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ギルドライバー“ハヅキ”  作者: 今井亜美
第八話 名探偵“ゆみみ” ~浴衣と花火とモンスター~
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三章 第三回、女子高生会議


…… 夏祭りから二週間程前 ……




 私を入れて、五人と一匹。

 こんなに沢山の人が家に来る事になるなんて、三年前には想像もしていなかった。


 キッチンで人数分の紅茶を用意していると、葉月が「私も手伝うよ」と近寄ってくる。

 顔は笑っているが、その額にかいた汗を私は見逃さない。

 大方、よく知らない人が二人もいる空間が嫌になって逃げてきた……という所だろう。

 だが勿論、私はそれをわざわざ口にしないし、何も知らない振りをする。

 ありがとう、と返事を返し冷蔵庫からケーキをお皿に取り出して欲しい、と頼んだ。

 

「がってんしょーちっ!」


 と勇んで葉月は作業に取り掛かる。

 彼女がケーキの箱と格闘するのを横目に眺めながら、私はコンロに火をつける。

 そして包丁を取り出して、刃を軽く炙っていく。


「何してるの?」

「包丁の刃を温めてるんだよ。こうすると、ケーキを綺麗に切り分けられるから。本当は直火じゃなくてお湯につけたりした方がいいんだけど、洗い物が増えちゃうし……」


「あのでっかくて刃が波波してる包丁は使わないの? ケーキ切る用でしょあれ?」

「波刃はパイとかフランスパンとか固い物を切るのには便利だけど、断面が真っすぐになり辛いの。今日のケーキはスポンジ生地だから普通の包丁でも十分だよ」


「へえ~……あ、ケーキお皿に出したよ」

「うん。じゃあ、後はやっておくから、紅茶のポットとカップを先に持って行ってくれる?」

「りょーかい!」


「熱いから、気を付けてね」

「う、うん……!」


 葉月は熱がりながらもポットをお盆にのせて、運び出す。

 その足取りはふらふらとしていて、とても危なっかしい。

 内心、私が全部やるから座っていていいよ、と言いたいのをグッとこらえている。

 

(座っていても葉月には辛いだけだし、かといってあんな危ない事を葉月に任せるのも……)


 心配で胸が張り裂けそうになるが、獅子は我が子を千尋の谷に落とす、とも言う。

 

(これは試練……葉月の為の試練……これは試練……!)

  

 今すぐにあの背中に飛びついて助けてあげたくて、下唇を噛み締める。

 大丈夫……葉月なら、大丈夫。ああ、でももし途中でこぼして、紅茶が葉月の手にかかったりしたら……!


(いけない。それはいけない。葉月の白魚の様な指が火傷してしまう……!)

 

 頭の中を駆け巡る嫌な想像と戦いながらケーキを、六等分に切り分けていく。

 最後の切れ目を入れた瞬間、リビングから楽しそうにはしゃぐ声が聞こえてきた。

 葉月が無事に着いたのだろう。

 良かった……と一息吐いて、笑みをこぼす。

 後はこのケーキと紅茶がみんなの口に合えばいいのだけれど。




☆☆☆ ☆☆☆ 


 


 前回のモンスター大量発生事件から、二日後。

 私達は増えた情報を整理するべく時雨の家に集まっていた。

 今回の事件は、とにかく色々な事があったからね。

 

 まず第一に自然発生したとは思えないモンスターの数と出現場所、タイミング。

 妖精は人為的に引き起こされたと言っていたけれど……そもそもそんな事が可能なのだろうか?


