に組織に入れられてしまった私は、再び先輩の下で働く事になった。

 こんな人だが、やはり仕事の腕は超一流だ。直々にスカウトが来るだけの事はある。


 先輩に対しての組織からの期待も大きい。

 現在開発中の新装備……『MOBドライブシステム』のメインドライバーに先輩は選ばれた。




 始まりは、システムの最終試験の日だった。


 朝から晩まで時間を費やして、ようやく試験が終わり、訓練室から汗だくの先輩が出てきた。

 肩で息をする先輩に、「お疲れ様です」と声を掛け、水とタオルを手渡す。

 先輩はひったくるように水を私から奪うと、そのままの勢いで飲み干して大きく息を吐いた。


「なあ志保……あたし達ってさ、多分……すぐ死ぬよな」

「何です急に……縁起でもない事言わないでくださいよ」


「お前もやりゃ分かるよ……“アレ”。着心地最悪だぜ?」

「知りませんよ。メインドライバーは、先輩でしょう」


「元はお前だっただろ? お前が断るから、あたしにお鉢が回ってきたんだ。全く何で断ったんだか……」

「だって……私には無理ですよ。頭脳も体力も、先輩よりずっと下だし……」

「お前の自信の無さも筋金入りだな……警察学校での成績は、あたしよりお前のが遥かに上。お前に足りないのは経験だけだよ」


 先輩はいつも私を買い被る。私なんかが先輩に勝てる要素は何一つないというのに。

 

「射撃はお前のが上だろ?」

「逆に言えばそれだけです。MOBドライバーには射撃武装が少なく、肉弾戦がメイン。格闘は先輩の方が得意でしょう」


 はあ……と先輩は大きく息を吐いた。

 呆れたように目を細める。


「お前、ちゃんと話聞いてたか? 敵になるモンスターって奴らはあたしたちよりデカいんだぜ? どうやって格闘しろってのさ?」

「切り札を使えばいいでしょう。『オメガ・オーバードライブ』」


「お前の事だから、ちゃんとマニュアルも読んでるんだよな? 読んでそれ言ってるんだよな?」

「副作用がどうのってヤツですか? まあ確かに辛そうですけどね……」


「辛いなんてもんじゃないぜ……あれは吐かない方が無理があるね!」

「それはご愁傷様です」


「たまんねえよなあ……情報によると本物のモンスターはアレ使ってようやく互角らしいぜ? 切り札って何なんだよ、って感じ。こりゃ戦場に出たらソッコー死ぬね」


「ハイハイソーデスカ」

「気の無い返事だなあ……もしあたしが死んだらわんわん泣いてくれよ~志保~」


「すみませんがそれはありえません」

「何を~!? ……よおおし! そこまで言うなら分かった! 賭けをしようじゃないか!」

「はあ?」


「あたしが死んだ時、志保が泣いたらあたしの勝ち! 泣かなかったら志保の勝ち! あたしが勝ったらなんでも一つ言う事聞け! 逆にそっちが勝ったら……そうだな、あたしの貯め込んだ遺産をくれてやるよ。どうせ独身だし」


「何です、それ? 大体死んでるのに、どうやって勝敗を判別するんです? どうやって私に命令するんです? そもそも競馬だのパチンコだのいっつも行って、金欠で私に金借りる癖に遺産なんて何処にあるんです?」


「あーもーそうやって細かい事いちいち言ってくんな! だから友達いないんだよ!」

「と、友達は、関係ないでしょう!?」

「とにかく約束な! マジでおぼえとけよ!」


 この時は、いつもの下らない冗談の一つだと思っていた。

 でも、そうじゃなかったのだ。

 メインドライバーである彼女は、分かってしまったのだ。

 敵と比べた時の、私達の圧倒的な弱さを。

 

 私が、この約束を思い出すのは、そう一年前のあの日……。


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