表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ギルドライバー“ハヅキ”  作者: 今井亜美
第八話 名探偵“ゆみみ” ~浴衣と花火とモンスター~
67/162

十章 弓は心を映すから


☆☆☆ ☆☆☆




「弓は心を映すから」


 静かな気持ちで構えなさい、と子供の頃、私に弓道を教えてくれた先生は仰った。

 静かに矢をつがえなさい。

 静かに弓を引き分けなさい。

 

 そして、静かに的を射抜きなさい、と。


 弓道には正射必中、という言葉がある。

 正しく弓を扱えば外れる事は無い、という意味だ。

 これが弓道の極意であると、先生は仰った。


 当時の私はまだ子供だったから。先生の前では頷きながらも心の中ではずっと『そんな精神的な事よりも、もっと的にあたる現実的なやり方を教えてくださいよ』と思っていた。


 だから高校に上がって、弓道部に入って……ある女に出会って、私は驚いた。


 その女は今まで、弓道どころか、弓に触った事すら無かったらしい。

 たった一年間だ。私が入部した時には、もう、その女は誰よりも上手かった。


 ……私よりも。

 

 恥を忍んで、その女にコツを教わった。

 そしてその言葉に、私は心底驚いた。


「弓は心を映すから」


 静かな気持ちで射るんだよ、と穏やかな笑みを浮かべて、その女は言ったのだ。




☆☆☆ ☆☆☆




『スキャン完了! 変身<ジョブチェンジ>! “レンジャー”!』


「お……おお!?」


 カードをワークベンダーにかざした途端、いきなり服が変わった。

 私が着ていた浴衣はどこかへ消え去って、私は見慣れない服を…………服?


「ふ、服じゃ……ない!?」


 その時、ようやく気が付いた。私が浴衣の代わりに身に付けていたのは、服ではない。


 ……ただの葉っぱである。

 

 胸の周りをぐるっと囲う様に編み込まれた黄緑色の葉っぱの服。

 勿論、布面積(布じゃないけど)は最低限しか存在しない。

 恥部だけ隠されて、後は丸出しの有様である。

 

 幸い、下半身は迷彩柄のショートパンツを履いていた。

 よかった、こっちまで露出していたらただの痴女になるところ────。


「いや、全然よくない! な、なんでこんな恥ずかしい格好に……!?」


 てっきり凛音さんみたいに分厚いコート姿になるのかと思ってた。

 今は夏だから、暑くてやだなあとか思ってた。

 だけど全然そんな事は無かった。物凄い涼しかった。悲しい位涼しかった。

 この恰好を考えたのはあの女神何だろうか? だとしたら次会ったら、マジで憶えとけよアイツ。


「はあ、前途多難って感じだな……ん?」


 その時、空に何かが飛んでいるのが見えた。

 飛行機ではない。明らかに形が違っている。


 よく目を凝らしてみる。

 

 この距離だ。それも花火が上がっているとはいえ、真夜中の事。

 普通の人間ならまず気付かなかっただろう。

 だが不思議な事に、今の私の目にはよく見える。

 

(……何だあれ?)


 よく見えた結果、私は混乱した。あんな生物は今までで見た事がない。

 例えるなら、羽の生えたライオン……? でも、顔は鳥に近いか。

 まともな生物ではない。ともすれば、あれがみんなが戦っている敵なのだろう。

 もしかして、テレビで言っていた『UMA』とかいう奴なのだろうか。


 私は少しづつだが、自分の力を理解し始めていた。

 長距離を視認できる視力。そして、暗闇を見通す暗視。

 この“目の良さ”が私に与えられた力。

 

「おあつらえ向きな能力じゃないですか……!」 


 思わず、笑みが零れる。

 常人離れした力を手にしたからか、全身が万能感に満ち溢れている。

 左手を前に突き出す。この目の良さを生かすには……『私』には。あの“武器”が必要だ。


「……イメージ────」

 

 目を瞑り、その“武器”を、今握っているとイメージする。

 自分でも驚く程に、集中しているのが分かる。

 

「先ずは、足踏み……それから……」


 何度も何度も、繰り返してきた、『正しい』射法。

 三か月のブランクがあれど、私の身体に染みついている。


 私はゆっくりと目を開けた。

 肩越しに的を見据える。

 そしてスッと両手を同じ高さに、持ち上げる。


(風が……!)


