三章 女子高生、久しぶりに日常を過ごす
…… ウニマミレの討伐から一日後 ……
『杠家 葉月の部屋』
『ピヨピヨピヨ! ピヨピヨピヨ!』
「……あ~……」
「寝起きの一声がゾンビみたいだよハヅキ」
朝っぱらから妖精の小言が五月蠅いなあ……。女子高生だって寝起きがゾンビになる日くらいありますっての。
『ピヨピヨピヨ! ピヨピヨピヨ!』
「はいはい……分かった分かった……」
ピヨピヨとしつこいひよこくん(目覚まし)の頭をグイっと下に押し込んで止め、ベッドから起き上がる。
グッと背伸びをすると、大きな欠伸が口から零れた。
眠気をこらえてベッドから立ち上がる。
世知辛い世の中だよまったく。まだまだ眠っていたいってのに、どうしても明日がやってきやがるぜい。
「ねー妖精……ギルドライバーってさあ、特殊能力の一つや二つ付いてないのお……?」
「何さ、急に」
「例えばさ、『寝ている間だけ、時間が十分の一で進む能力』とか『すっごい寝つきがよくなる』とか、『自分の望む夢を見られる』とか……」
「そんな怠惰な能力は無いよ」
「えーなんで? あったら便利じゃんか。今からでもつけよーよ」
「キミはギルドライバーを何だと思ってるのさ……。ムリムリ、そんな能力女神の許可が下りないよ」
「チッ……所詮は下っ端か」
「下っ端言うな! ……まあ、でも特殊能力か。無い事も無いんだけどね」
「え!?」
ま、まさか、本当に不思議パワーが秘められているのか!?
ど、どうしよう……明日からシックスセンスに目覚めた女子高生による華麗なるサイキック・ストーリーが始まってしまったら……!?
『さあ、今夜も始まりました! 世紀の超能力者、“ドクターハヅキ”によるサイキック・ショー! 今日は一体我々に何を見せてくれるのでしょうか!?』
『ふっふっふ……! さあ、ショーの始まりよ!』(何故かナイスバディになっている)
『おっとお!? 早速、“ドクターハヅキ”の十八番、ハト召喚が飛び出したーーッ!! 凄い、凄いハトの数だあああ! ハトでカメラが全く見えなくなる放送事故をあっさり引き起こす荒業だあああ! これぞハヅキの真骨頂! 正にサイキック! 大スペクタクル!』
『ふっふっふ……まだまだ、くらえ必殺!』(画面がズームになって、何故か胸が揺れる)
『で、出たアアアア!! ドクターハヅキの必殺技だあああああッッ!! この技を食らった者は皆生きてられないのでおばさんは死んだし貴方ももうじき死にます全てお前のせいだこの世界は狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂っ』
学校に行かないと。今日も雨だ。
嫌だなあ。早く、止まないかな。
…… 四時間後 ……
『東白百合高等学校 二年B組教室』
「じゃあ、この問題を……杠さん、お願いします」
「あ、は、はい……!」
し、しまった! 完全に油断してたよくそう。
まさか指されるとは夢にも思ってなかったからボーっとしてた。え、えっと……今、何の授業だったっけ?
先生の方をチラリと見る。あの特徴的なキラリと光る頭頂部と瓶底眼鏡は間違いなく林先生だ。
って事はこれは数学の授業。ならば、取るべき行動は一つ!
私は横目で三つ横に離れた席に座っている時雨の事を見る。
頼むぞ親友! 私の想いよ届けっ!
時雨は、黙ってそっとノートを立ててこちらに向けてくれた。
よし、流石! これで何とか乗り切れる。今度あんみつを奢ってやるぞ!
えっと何々……書いてある答えは……?
