三章 第三回、女子高生会議
…… 夏祭りから二週間程前 ……
私を入れて、五人と一匹。
こんなに沢山の人が家に来る事になるなんて、三年前には想像もしていなかった。
キッチンで人数分の紅茶を用意していると、葉月が「私も手伝うよ」と近寄ってくる。
顔は笑っているが、その額にかいた汗を私は見逃さない。
大方、よく知らない人が二人もいる空間が嫌になって逃げてきた……という所だろう。
だが勿論、私はそれをわざわざ口にしないし、何も知らない振りをする。
ありがとう、と返事を返し冷蔵庫からケーキをお皿に取り出して欲しい、と頼んだ。
「がってんしょーちっ!」
と勇んで葉月は作業に取り掛かる。
彼女がケーキの箱と格闘するのを横目に眺めながら、私はコンロに火をつける。
そして包丁を取り出して、刃を軽く炙っていく。
「何してるの?」
「包丁の刃を温めてるんだよ。こうすると、ケーキを綺麗に切り分けられるから。本当は直火じゃなくてお湯につけたりした方がいいんだけど、洗い物が増えちゃうし……」
「あのでっかくて刃が波波してる包丁は使わないの? ケーキ切る用でしょあれ?」
「波刃はパイとかフランスパンとか固い物を切るのには便利だけど、断面が真っすぐになり辛いの。今日のケーキはスポンジ生地だから普通の包丁でも十分だよ」
「へえ~……あ、ケーキお皿に出したよ」
「うん。じゃあ、後はやっておくから、紅茶のポットとカップを先に持って行ってくれる?」
「りょーかい!」
「熱いから、気を付けてね」
「う、うん……!」
葉月は熱がりながらもポットをお盆にのせて、運び出す。
その足取りはふらふらとしていて、とても危なっかしい。
内心、私が全部やるから座っていていいよ、と言いたいのをグッと堪えている。
(座っていても葉月には辛いだけだし、かといってあんな危ない事を葉月に任せるのも……)
心配で胸が張り裂けそうになるが、獅子は我が子を千尋の谷に落とす、とも言う。
(これは試練……葉月の為の試練……これは試練……!)
今すぐにあの背中に飛びついて助けてあげたくて、下唇を噛み締める。
大丈夫……葉月なら、大丈夫。ああ、でももし途中でこぼして、紅茶が葉月の手にかかったりしたら……!
(いけない。それはいけない。葉月の白魚の様な指が火傷してしまう……!)
頭の中を駆け巡る嫌な想像と戦いながらケーキを、六等分に切り分けていく。
最後の切れ目を入れた瞬間、リビングから楽しそうにはしゃぐ声が聞こえてきた。
葉月が無事に着いたのだろう。
良かった……と一息吐いて、笑みをこぼす。
後はこのケーキと紅茶がみんなの口に合えばいいのだけれど。
☆☆☆ ☆☆☆
前回のモンスター大量発生事件から、二日後。
私達は増えた情報を整理するべく時雨の家に集まっていた。
今回の事件は、とにかく色々な事があったからね。
まず第一に自然発生したとは思えないモンスターの数と出現場所、タイミング。
妖精は人為的に引き起こされたと言っていたけれど……そもそもそんな事が可能なのだろうか?