 手の平に集まっていく。

 集いし風は弧を描き、ピンっと張った弦となり、一本の矢を作り出し、両手にそれを現出させ、私はその“弓”をゆっくりと引き分けていく。


「……ッ!」


 気合を込めて、矢を放つ。

 外すつもりは無い。というよりも、外す気がしなかった。

 その矢は、離れ鋭く空中を飛び、標的を真っすぐに捉え、頭を貫いた。

 

「よし……!」


 遠くで、怪物の死体が空中で消えていくのが見えた。

 成程、死体が残らないから、今も正体が分かってないのか。

 まあ、とは言っても、だ。

 

「ふっふっふ……中々どうして戦えるじゃないか、私……!」


 思わず笑みがこぼれてしまう。

 手の中にある黄色く塗られた“風の弓”。

 これと私の能力であるこの“目”さえあれば、どんな敵だろうと負ける気がしない。


(戦いは『距離』ですからね……これはきっと最強の能力ですよ……!)


 菫さんや時雨先輩が見たらどんな顔をするだろうか。

 今から楽しみだ。


「さて……他に敵はいるのかなっと……」


 鼻歌交じりに貰った腕時計を確認する。

 改めて見ると、結構派手なデザインだ。

 黄色と黒によるモノクロチェックが中々お洒落な一品である。


 よく分からないが直感に従って操作してみる。

 すると、一番最初に見たマップが表示された。

 

 マップには近辺の地形と、恐らく自分を表すであろう黄色い点。それから敵を示す赤い点が確認できた。

 赤い点は海岸付近に集中している……が、一点だけ、離れた位置にあった。

 その場所は……私のすぐそばだった。


「でも敵なんてどこにも……? まさか」


 予感めいたものを感じて、私は顔を空に向ける。

 

 ────いた。


 私の遥か上空、雲に近い位置に、鳥が飛んでいる。

 鳥はどうやら既に何かと戦っている様で、激しく上下左右に動き回っている。

 鳥の周りでは、誰かが同じ様に長い黒髪をふり乱し激しく飛び回っていた。


(あれは……ひょっとして、時雨先輩?)


 これはチャンスだ、と私は思った。

 私の実力を先輩にみせつける格好のチャンスだと。


(ふひひ……先輩め。自分の戦ってる相手がいきなりやられたらきっと度肝抜きますよ……!)


 怪しげな笑いを浮かべながら、再び弓を構える。

 大丈夫、この目と弓がある限り外しはしない。


「ほいっ! と……」

 

 はい、おしまい。

 天下のUMA様もあっけないものだ。

 私の放った矢は危なげなく敵の方にまっすぐ飛んでいく。


(ふふん! これで二体目。ちょろいもんで────)


 思考は、そこで止まった。


「────え?」


 目がいい、という事は。

 必ずしも良い事ではない、という事を知った。


 だって見たくもない光景が。

 はっきりと見えてしまったから。

 この目にしっかりと焼き付けてしまったから。

 

 矢が敵を射抜く直前。

 急速に動いた時雨先輩が、敵に近づいていく。

 その位置は、私と敵の間。つまり……矢の軌道上だった。


 世界が、止まった気がした。


 私の放った矢が、先輩を刺し貫いている。

 先輩は驚きを隠せないといった表情で動きを止め、赤い雫をまき散らしながら、林の方に落下していった。


「……先輩っ!」


 落下した先輩を追って、林に入る。

 冷たい木の枝が肌を引っ掻く。

 虫があちこちに飛んでいる。

  

 そうもしないうちに、先輩を見つけた。

 周囲の木々がクッションになったのか、折れた枝が地面に散らばっている。

 先輩はその枝の中心で、血だまりの中に倒れ伏していた。


「ああ、嘘……先輩! 時雨先輩っ!」


 急いで傍に駆け寄る。

 先輩の身体からはまだ温かい血が、とめどなく流れだしていた。


「う……み……はる……? どうして……?」

「ごめんなさい、ごめんなさい! 私が悪いんです! 私が……私がやったんです! 先輩にいい所を見せたかっただけなんです! なのに何でこんな……」


「…………美春」

「先輩、お願い死なないで……! もう生意気言いませんから……言う事も聞きますから、だから死なないで……しんじゃいやあ……!」


「美春……ちょっと、大袈裟すぎ……かな」

「え……?」


「確かに出血は酷いけれど……刺さったのは肩だから……これくらいなら、すぐ治る……よ」


 そう言って、先輩は微笑む。

 額に脂汗を滲ませ、息も絶え絶えに、でも犯人である私に対して恨み言の一つも言わず、先輩は気丈に微笑むのだ。


(先輩……何でそんなに貴方は……!)


