五章 女子高生“ユウシャ” VSオーク
「えーなんでなんで?」
「こんなコスプレしたからって戦えるわけないでしょうが!?」
「でも戦わないと……あの子死んじゃうんじゃない?」
妖精が何でもない様な口調で、校庭の一角を指さす。
校庭にはもう人は残っていない様に見える。
みんな、逃げてしまったんだろう。
でも妖精の指す校庭の隅、本校舎の目の前で、逃げ遅れたであろう女の子が一人声を上げていた。
私はあの長い黒髪を、よく知っていた。
「時雨!?」
なんで、時雨が!?
時雨の足なら逃げ遅れるなんて事はあり得ない。
一体何が……?
時雨は、キョロキョロと何かを探している様に見える。そして、普段からは考えられないほど大きな声で必死に何かを叫んでいる。
「何を叫んでるんだ? えっと……『は』……『づ』──」
き。
葉月。
確かにそう叫んでいる。
その瞬間気付いた。
時雨がいるあの場所。本校舎のあの場所にある部屋は……!
「保健室だ……」
時雨は、寝ているであろう私を探しにあの場所に行ったんだ。
そして私がいないから、必死になって探してるんだ。
「あの馬鹿……!」
「不味いよハヅキ! モンスターがあの子に気付いた!」
長く叫びすぎたんだろう。モンスターの気を引いてしまったらしい。
旧校舎の壁を素手でボロボロに破壊するのをやめて、じろりと時雨のほうを向いた。
「ブルアアアアアアアアアアア!!!!」
醜い雄叫びが耳をつんざく。
モンスターは緑の巨躯を震わせ、時雨に向かって走り出した。
時雨は少し遅れて、モンスターの動きに気が付いた。
必死に走り出すが、遅すぎる。人の、スピードでは。
モンスターが跳躍した。時雨を飛び越し、進路を塞ぐように、立つ。
恐怖からか、時雨はもう動けない。
モンスターが下卑た笑いを浮かべながらゆっくりと時雨に近寄っていく。
モンスターがゆっくりと右腕を振り上げる。
そして、その拳を時雨に──。
「ふ、っざけんなああああああああ!!!!!」
気が付いたら、飛び出していた。
ここ、屋上だったっけ?
でも、不思議と恐怖はなかった。
十センチの足場から飛び降りることを怖がる人がいないように。
身体が理解していたんだと思う。
とにかく、私は手すりを飛び越えて、モンスターに突っ込んだ。
「うわあああああああ!!!」
無我夢中で、右腕を前に突き出す。
何かをグーで殴るのなんて生まれて初めてじゃないかな?
思いっきり力を込めた渾身の右ストレート。
モンスターは、向かってくる私に気が付き、咄嗟に腕をクロスさせて攻撃をガードした。
「そんなガードなんかでえええ!」
無理やり腕を振りぬく。
鈍い感触がして、地面を抉りながら、モンスターが後方に吹き飛んでいく。
「はあ……はあ……やった……?」
「まだだよハヅキ! まだ生きてる!」
すっ、とモンスターが立ち上がる。どうやら大したダメージにはなっていないみたい。
「タフな奴……!」
「あいつは“オーク”だよ。オークは体力と力に秀でた種族なんだ。でも頭はあんまりよくなくて、些細な事ですぐに怒るんだよね」
た、確かになんとなくだけどかなり怒ってらっしゃる?
鼻息が荒くなってるし……さっきより筋肉が肥大しているような……。
「オークは怒ると、筋力が増すんだ。当然、攻撃力も防御力も機動力だって増大するよ」
「へー……って機動力?」
私がそう言った瞬間、オークの身体が跳ねた。
(は、早っ!)
瞬時に間合いに入られる。
高速のジャブを何とか躱す。
左足の薙ぎ払いに合わせて、懐に飛び込み、再び右ストレートで土手っ腹を思いっきりぶん殴る。
(!? 硬い!)
鉄板を殴ったような痛みが拳に走った。
さっきまでと明らかに違う。
ガードの上でもない、がら空きのボディに決まった筈なのに、吹き飛ばすどころかよろめきもしない。
「ハヅキ! 避けて!」
(や、やば!)
私が懐にいるって事は、つまりそういう事。
自分から死地に飛び込んでしまった。
巨体からくる左フックを避けきれず、ガードする。
体格差は歴然だった。
重すぎるパンチは平然と私のガードを吹き飛ばす。
そして無防備な私に向かって、今度は奴の右ストレートが──直撃した。
目の中で火花が弾けた。
私の身体は勢いよく吹き飛んで、旧校舎に突っ込んだ……んだと思う。
衝撃と、砕けるような音と。頭が真っ白になる。
一瞬確かに気を失っていた。
「ハヅキ! 大丈夫!?」
妖精の声に目が覚める。
「う、うん。大丈夫……」
気分は最悪だけどね。ちくしょう。
辺りをみると崩れたコンクリートの山の中に、廃棄された机やら椅子やらが見える。
旧校舎の中まで吹き飛んだらしい。
「ブアアアアアアアア!!!!」
すぐ近くで奴の声が聞こえる。
追撃に来たんだろう。
「素手じゃ駄目だ、あいつ硬いし……そうだ! 剣!」
私、剣を背負っていたんだった!
