四章 女子高生、精神病で授業をサボる
…… 次の日 ……
「ねーハヅキ! ボクを無視しないでよー!」
「はあ……」
何で私は普通に学校の椅子に座っているんだろうね?
朝、お母さんに精神病だから学校休みたいって言ったら、鼻で笑われてしまった。
ずっと幻聴が聞こえてるって言ってもまともにとりあってくれないし。
「ねえってばー!」
「ああ……まだ聞こえる。絶対やばい病気だこれ……」
「なら病院に行こう。今すぐ」
「わあああ!?」
突然、ポン、と肩に手を置かれて私は飛び上がった。
後ろを見ると、見慣れた長い黒髪。
「お願いだから、音もなく忍び寄らないでよ時雨……」
「ごめん。でもそれよりも病気ってどういう事? 確かに今日の葉月は何か様子がおかしいし……もし本当に具合が悪いなら今すぐにでも病院に行って検査を受けないと駄目。何かがあってからじゃ遅いよ。動けないなら救急車を呼ぶから学校は早退して────」
ヤバい! 始まる……時雨の“過保護モード”が!
一度スイッチが入ったが最後。先生だろうと時雨は止められない。
とにかく時雨には隠さないと!
「な、何でもないよ! 葉月ちゃん超、元気! もう元気すぎて困るくらいだよね! こんなに元気だと逆に病気になっちゃうかもー! ……なんて、あはははは……」
「………………」
な、何故何も言わない親友よ?
私の完璧な演技に魅了されたか?
ちょっと不安になるんですけど……。
「葉月」
「な、なんだい? 時雨くん?」
「ごめんなさい……気付いて、あげられなかった……ごめん……」
そ、その目から大量に零れる涙はなんですか!?
「貴方が……躁鬱病だったなんて……」
そ、躁鬱病ですとおおおおおおお!?
「思い当たる節はあったの。いつも私と違って異様にテンションが高いなとは感じてたんだ……。それは、躁鬱病の、所謂、躁状態だったからなんて……全然気づけなかった。ごめんね……ごめんなさい……!」
「やめて!? 私のテンションが高いのはただのデフォルトだから重い感じにするのやめて!?」
駄目だ、全然聞いてくれそうにない。
……というか段々私も不安になってきた。
これ私マジで鬱病だったんじゃね……?
私が躁鬱病だったとしたらこの幻覚幻聴も説明つくんじゃね……?
今まで、時雨のテンション低いな、って思ってたのは、私がおかしかったからじゃねコレ……?
「ねーハヅキ? 周りの子みんな、“たいいく”って言いながら出てっちゃったよ? ハヅキ達は行かなくていいの?」
私が自分の事を信じられず頭を抱えていると、またもや幻聴が聞こえる。
「……へ? たいいく?」
…………あ。ああああああ!!! つ、次の時間体育じゃんか!? 今気づいたけどもう教室私と時雨以外誰もいないぞ!?
「し、時雨? とりあえず話は後ね。私達急いで着替えないと次の授業遅れ────」
「……葉月。無理しなくてもいいんだよ」
「────ちゃうから……って、え?」
「いつも言ってたよね。『運動は余り好きじゃないから体育はめんどくさくてイヤ』って。あれも私は冗談だと思ってたけど、葉月なりのSOSだったんだね。もう大丈夫。先生には上手くごまかしておくから、葉月は保健室で休んでて。ね?」
うわあ……めっちゃ優しく微笑みますやんこの人……。
私が時雨の天使の様な笑顔に思わず絶句していると、突然目の前がぐらりと揺れた。
「うわわ、わ、わ」
視界がぐるりと回り、天地が逆さになる。
前には天井と、すぐそばに時雨の顔……時雨の顔?