『お前のせいでお母さんは死んだ』
「杠さん? どうしました? 答えは?」
「………………えっと。3です」
「はい正解です。結構難しい問題ですけどよく勉強しているようですねえ。感心です流石は『奇跡の──」
はあ時雨のおかげで何とか答えられたよ。危ない所だった……。
はやく授業終わらないかなあ。
お腹空いちゃった。
今日のお弁当なんだろ……あ、私お弁当何て持ってきてなかった。
私は料理作れないし、お母さんは朝早いしね。
何でお弁当があるなんて勘違いしちゃったんだろ? あはは。
手作りのお弁当なんてもう二度と食べられる筈がないのにね。
だってお弁当を作ってくれるおばさんは私をかばって死んじゃったもん。
ああそっか。この世界は狂ってるし私も多分もうすぐ死ぬからお昼ご飯なんて別に要らないねあははははは。
「葉月、今日は早退しよう」
「え?」
気が付くと時雨が真剣な目でこっちを見ていた。
どうも知らない間に授業は終わってお昼休みになってたっぽい。
でもいきなり何を言ってるんだろーねこいつは。私はこーんなにも元気なのにさ!
「馬鹿にしないで」
突然目の前から時雨の顔が消えた。
同時に感じるギュッという圧迫感と温かい感触で、私は抱きしめられたという事に気付いた。
「ちょっ……ちょっと時雨!? は、恥ずかしいってば……!」
「何年、葉月の事見てきたと思ってるの? 今日の葉月は明らかにおかしい。まるで昔の…………とにかくもう帰ろう。先生には後で言えばいいよ。ちょっと待ってて今カバン取ってくるから」
時雨は言いたい事だけ言うとこっちの返事も聞かずに帰り支度を始める。
ってちょっと待って?
百万歩譲って私が帰るのは分かったけど、キミも一緒に帰るのかね!?
まあ“過保護モード”の時雨は誰にも止められないし、考えるのも無駄だよねー……。
やれやれ……しょーがない。帰って紅茶でも飲みますかねえ。
…… 三十分後 ……
「出て来たぞ、『奇跡の子』だ! 撮れ、カメラ回せ!」
「杠さんっ! 今のお気持ちをお聞かせ下さいっ!」
「どうしてあれほどの怪我が治ったんだと思いますか!?」「入院していた時、どんな思いでしたか?」「何かコメントを」「UMAに遭遇した時、何を考えました!?」「こっち向いて下さーい!」「まだ学校の時間ですよね何故早退するのですか?」「ひょっとしてまだ具合が悪いのですか!?」「怪我の様子はどうですか!?」「杠さん──」「カメラに目線を──」「お願いしま──」「こっち──」
雨が降っている。まだ止みそうにない。
結構雨足も強いみたい。こういう時、折りたたみの傘では少し頼りなく感じるね。
私は長い傘を持つ時雨の陰に隠れる様に寄り添い合って、帰り道を真っすぐ進む。
時雨はきょろきょろと何かを気にするように辺りを眺めていた。
何か喋っていた気もしたけれど、大粒の雨の音がうるさくて、よく聞こえない。
私は、ずっと足元を見ている。うっかり水溜まりに足を踏み入れたら悲惨な事になるからね。
ローファーごしに靴下が濡れた時のあの気持ち悪さと言ったらもうね。
こうも雨が続くと乾かすのも大変だし────。
「ご学友の方も何か一言!」
「あれ……!? ひょっとして、黒森時雨さんですか? 弓道最年少で五段を取った!?」
────っ!?
「え? 黒森?」「あの天才美少女か?」「おいスクープだスクープっ!」「すみません黒森さんっ! 杠さんとの関係はどの様な──」「こっち向いて──」「友人が『奇跡の子』になった事に関して何か──」「杠さんが怪我したと聞いた時、どう思いましたか?」
「やめて……!」
「黒森さんは過去にご両親を亡くされていますが今回、杠さんが怪我をした事で、何か特別な事を思ったのでは?」
「やめろッ!!!」
強い雨が傘を打つ音だけが辺りに響いている。
ああ、まだまだ止みそうにもない。
どうして私の手の中には折りたたみの傘しかないんだろうね。
大きい傘を買っておけばよかったのかな、と少しだけ後悔しちゃうね。
まあ、雨に濡れてからじゃあもう遅いんだけどさ。あはは。




