八章 女子高生、そして誰もいなくなった
「杠、そろそろ花火の時間じゃないのか?」
白銀先輩が葉月先輩に呼び掛ける。先輩が腕時計で時間を確認して、「そうだね」と頷いた。
「じゃあ、合流したばっかりだけどみんなで行こ────」
そこまで言った瞬間、葉月先輩の肩がビクッと跳ねた。
いや、葉月先輩だけではない。
時雨先輩と菫さん、後余り表情には出ていないけれど凛音さんも。
同じような反応を見せ、腕時計を凝視しだした。
(そんなに時間が気になるのかな……?)
釣られて私もスマホで時間を確認する。
確かに花火の時間は近いが、まだまだ猶予があり、そこまで気にしなくてもいい時間の様に思えるが……。
「どうした? その反応……まさか、またモん────むぐ!?」
白銀先輩が喋っている途中で、急に時雨先輩が口を塞いだ。
そしてぼそぼそと耳元で何かを囁く。内容は小さくてよく聞こえなかったが、白銀先輩は理解したようで、「すまない、彼女も知ってるのかと……」とよく分からない謝罪をした。
「一体、どうしたんすか? また『モ』……何とかって」
私がそう尋ねると同時に場の空気が何とも奇妙な凍り付きを見せた。
全員からの視線が私に集まる。
(……?)
一体何だと言うのだろう? そんなにおかしな質問をしただろうか?
「えっと……『モ』……」
「モ?」
「『モ』……『モ』……あ! そ、そう、『漏らしそう』だったの!」
「……は?」
「ち、丁度トイレに行きたいなー、って思ってたの! 実は今日遅れたのも私がトイレに行ってたからで……、恥ずかしくて隠そうと思っていたのだけれど……ごめんなさい!」
よっぽど恥ずかしいのだろうか。
時雨先輩は耳まで真っ赤にしながらそう言った。
何だか意外である。この人に恥ずかしいなんて感情があった事にも驚いたが、それがたかがトイレとは。
(この人に、こんな乙女チックな一面があるなんてなあ)
弱点をみつけたみたいで、ちょっとだけ嬉しくなる。
「じ、じゃあ私行ってくるから────」
「────あ、ちょっと待って下さい先輩。私も行きまっす!」
「ぅえっ!? み、美春も!?」
……なんだ、今のかつて聞いた事が無い様なリアクションは?
「ど、どうして……?」
「はあ? どうしてって……私もトイレ行きたいからっすけど。あ、心配しなくても先輩が先でいいっすよ?」
「う、うん……ありがと……でも……」
ちらり、と時雨先輩は葉月先輩の方を見る。
葉月先輩は、にっこりと笑った。
「行ってきなよ、時雨! 私達ならへーき!」
「そーですよ先輩! 心配いりませんって! ね、凛音?」
「…………仕方ない」
「安心しろ黒森。私も微力ながら力になろう」
「みんな……ごめんね。それと……ありがとう!」
…………………大袈裟じゃね?
え? 何これ? トイレに行くだけだよね?
なんでこんな大事な戦いの前にやむを得ない事情で離脱する仲間見送るみたいな感じになってんの?
「じゃあ、行こっか? 美春」
にっこにこの顔で『美春』って呼んでくるんですけどこの人。
貴方、ついさっきまで『トイレ我慢してるの恥ずかしいの~』って顔真っ赤にしてましたよね?
もう既に放出した後みたいに爽やかですけど? 数分前のうぶな貴方はどこに行ったんすか?
「どうしたの? トイレ行かないの?」
「……行きます」
皆の不自然な反応はよく分からないけど……とりあえず、今はこの尿意をどうにかするのが先決だ。
☆☆☆ ☆☆☆
この手の行事ではよくある事だが……トイレは大変混みあっていた。
私と先輩は結構な長蛇の列に並び、かなりの時間を待たされた。
不思議な事に、徐々に限界が近づいてきて汗だくになっていく私とは裏腹に、先輩はいつまで経っても涼しい顔をしていた。
最終的には私の方が先に使わせて貰ったくらいだ。
因みに先輩がトイレを済ませて出て来るスピードは恐ろしい程早かった。
ジャスト一分と言った所か。計ったかのようにピッタリの時間に出てきた。
(不自然だ)
不自然すぎる位に不自然である。
だが……正直、ここまでなら。
ここまでなら、私もこれ以上追及する事は無かっただろう。
決定的に、『おかしい』出来事が……この後起こったのだ。
私と先輩がトイレを済ませると、もう花火までの猶予は無かった。
菫さんから、場所は確保したよ! とスマホに連絡が入っていたので、そこに向かう。
いわゆる穴場、というヤツだろう。花火が行われるのは少し南に行った川原だが、私達が向かうのはそこと逆……北に逸れた林そばの丘である。
南に面したこの丘ならば花火がよく見えるだろう。
先輩と二人。暫く、夜道を歩いた。お祭り会場から外れると、途端に辺りが、しいん、と夜の空気に包まれる。
草陰で虫が鳴いている。
風が、静かに私達の髪を撫でた。
私達は、他愛ない話を繰り返していた。
内容はいつも聞かされる話と大して変わりはしない。
それなのに、不思議と先輩の話を聞くのが随分と久しぶりの事の様に感じていた。
十分か、十五分か。本当はもっと長かったかもしれないし、短かったかも。
分からないけど、気が付いたら目的の場所についていて、いち早く私達を見つけた菫さんが大きくこちらに手を振っているのが見えた。
「お待たせ。間に合ったみたいでよかった」
「ぎりっぎりですよ! もう花火始まっちゃいますよ!」
菫さんが、ぷくーっと頬を膨らませて怒る。
でも次の瞬間には弾ける様な笑顔を浮かべて、
「後、十秒ですよ! みんなでカウントダウンしましょう!」
と提案する。その言葉に葉月先輩が「いいね!」とすぐ反応して、
「じゅーう! きゅーう!」
と二人仲良く数え始めた。
「はーち! なーな! ほらゆみみも!」
「ええ……私もですか?」
全く、仕方ない人だ。
しょうがない……ここはノってあげますか!
「ごー! よーん! さーん! に──」
に。
二を数えたのは、私だけだった。
「菫さん……?」
遠くから、どーん、どーんと花火の音が聞こえる。
赤や、緑の光に辺りが照らされた。
こんなに大きな花火に包まれているのに。
私達の誰も、空を見てはいなかった。
菫さんたちは腕時計に釘付けになっている。
何か、強迫観念に駆られているかのように血走った目で、彼女らはそれを眺め続けている。
それは、とても不気味で、異様な光景だった。
「美春……ごめん」
最初に時雨先輩がそう言って、この場から走り去っていった。
「わ、私も!」
「ごめんゆみみ!」
それに続くように、みんな……みんな消えていく。
私は……ひとりだった。
ひとりぼっちで見上げる花火は、とても綺麗だけどとてもつまらなかった。
「知りたい?」
いや……ひとりではなかった。
気付けば、凛音さんが私の横で、一緒に花火を見ていた。
「例え大きな危険を伴うとしても……知りたいって思う?」
「凛音さんは……何か知っているんですか?」
凛音さんは何も答えない。
黙って私に一枚のカードを差し出した。
「……?」
差し出されるままに、それを受け取る。
カードは、全体的に白を基調としていて、黄色い色のラインが走っている。
中央に小さく『レンジャー』と文字が記載されていた。
「貴方に資格があるのなら……ついてくればいいよ」
「あ、ちょっと!?」