そこでようやく私は、自分がどういう状態でいるのかに気が付く。
私は、お姫様抱っこされたのだ。時雨に。
「しし、時雨さん!? な、な、なにを」
「大丈夫だよ。全部私に任せてくれればいい。私が保健室まで連れてくから。もう頑張らなくていいんだよ葉月」
「分かったから! もう病気でいいから! 保健室も行くから、だからこれはやめて! こんな所誰かに見られたらもうお嫁にいけないからやめて!」
「無理に結婚する必要ないよ。私が養うから、将来の心配はしなくていい」
「私のお母さんかな!? 君は!?」
むしろ王子様かな? お姫様抱っこするくらいだし。あはは。
……うん。あきらめの境地ってやつだね。これだから時雨には知られたくなかったのに……はあ。
…… 十分後 ……
「結局、授業サボってしまった……。いいのかなあ」
屋上の落下防止用の手すりに寄りかかって、一人寂しくお日様に向かってため息を吐く私。
中々絵になる光景かもしれない……なんて、普段なら盛り上がってる所だけれど、今はとてもそんな気分にはなれなかった。
「ハヅキー。保健室で寝てなくていいの?」
頭上からひょこりと、とぼけた顔を覗かせる、妖精もどき。
もういい加減この幻にも慣れてきた。
「いいんだよ別に」
と、適当に返事してやる。
「でも、さっきのシグレって子が寝てなきゃ駄目って……」
「いーのいーのいつもの事だから。エミコちゃん……保険の先生もわかってくれてるし、休み時間までに適当に戻って寝たふりでもしとけばいいんだよ」
今の私って正にヤバい奴だよね。虚空に向かって話しかけてるんだもん。
……時雨の心配も、あながちオーバーじゃないのかもなあ。
段々悲しくなってきて、手すりに顔を埋めていると、妖精が、ニッコリと笑った。
「ふーん。でもそれなら都合がいいね」
「……都合?」
何を言い出すんだろう、コイツ?
私の生み出した幻の癖に、全然先が読めない。
「ずっと言ってるじゃないか! 世界を救ってほしいって」
「ああ……その話」
我が幻ながら呆れるね。まだそんな中二病まっしぐらな事をいってくるとは。こちとら高校二年生だぞ? 三年遅いわ!
「ユウシャの“ジョブ・パスポート”に選ばれて、勇者様の力を受け継いだキミにしか出来ないんだよ! モンスターを倒して世界を救って! じゃないと……」
「はいはい、じゃないとなに? 時雨の水筒が爆発するとか? そりゃーよかった。是非写真を撮ってスマホの壁紙にしたいね」
「水筒で済めばいいけど……多分、死んじゃうよ?」
「はあ?」
「さっきから高速で接近するエネルギーを感知してる。もうすぐここにモンスターが来るよ。十分もしないうちに、皆死んじゃうんじゃないかな?」
「末期かなあ私……マジで帰って病院行ったほうがいいかも」
「あと五秒」
「はいはい」
「四」
「分かったって」
「三」
「しつこいよ」
「二」
「だから」
「一」
「……」
「ゼロ……来た!」
「そりゃ良かっ────」
続きは言えなかった。
ズン! と強い衝撃が全身を走る。
立っていられない。その場にへたり込んだ。
(なに!? 地震!? 大きい……!)
