五章 浅い眠りの中、葉月の見た悪夢
いない。いない、いない。
いないいないいないいないいない。
いない、何処にも。
「時雨っ! どこっ!」
返事は返ってこない。
当たり前だ。だって時雨は、この世界にいないんだから────。
「──嘘だッ!」
いる筈だ。時雨は、時雨はきっと私に会いに来る筈だ!
森を探した。いない。
砂漠を探した。いない。
火山を探した。いない。
海を探した。いない。
国を探した。いない。
城を探した。いない……。
「時雨、返事をしてよ! お願い!」
「……こんにちわ」
叫び続ける私の背後から、懐かしい声が確かに聞こえた。
聞き間違える訳もない。私がずっと聞きたかった、あの大好きな声なんだ。
ようやく……ようやく会えたんだ!
嬉しくて、嬉しくて、泣きそうになるのをこらえながら、振り返る。
時雨は、こちらを見て微笑んでいた。
「私は『───』。貴方は、誰ですか?」
その瞬間の絶望を、なんと表現すればよいのだろう。
全身から力が抜け落ちて立っていられず、地面に膝をつく。
自分にも判別不可能な呪詛の言葉が奥底から湧いて出て、口をついて外に飛び出していく。
私の意思とは関係なく目からは大粒の涙がいくつも、いくつも零れ落ちた。
時雨は困惑した表情で、いきなり泣き出した私をただただ不思議そうに眺めていた。
なんで。なんで、こんな瞬間を……『また』私に見せるんだ。
分かっている。これは夢だ。ただの夢。
全て理解している。
だからって、余りにも酷すぎると思わない?
(ねえ、女神さん?)
さて……このことを、私は憶えているわけにはいかない。
一刻も早く目覚めなければ。
そして、全てを忘れないといけない。
でなければ、私の心は壊れてしまう。
私の名前も、あいつの名前も、───が───であることも。
だって私は──。
「“ユウシャ”アラカドナン」
────────。
────。
──。




