五章 女子高生でもひとり
「──おかしい」
「お菓子なんてないよ。さっきアップルパイ食べたじゃん」
今日は夏休み三日目の午後。初日よりも休みに慣れ始めて、丁度ゴロゴロしたくなる頃合いだよね。
外は相変わらず四十度近い猛暑日だし、こんな日は冷房の効いた部屋でアイス片手にゲームやるのが乙ってもの。
正直、朝に妖精のご飯(※アップルパイ)買いにコンビニに行くのも億劫だったのに、その上おやつまでねだってくるとは……いつの間にそんなに贅沢になったんだろうね。
「お菓子じゃなくて『おかしい』だよハヅキ!」
どうやら聞き間違いだったらしい。
妖精はいつになく深刻な顔をしている。
「『おかしい』……って何が?」
「静かすぎる……って思わない?」
「静か? どこが?」
耳をすませば窓の向こうからミーンミーンと蝉の鳴き声が鬱陶しいくらいに聞こえてくる。
まさかとは思うがこのポンコツ……遂に耳までいかれたか?
「また何か失礼な事考えてるねハヅキ……ボクが言いたいのはそうじゃなくて、モンスターの事だよ。ここのところ、余りにも出現が減ってる」
「モンスター……ああ、言われてみれば」
そういえば最近、ワークベンダーのアラートをほとんど聞いてないや。
前は寝る時間も無いくらいに鳴り響いてたのに。
「ハヅキはどう思う?」
「うーん……考えすぎじゃない? 少ないけど、出る時は出るじゃんか」
「そうだけど……でも……」
妖精はまた考え込んでしまった。
心配性な女神様だよ全く。
「ハヅキが楽観的すぎるだけだよ」
私の呟きを素早く聞き取り反論してくる。
地獄耳め。女神じゃなくて閻魔に改名しろ。
『ウウウウウウ!!!! ウウウウウウ!!!!』
「あ」
そんな話をしていたら、これだよ。
やっぱり出る時は出るもんだね。どれどれ、場所はっと。
「……え?」
ワークベンダーを操作していた私の指は、ピタリ、と止まった。
「どうしたのー?」
のんきに後ろから覗いて来る妖精も、その『表示』を見て、硬直する。
ハッキリ言って、信じられない。
信じたくもない。でも、止まずに鳴り続ける警報が、それが現実だと教えていた。
「な、なに……この数……!?」
ワークベンダーが空中に映し出した地図には、モンスターを示す赤い点が表示されている。
その点は、白百合、東京、千葉、神奈川に拡散しており、今もなお増え続けている。
その数は、二十を超えていた。ずっとモンスターが出現しているせいか、アラートは鳴り止む気配すらない。
「よ、妖精! どうなってんのこれ!? こんな事あるの!?」
「あり得ない事じゃない、けどいくら何でもこれは……! 自然発生じゃない……もっとこう……人為的な何かが……」
「人為的って……誰かが引き起こしてるってこと!?」
一体誰が? ていうか、そんな事可能なの? こんな事する目的は?
頭の中に疑問が浮かんでは消えていく。ああ、駄目だ。私、焦ってる。
こういう時、どっか冷静な部分の自分がいて、焦ってるよーって教えてくれるんだよね。
まあ、だからって別に落ち着いたりはしないんだけどね。思考が空回ってるっていうのかな?
と、とりあえず深呼吸しよう。吸って、吐いて。吸って、吐いて……。
うん、ちょっとは落ち着いた。とりあえず、考えても何も分からない。
こういう時は行動あるのみ! だよねっ!
「“変身”!」
『スキャン完了! 変身<ジョブチェンジ>! “ユウシャ”!』
「ハヅキ、どうするつもり!?」
「片っ端からぶっ飛ばす! 時雨と合流してデュアルスキャンさえすればすぐに終わるでしょ!」
「忘れたの!? デュアルスキャンは禁止! 前の会議で話したよね!?」
勿論、忘れていた訳じゃない。
私が必殺のデュアルスキャンに目覚めてアサルト・フォームというちょー強い新技を身に着けた次の日に行われた『真・第二回女子高生会議』にて私は妖精にデュアルスキャンについて色々と尋ねてみた。
あの時は、何故か……そう、魂とも表現出来る様な何かが、あの力について不思議な温かいものを感じて、自分でもよく分からないけれど、力に関する情報を勝手に理解していたんだ。
でも、どうしてあんな事が出来るのか? とか、そもそもジョブ・パスのスキャンって重ねていいの? とか……まあいっぱい疑問はあったからね。
妖精なら多分、何か知ってるかと思ったんだけど……返事は「知らない」だった。
☆☆☆ ☆☆☆
「ワークベンダーのシステム上、二重にスキャンした所で意味ないし……そもそも適性のない人間はスキャン出来ない。デュアルスキャンなんて、ボクも初めて聞いた言葉だ」
「じゃあ何も分からないの?」
「理屈だけは理解出来るけどね。ハヅキの使ってるジョブ『ユウシャ』はバラバラになった勇者様の力の本質……“器”みたいな物。恐らく、デュアルスキャンとは抜け落ちた勇者様の力を、スキャンによって器に入れなおす行為」
「それって……時雨のアサシンパスだけじゃなくて、菫さんのソウリョパスも私はスキャン出来るって事?」
「多分、出来るよ」
「すごいじゃん! 一枚でもあれだけ強かったんだし、二枚もスキャンしたら私、最強になれるね! もう全部葉月ちゃんに任せてくれていいよ?」
「それはダメ! ただ変身するだけでも体力を食うんだよ? デュアルスキャンにどんな反動があるか分からないし、それを二枚もだなんて……! とりあえず、暫くは使うの禁止。万が一使うにしても本当にここぞという時だけだからね!」
☆☆☆ ☆☆☆
「妖精、ここぞって時は使っていいって言ったよね? 今がその時なんじゃないの?」
「……分かった。でも、何か変な事が起こったらすぐに使用を中止して逃げて」
「うん! じゃあ、すぐに時雨の所に……」
「いや、ハヅキはすぐに東京に向かって! 白百合は二人より機動性の劣るスミレに任せよう。シグレは道中の雑魚を処理しつつ東京に向かわせてハヅキと合流。二人で東京を攻略して、片付き次第、千葉と神奈川に別れる。ハヅキはこの時デュアルスキャンを使用して」
「了解!」
家を飛び出し、空を翔ける。
大丈夫、暫く戦ってなかった事もあって体調は万全。
ホープブリッジを超えて、北へ。目指すは、東京。
とにかく急げ、私!