 上空から、奇妙な鳥の大きな鳴き声が、地上に響き渡る。

 それを聞いた先輩は、痛みに顔を歪めながら身体を起こした。


「行か……なきゃ……っ!」

「む、無理ですよ! そんな傷じゃ……!」


 先輩の左肩には、まだ矢が刺さったままだ。

 痛々しい程に真っ赤に染まっている。


 先輩は腕を上げようとして、顔をしかめる。

 そして、辛そうに首を振った。


「…………確かに、美春の言う通り、かも」

「ごめん……なさい……」


「だから……美春。貴方は泣き止まないと、駄目」

「え……?」


「私が、戦えないなら……貴方が、あいつを倒さないと。その為には、泣いてちゃ駄目だよ。泣いていたら敵が見えないでしょう?」

「わ、私……私には無理……で……」


「出来るよ。美春なら……きっと出来る。私は知ってるよ、美春の実力。大丈夫、私もついているから……だから、もう泣き止んで」


(あ……)


 先輩の右手が、私の涙を拭った。

 その手は、大きく、とても温かかった。


「最後の指導です、美春。弓を構えなさい」

「……はい」


 空を見上げると折れた枝の間から、奴の姿が見えた。

 獲物を品定めしているのか、上空を旋回している。


 私は震える腕で、弓を引き分ける。

 正面にある弓道の的と違って、敵は上にいる。

 上に射る練習なんてしてこなかったから、正しい姿勢がどうなっているのか、全く分からない。


(それでもやるしかない……!)


 直感で姿勢を決める。

 大丈夫、出来る……!

 敵の動きを予測して、その位置に矢を放つ。それだけだ。

 さっきと同じじゃないか。私が、私がやるんだ……!


「ストップ! 美春、一度弓を下ろしなさい」


 今まで聞いた事が無い程鋭い先輩の言葉に、私は我に返って弓を下ろす。


「肩に力が入りすぎ。前にも言ったでしょう。『弓は────』」

「『────心を映すから』……?」


 私の言葉に、先輩が頷く。

 そして、黙って私の手を取った。


「せ、せんぱい……?」

「十秒あげる。深呼吸して」

「は、はい」

 

 言われるがままに、深呼吸をする。

 吸って……吐いて……吸って……吐いて……。

 その間、先輩はずっと私の手を握っていた。


 長かったような、あっという間だったような、私には分からないけれど多分先輩の事だから、ぴったり十秒が経ってから声をかけてきた。


「何が聞こえる?」


 耳を澄まして……聞こえてくるのは打ちあがる花火の音と私達の息遣いと心臓の鼓動と────。


「森の……声が……」


 私の答えに、先輩はにっこり微笑んで手を離した。

 私は静かに弓を構える。

 

(弓は心を────)


 その言葉の意味が、少しだけ分かった気がした。

 

(…………!)


 静かに気を込め、天に矢を放つ。するすると昇った矢は、吸い込まれる様に怪鳥の右翼に突き刺さった。


「まだっ! もう一度!」

「……はいっ!」


 怪鳥が唸りを上げて吼える。こちらに気付いたのか、怒りを剥き出しで迫ってくる。

 再び弓を構え、第二射を浴びせる。今度は顔、目を射抜いた。


 怪鳥は、痛みに耐えかね、くるりと反転し、逃げ出した。

 私と時雨先輩は奴を追って、林を抜け、あの丘へと走った。

 丘の向こう、フラフラと飛行する奴の姿がある。

 

「……逃がさないっ!」

 

 三度目の射撃が、左翼の付け根に当たった。

 怪鳥は遂にバランスを崩し、地面に落ちていく。


「いけないっ! あの下は────!」


 時雨先輩が叫ぶ。

 怪鳥の巨体は、力無く落下していく。

 その場所……花火会場に向かって。


 私は四度目の、弓を構える。


(あいつらは完全に倒せば消える……なら────!)


 迷う事は、何もない。


 私が矢を放つと同時に、一際大きな花火が上がった。

 落ちる鳥が、丸い花火の中心と重なる。

 

(的に似てる)


 ぼんやりと、そう思った。




 花火が止んで、辺りが静寂に包まれる。


「皆中、だね」


 先輩がこちらを見て微笑む。

 私はピースサインと満面の笑みで、それに答えた。




 第八話 おしまい。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