 第二に白銀さんの変身。確か、モブドライバーとか言ってたっけ。

 あれもよく分からないんだよね。変身するところを目の前で見たけれど、ジョブパスを持っていなかったし……ワークベンダーも使ってなかった。いじっていたのはスマホだけ。名前もギルドライバーじゃないしね。


 そして第三に、新しいギルドライバーの登場。

 私と時雨は直接会わなかったんだけれど、ピンチに陥った菫さんを助けてくれたらしい。

 名前は、江藤凛音さん。菫さんの同級生で友達なんだって。


 話は二日前に聞いていたけどさ。

 会うのは今日初めてなんだ。

 最初の印象は……うーん、なんかよく分かんない。

 というのも、凛音さん。すっごい無口で全然喋らない。

 私と凛音さんとの間に交わされた会話は────


「あの……は、はじめま、して、江藤さん。は、葉月! ……と、言います……」

「……凛音でいい」

「あ……その……凛音……さん」

「…………ん」


 ──これだけ。

 これだけである。

 折角気まずい空気を打破する為に私から話しかけたのにさ。

 凛音さんは私の顔をじろじろーと眺めるだけで、何も言わないの。

 なんかもう居辛くなっちゃって、時雨の手助けするーって言って逃げちゃった。

 

 時雨は、何だか嬉しそうだったな。

 あんなに一杯人が家にいるなんて、久しぶりだもんね。

 ケーキなんて買って来ちゃって、完全に浮かれてるよ。

 会議だって事が分かってるのかね? あいつは。

 

 まあ、ケーキは美味しかったよ。うん。

 妖精なんて小さい身体でケーキに抱き着いて無理矢理食うもんだから全身クリームまみれになってるし。

 

「何とも奇妙なものだな……」


 そんな妖精の方を見ながら白銀さんが呟いた。


「何もいないのに、空中にケーキが消えていく……本当に、『妖精』がそこにいるんだな」


 どうやら、彼女には妖精は見えていないらしいね。お母さんと同じだ。

 やっぱりギルドライバーとは違うんだな、って感じる。


 白銀さんは遂にケーキが無くなった妖精のお皿を不思議そうに眺めている。

 当の妖精はというと、その皿の上にふてぶてしく座って満足げにお腹を撫でていた。




「御馳走様でした」


 暫くしてピシッ! と手を合わせて白銀さんがお辞儀する。仕草が一々きっちりしっかりしてるよね、白銀さんは。本当に同い年なのか疑いたくなる。


「だらしないハヅキとは大違いだね」


 全身にクリーム付けながら皿に寝っ転がってるてめーに言われたくねーんだが?


「心配しなくても、杠も大人になれば自然と身に付くさ」


 ナチュラルに子供扱いされた!?

 し、白銀さんってひょっとして意外と酷い人だったりするのかな!?

 仮にも同級生じゃないのかな私達は!?


「あ、い、いや、すまない、そんなつもりは……。そう、そうだな。『同級生』、だものな。私達は」


 なーんか含みのある言い方である。葉月ちゃんセンサーは怪しい電波をビンビンに感知。

 じとぉ……と白銀さんを睨みつける。


「な、なんだ……?」

「……白銀さんって……本当に同い年?」

「ぶ!?」


 白銀さんは飲んでいた食後の紅茶を噴き出した。

 喉に詰まったのか激しく咳き込み、変な汗を掻きながら分かりやすく狼狽え始める。


「な、ななな、何を言い出すんだ、突然! あ、当たり前じゃないか! ま、まるで私が二十歳過ぎて制服着てる痛い人みたいじゃないか! 変な言いがかりはやめてくれ! し、心外だな、全く」

 

「なるほど……少なくとも二十歳よりは上……と」

「え!? じょ、女子高生って二十歳過ぎてもなれるものなの!? ハ、ハヅキは大丈夫だよね……!?」

「うわあ志保先輩……何回留年したんですか……?」

「…………おばさん」


「だから違う!! 留年じゃない! というかそこの一年生! おばさんは幾らなんでもあんまりじゃないかな!?」


「白銀さん……大丈夫だよ」

「く、黒森……お前だけか。分かってくれる奴は」


「勉強が難しいなら私も力になるから。一緒に留年しないように頑張ろう?」

「だから違うってば!」




☆☆☆ ☆☆☆




「それで、実際の所どうなの? 白銀さん?」

「……悪いが、答えられない」


 まあ、確かに年齢はプライベートな要素もあるから仕方ないとして……だ。

 肝心の問題、MOBドライバーとかいう力については答えて貰わないと困るよね。

 と、思ったんだけどね……。


「…………本当に、すまない。でも、それについても、答えられない」


 何を聞いても、答えられないの一点ばり。

 理由さえ教えてくれなかった。

 