何て、混乱する頭で考えていると。
「きゃああああああああああああああああ!!!!!!」
「うわああああああああああああああああ!!!!!!」
校庭の方から、今まで聞いたことない様な悲鳴が聞こえてきた。
全身が緊張する。
冗談で上げるのとは違う、本当に何かが起こった時の悲鳴。
急いで立ち上がり、手すりから身を乗り出し、下を見る。
「な、なにあれ……?」
校庭の端。本校舎の向かい側。旧校舎の傍に、鎮座している、“それ”。
“それ”は、全長三、いや四メートルはあった。
“それ”は、人に似ている。二本足に二本腕。
“それ”の肌は、緑色。筋肉がムキムキだ。
“それ”は、明らかに現実の生物じゃない。私は、相応しい言葉を一つだけ知っている。
「“モンスター”……?」
「ね! 来たでしょ? “モンスター”」
「ま、まさか本当に……」
「さあハヅキ! 倒しに行こう!」
「た、倒すって……あれを?」
私は震える指でモンスターを指す。
丁度、旧校舎の壁を掴んで粉々に砕いている所だった。
握力何キロ位あるんだろーねー? あれ。
「そうだよ! さあ一緒に────」
「いやいやいやいや! 無理無理! 絶対無理だって!」
「えー?」
「『えー?』じゃないよ! どう見たって勝てるわけないじゃん!? なにアイツ!? 超強そうなんですけど!? 私、普通の女子高生なんですけど!? どこをどう見て勝てるって思った!? ここもヤバいかも……は、早く逃げなきゃ……!」
「大丈夫! その為の“ジョブ・パスポート”だから!」
「いや、意味が分からないって!」
「ちょっと待ってね、えっと……」
妖精は空中に何やら文字を書き始めた。目を閉じてブツブツと呟いている。
「ユウシャに道を示したまえ! いでよ!」
唐突に妖精が叫んだ。
すると、私の左腕がきらきらと輝き始める。
「な、なに!?」
光のヴェールが、腕をぐるりと一回転して、少しずつ、形を作っていく。
やがて、ひときわ大きく輝いて、消えた。
「これは……?」
腕を見ると、先程まで光があった所に、なにかがくっついている。
どうも、デジタルタイプの腕時計のようだ。
時間は、十一時四十二分。
今の時間ぴったりである。
「それは、腕時計式携帯型簡易職業斡旋所“ワークベンダー”」
私の困惑を察してか、妖精がそう言った。
「ワーク……ベ?」
ごめんね。国語も英語もあまり得意じゃなくて。
何言ってるのか全然理解できないんだ、さっきから。
「キミの持ってる“ジョブ・パスポート”と連動して、力を授けてくれるんだよ」
「ジョブ・パスポートって……」
私はポケットをまさぐり、昨日、本に挟まっていたあのポイントカードを取り出す。
折を見て時雨に返そうと思っていたけど、すっかり忘れてしまっていた。
ポイントカードは、昨日と変わらない。真ん中に、“ユウシャ”の文字。
「それをワークベンダーにかざして! スキャンするんだ!」
「こ、こう?」
言われた様に、カードを腕時計の上に置いてみる。すると……。
『スキャン完了! 変身<ジョブチェンジ>! “ユウシャ”!』
突然、腕時計が歌い出す。
歌と共に、光の奔流が私を包み込んだ。
「わわ、わ、わ!」
視界が真っ白になる。
まぶしすぎて何も見えない!
思わず目をぎゅっと瞑った。
瞼の裏からも光が漏れて見える。
十秒ぐらい経ったかな?
光が止まったような気がして、恐る恐る目を開けてみる。
「い、一体何が……?」
「うん。無事“変身<ジョブチェンジ>”できたみたいだね。ハヅキ、その恰好似合ってるよ!」
「その恰好……? ってええええええ!!?」
自分の服を見てぎょっとした。
な、なんだこの恥ずかしい恰好は!?
着ていた筈の制服はどこかに消え去り、袖のない藍色のワンピースを着ている。
スカート部分は超短い。
動いたら絶対見えるこれ。
そのスカートと膝まで伸びた黄色いロングソックスが絶対領域を演出している。
手には、黒い革手袋をはめていて、足も革のブーツになってる。
背中には、赤いマント。その上から剣を背負っている。
剣はベルトで固定されている様で、ベルトが肩から胸、腰にかけてぐるりと回っている。
うん、所謂パイスラって奴だね。
手に持ってた筈のジョブ・パスポートとやらは、今は胸にある。
どうやら勝手にカードケースに入って首から下げられるみたいだね。
極めつけは頭。なんかついてるから外してみると、金色のサークレットをつけてた。中心に赤い宝石がきらきら光ってる。うわーきれい。何カラットかなー?
「じゃあ変身もしたし……戦おうか?」
「いや無理ですけど!?」