☆☆☆ ☆☆☆
「ご、ごめん! ゆみみ! 凛音! 私、ちょっと急用思い出した!」
「え? はあ!?」
長い行列を乗り越えて、やっとポップコーンを買ったと思った矢先、菫さんはそんな事を言い出した。
これが噂の、『ドタキャン』というやつなのだろうか。
「……そう」
「いやいや、『そう』って……。凛音さん、もっと文句言っていいんですよ!?」
転校生の凛音さんは、妙に聞き分けがいい。
というか、いつも無表情で、正直何を考えているのか分からない。
「ごめん、二人とも! 埋め合わせは必ずするから!」
「あ、ちょっと!?」
菫さんは私の手にラージサイズのポップコーンを強引に渡すと、そのまま外の方へ走っていってしまった。
私はその背中が消えるまで、ポップコーンと二人分のドリンクを抱えながら呆然と眺めている事しか出来なかった。
「急用……か」
最近の菫さんの様子は、はっきり言って異常だった。
今回の様に直前で、という事は無かったものの、遊んでいる途中で急にいなくなったりとか、予定をいきなりキャンセルされたりする事が、とても多い。
今まではこんな事なかったのに、一体何故だろう。
(確か、こんな風になったのは……梅雨の前辺り……そういえば、あのSeeONでの事件の後くらいからだ……)
まあ、考えていても仕方がない。
問題は、この抱えた水と食料をどう浪費するかだ。
「凛音さん、意外と大食いキャラだったりしません?」
一縷の望みをかけて横を見る。見るが、すぐに私は諦めた。
凛音さんは、他人より少しだけ背が小さい私よりも更に小さい方だ。
とても大食いとは思えない。
まいったな、奢りに釣られてあんみつ食べなきゃよかった。と、少しばかり後悔する。
「まあ、ここでジッとしていてもしょうがないですし……早いとこ中に行きましょうか」
「貴方は、行かないの?」
「え? いや、私も行きますよ? 二人になっちゃいましたけど、折角だから一緒に映画見ましょう?」
「そう。貴方は、違うんだ」
「……はあ?」
凛音さんが、何を言っているのか。
私には理解できなかった。
彼女は覗き込むようにこちらを見ている。
その端正な顔は、やっぱり無表情で、何を考えているのか全く読めそうにない。
「私も彼女と同じだから」
「……えっと?」
凛音さんはおもむろに、一枚のカードを取り出した。
カードは白く、桃色のラインが走っている。
中心には何か文字の様なものが、刻まれていた。
「──行かなきゃ」
次の瞬間、強い光が私を襲った。
私は思わず目を瞑った。
何が起こっているのか、理解出来なかった。
光は、勘違いかもしれないが、私の目の前……凛音さんから発せられた様に感じた。
十秒ほどして、ゆっくりと目を開けた。
その時にはもう、私の目の前には誰もいなかった。
「え? あ、あの……ちょっと、凛音さーん?」
返事はない。私は混乱する頭で先程の会話を思い返す。
『私も彼女と同じだから』
いなくなる瞬間、確かにそう言っていた。
(菫さんと同じって事は……凛音さんも、ドタキャン!?)
「ま……マジですか……?」
「五番ホールで上映の『ときめきを伝えて』、まもなく上映開始でーす!」
「や、やば……」
慌ててホールに向かう。
中は満員御礼。お客さんは女子ばかりかと思いきやカップルも結構いる。
そりゃそうか、今話題の恋愛映画だもの。
心なしか、周囲からの視線が痛い。
狭そうにしてる人の中で、私だけ両脇が空席だからだろう。嫌でも目立つのだ。
一体何が悲しくて、恋愛映画を二人分のポップコーンとドリンク抱えて見なきゃいけないんだろう。
(菫さんが見たいって言って来たんですけどね……!)
流石に少し怒りたい気持ちはある。
一体二人にはどう落とし前つけてもらおうか。
薄暗いホールの中で、オレンジジュースを胃に流し込みながら、そんな事を考えていた。