変身したんだって事をすっかり忘れてたよ。
これがあればあいつなんて楽勝でしょ!
早速、引き抜いてみようと柄に手をかけて引っ張る。
「……あれ?」
ぬ、抜けないぞ?
お、おかしいな。掴むところ間違ってるのかな?
剣なんて使ったことないからな?
よし、もう一回引っ張って──。
「ぬ、抜けない……!」
「うーん……やっぱりダメだったかなあ?」
「駄目って何が? 剣は使えないの!?」
「その剣は、かつて勇者様が女神より賜った伝説の剣。加護の力によって勇者様本人以外には絶対に扱えないんだ……まさかとは思ったけど、やっぱりあくまで力を受け継いでいるだけで、“勇者様本人”ではないハヅキじゃあ扱えないみたいだね」
「な、何それ!? よく分からないけど……剣使えないって、素手じゃ絶対無理でしょ!? ほ、他に武器はないの?」
「残念だけど……この世界に来る過程で勇者様の力はバラバラになってしまったんだ。今のそのパスに残された力はその剣と身体強化魔法くらいで……」
「じゃあその身体強化魔法ってのを使って!」
「もう使ってるよ」
「え?」
「変身した瞬間、使う事になってるんだ。じゃなきゃ屋上から落ちた時点で死んじゃってるよ」
「じゃあ……打つ手なしって事?」
妖精は冷徹に……笑顔のまま、頷いた。
全身から力が抜けていく。
「あ、あははは……」
何やってるんだろ私?
馬鹿だなあ……。
なんであそこで飛び込むかね?
時雨なんて捨てて逃げればよかったじゃんか。
じゃなければこんな所で死なずにすんだのになあ。
「ブルルルルル……!」
「あ」
気が付けば、すぐそこにオークが来ていた。
勝ち誇ったような笑みを浮かべながら近づいてくる。
もう、立ち上がる気力すら湧いてこなかった。
うんうん、良かったねオークくん。君の勝ちだよ。
私はここで死んじゃうんだろうな。その次は、時雨の番かな?
最後は気絶してたからまだ逃げれてないよね。うん。
…………死ぬ。死ぬかあ。やりたい事いっぱいあったんだけどな。
私でさえそうなんだもん。多趣味の時雨は多分、もっといっぱいあったよね。
でもさ、死んだら何も出来ないんだよね。
……それは、流石にかわいそうかなって思うよ。
私は、別にどうでもいいんだけどさ。
あいつが──。
「あいつが、悲しむから──」
目の前で、腕を振り上げるオークを睨みつける。
私は、夢中で、剣の柄を握りしめた。
「だから──…………力を貸せええええええええ勇者あああああああああああああああ!!!!!!!」
力いっぱい剣を引き抜く。
何でだろう? 身体の内側から力が沸き上がってくるのを確かに感じたんだ。
胸にあるジョブ・パスポートが熱い程輝いている。
光と共に、剣が……私の手の中にあった。
「ユウシャのジョブパスが光る……? ボクの知識にない能力の発現……?」
「うおおおおおおおおお!!!!」
何も考えてなかったよ、その時は。
ただ、剣を振った。
振り方なんて知らないよ。握るのも初めてだし。
でも、振った。
不思議だね。身体が、勝手に動いたんだ。
目の前に敵の拳が迫ってきているのは分かってた。
でも怖くなかったんだ。
多分、知ってたんだと思う。
負けるはずが──ないって。
「ブル……ア……?」
横薙ぎの一閃が拳ごと、オークの身体を真っ二つに切り裂いた。
あんなに硬かったのに、抵抗は一切感じなかった。
オークの身体は大地に崩れ、そして灰になって消えてしまった。
「はあ……はあ……か、勝った……?」
「凄いよハヅキ! やっぱりハヅキは“ユウシャ”様だったんだ!」
「あはは……いいね、ユウシャ様って響き……悪くない、かも」
流石に疲れた。
この後の授業は爆睡コースだね絶対。
……いや、授業無くなるか、こんな事件あったら。
とりあえず、私は眠い……や……。
ゆっくりと瞼を閉じる。
うん駄目だねこれ。多分三時間くらい起きれないやつだ……。
第一話 おしまい。