第二に白銀さんの変身。確か、モブドライバーとか言ってたっけ。
あれもよく分からないんだよね。変身するところを目の前で見たけれど、ジョブパスを持っていなかったし……ワークベンダーも使ってなかった。いじっていたのはスマホだけ。名前もギルドライバーじゃないしね。
そして第三に、新しいギルドライバーの登場。
私と時雨は直接会わなかったんだけれど、ピンチに陥った菫さんを助けてくれたらしい。
名前は、江藤凛音さん。菫さんの同級生で友達なんだって。
話は二日前に聞いていたけどさ。
会うのは今日初めてなんだ。
最初の印象は……うーん、なんかよく分かんない。
というのも、凛音さん。すっごい無口で全然喋らない。
私と凛音さんとの間に交わされた会話は────
「あの……は、はじめま、して、江藤さん。は、葉月! ……と、言います……」
「……凛音でいい」
「あ……その……凛音……さん」
「…………ん」
──これだけ。
これだけである。
折角気まずい空気を打破する為に私から話しかけたのにさ。
凛音さんは私の顔をじろじろーと眺めるだけで、何も言わないの。
なんかもう居辛くなっちゃって、時雨の手助けするーって言って逃げちゃった。
時雨は、何だか嬉しそうだったな。
あんなに一杯人が家にいるなんて、久しぶりだもんね。
ケーキなんて買って来ちゃって、完全に浮かれてるよ。
会議だって事が分かってるのかね? あいつは。
まあ、ケーキは美味しかったよ。うん。
妖精なんて小さい身体でケーキに抱き着いて無理矢理食うもんだから全身クリームまみれになってるし。
「何とも奇妙なものだな……」
そんな妖精の方を見ながら白銀さんが呟いた。
「何もいないのに、空中にケーキが消えていく……本当に、『妖精』がそこにいるんだな」
どうやら、彼女には妖精は見えていないらしいね。お母さんと同じだ。
やっぱりギルドライバーとは違うんだな、って感じる。
白銀さんは遂にケーキが無くなった妖精のお皿を不思議そうに眺めている。
当の妖精はというと、その皿の上にふてぶてしく座って満足げにお腹を撫でていた。
「御馳走様でした」
暫くしてピシッ! と手を合わせて白銀さんがお辞儀する。仕草が一々きっちりしっかりしてるよね、白銀さんは。本当に同い年なのか疑いたくなる。
「だらしないハヅキとは大違いだね」
全身にクリーム付けながら皿に寝っ転がってるてめーに言われたくねーんだが?
「心配しなくても、杠も大人になれば自然と身に付くさ」
ナチュラルに子供扱いされた!?
し、白銀さんってひょっとして意外と酷い人だったりするのかな!?
仮にも同級生じゃないのかな私達は!?
「あ、い、いや、すまない、そんなつもりは……。そう、そうだな。『同級生』、だものな。私達は」
なーんか含みのある言い方である。葉月ちゃんセンサーは怪しい電波をビンビンに感知。
じとぉ……と白銀さんを睨みつける。
「な、なんだ……?」
「……白銀さんって……本当に同い年?」
「ぶ!?」
白銀さんは飲んでいた食後の紅茶を噴き出した。
喉に詰まったのか激しく咳き込み、変な汗を掻きながら分かりやすく狼狽え始める。
「な、ななな、何を言い出すんだ、突然! あ、当たり前じゃないか! ま、まるで私が二十歳過ぎて制服着てる痛い人みたいじゃないか! 変な言いがかりはやめてくれ! し、心外だな、全く」
「なるほど……少なくとも二十歳よりは上……と」
「え!? じょ、女子高生って二十歳過ぎてもなれるものなの!? ハ、ハヅキは大丈夫だよね……!?」
「うわあ志保先輩……何回留年したんですか……?」
「…………おばさん」
「だから違う!! 留年じゃない! というかそこの一年生! おばさんは幾らなんでもあんまりじゃないかな!?」
「白銀さん……大丈夫だよ」
「く、黒森……お前だけか。分かってくれる奴は」
「勉強が難しいなら私も力になるから。一緒に留年しないように頑張ろう?」
「だから違うってば!」
☆☆☆ ☆☆☆
「それで、実際の所どうなの? 白銀さん?」
「……悪いが、答えられない」
まあ、確かに年齢はプライベートな要素もあるから仕方ないとして……だ。
肝心の問題、MOBドライバーとかいう力については答えて貰わないと困るよね。
と、思ったんだけどね……。
「…………本当に、すまない。でも、それについても、答えられない」
何を聞いても、答えられないの一点ばり。
理由さえ教えてくれなかった。
「私を今日呼んでくれたのは、色々聞きたい事があったからだろう? その事は理解してるし、君達に出来る限り協力していきたいと、私個人は思っている。だが……すまない。今はまだ、答えられないんだ」
「今はって事は……いつか話してくれるって事?」
「ああ。いつか、話せる時が来ると思う。だからそれまでは待ってくれ、頼む」
という訳で、とりあえず、この件については保留という事になった。
次に話題になったのは新しいギルドライバー、江藤凛音さんについて。
「シホよりもボクが気になるのは……リンネについてだね」
妖精はそう切り出すと、珍しく真剣な顔をして、凛音さんに向き直った。
「キミは……『何故』力を手にしたんだい?」
「…………知らない」
? 『何故』って……随分変な質問だな。
勇者に選ばれたから……じゃ、ないの?