「私を今日呼んでくれたのは、色々聞きたい事があったからだろう? その事は理解してるし、君達に出来る限り協力していきたいと、私個人は思っている。だが……すまない。今はまだ、答えられないんだ」


「今はって事は……いつか話してくれるって事?」

「ああ。いつか、話せる時が来ると思う。だからそれまでは待ってくれ、頼む」


 という訳で、とりあえず、この件については保留という事になった。

 次に話題になったのは新しいギルドライバー、江藤凛音さんについて。


「シホよりもボクが気になるのは……リンネについてだね」


 妖精はそう切り出すと、珍しく真剣な顔をして、凛音さんに向き直った。


「キミは……『何故』力を手にしたんだい?」

「…………知らない」


 ? 『何故』って……随分変な質問だな。

 勇者に選ばれたから……じゃ、ないの?

 じゃあ何で選ばれたの? って言われてもそんなの私だってよく分かんないし。

 そりゃ凛音さんだって知らないって答えるよね。


「『知らない』、か……じゃあ、質問を変えよう……キミは、『誰から』力を?」


 やっぱり、変な質問だ。誰から? って……『勇者』から、でしょ?

 何を当たり前の事聞いてるんだ、コイツ……。


「…………クーちゃん」


(? 『クーちゃん』?)


「! やっぱり……そうか。なら、あのモンスター群は……」


 意味不明な質問に、意味不明な回答。なのに、妖精には合点がいったらしい。


「ちょっと妖精……一人で納得してないで、なんなのか教えてよ」

「悪いけどハヅキ。暫くボクは別行動を取らせてもらうよ」

「はあ?」

「調べる事が出来たからね。ああ、それとリンネ。これだけは聞かせてもらおう、キミは────」


 妖精が口を開く瞬間。

 ほんの一瞬、何かが空中を走った様な気がした。

 そよ風が産毛を撫でるみたいな、くすぐったさ。それが何かは分からなかったけど。

 妖精が、ゆっくりと言葉を紡いだ。


「アタキモニマィ? オニラキホモテロス?」

「は?」


 ……何語?

 は、え? いきなり何? どうしちゃったの、コイツ?

 こんなの誰も分からない────。


「……イアノメダリトドゥ。エカヅキビチムキサダトワラキトン“ユグド”アヒサタゥ」

 

 いや、お前もかい!?


「ッ!? ……成程ね」


 しかも理解出来るんかい!?


 ちょ、ちょっと待て!

 今の、何? 何語?

 成程、って何が? 何が分かったの!? 今のやりとりで?

 

「? ……ハヅキ、まさか今の聞こえた?」

「いや、そりゃ聞こえるでしょ!? なんなのさあれ? 異世界語!? 異世界語だったとしてなんで凛音さんが喋れるの!? ケンジャの力なの!? 異世界バイリンガールなの!?」


「ふーんまだ意味は理解してないのか。じゃあ、あくまで『近づいてる』だけか」

「『近づいてる』? 一体何の事?」


「良くないね……ハヅキ。良くないんだよ、それは」

「妖精……?」


 妖精の顔は、いつもみたいに笑っていた。

 笑っていたけど……今まで見たどんな笑顔よりも辛そうで、寂しそうで。

 胸が、ぎゅっ……て締め付けられる様な。


 そんな、笑顔だった。


「こっちに来ちゃ駄目だよ、ハヅキ。キミは、ユウシャにならなきゃいけないんだからさ」

「いや、意味わかんないし……。ちょっと時雨! 何とか言ってやって──?」


 その時、初めて気付いた。

 私は、真っ暗な部屋にいた。

 おかしい。

 さっきまで、時雨の家にいた筈だ。

 リビングで、ケーキを食べて、みんなで談笑していた筈だ。


 なのに、周りには誰もいなかった。


 いつの間にか妖精の姿さえ何処かに行ってしまった。

 私はこの広くて真っ暗な部屋で、ただ、ひとりぼっちだった。


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