じゃあ何で選ばれたの? って言われてもそんなの私だってよく分かんないし。
そりゃ凛音さんだって知らないって答えるよね。
「『知らない』、か……じゃあ、質問を変えよう……キミは、『誰から』力を?」
やっぱり、変な質問だ。誰から? って……『勇者』から、でしょ?
何を当たり前の事聞いてるんだ、コイツ……。
「…………クーちゃん」
(? 『クーちゃん』?)
「! やっぱり……そうか。なら、あのモンスター群は……」
意味不明な質問に、意味不明な回答。なのに、妖精には合点がいったらしい。
「ちょっと妖精……一人で納得してないで、なんなのか教えてよ」
「悪いけどハヅキ。暫くボクは別行動を取らせてもらうよ」
「はあ?」
「調べる事が出来たからね。ああ、それとリンネ。これだけは聞かせてもらおう、キミは────」
妖精が口を開く瞬間。
ほんの一瞬、何かが空中を走った様な気がした。
そよ風が産毛を撫でるみたいな、くすぐったさ。それが何かは分からなかったけど。
妖精が、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「アタキモニマィ? オニラキホモテロス?」
「は?」
……何語?
は、え? いきなり何? どうしちゃったの、コイツ?
こんなの誰も分からない────。
「……イアノメダリトドゥ。エカヅキビチムキサダトワラキトン“ユグド”アヒサタゥ」
いや、お前もかい!?
「ッ!? ……成程ね」
しかも理解出来るんかい!?
ちょ、ちょっと待て!
今の、何? 何語?
成程、って何が? 何が分かったの!? 今のやりとりで?
「? ……ハヅキ、まさか今の聞こえた?」
「いや、そりゃ聞こえるでしょ!? なんなのさあれ? 異世界語!? 異世界語だったとしてなんで凛音さんが喋れるの!? ケンジャの力なの!? 異世界バイリンガールなの!?」
「ふーんまだ意味は理解してないのか。じゃあ、あくまで『近づいてる』だけか」
「『近づいてる』? 一体何の事?」
「良くないね……ハヅキ。良くないんだよ、それは」
「妖精……?」
妖精の顔は、いつもみたいに笑っていた。
笑っていたけど……今まで見たどんな笑顔よりも辛そうで、寂しそうで。
胸が、ぎゅっ……て締め付けられる様な。
そんな、笑顔だった。
「こっちに来ちゃ駄目だよ、ハヅキ。キミは、ユウシャにならなきゃいけないんだからさ」
「いや、意味わかんないし……。ちょっと時雨! 何とか言ってやって──?」
その時、初めて気付いた。
私は、真っ暗な部屋にいた。
おかしい。
さっきまで、時雨の家にいた筈だ。
リビングで、ケーキを食べて、みんなで談笑していた筈だ。
なのに、周りには誰もいなかった。
いつの間にか妖精の姿さえ何処かに行ってしまった。
私はこの広くて真っ暗な部屋で、ただ、ひとりぼっちだった。




