二章 女子高生はあんみつがお好き
…… 八日前 ……
──────公立『東白百合高等学校』
放課後になるまでに雨は上がったらしい。
校舎を出て空を見上げると、青い空が雲の隙間から覗いていた。
こういう時、折りたたみの傘で良かったなって思うんだよね。
私は、隣で大きめの黒い傘を持て余している親友を見て優越感に浸る。
「……何? 葉月」
「ううん? べっつにー?」
「ならいいけど……そのにやけ顔はちょっとやめた方がいいと思うよ?」
「ふふふふ……所詮何を言おうと負け犬の遠吠えよ。雨が上がった以上、傘は唯の荷物! 哀れなり、時雨! 常に片手が塞がる苦痛を味わうがいいわ……!」
私の勝利宣言に、我が親友『黒森時雨<クロモリシグレ>』は頭を抱えて大きく息を吐いた。
きっと敗北の味を噛み締めているのだろう。
だがこの私……『杠葉月<ユズリハハヅキ>』様は、そこまで鬼ではない。
「可哀想な時雨の為に、じゃーん! こんなものを用意してまーす!」
カバンからひらひらと小さな紙片を取り出し時雨に手渡す。
「なにこれ……クーポン?」
「そう! お母さんが職場の人に貰ったんだって! 時雨の好きな“あんみつ撫子<ナデシコ>”の春の甘味フェアクーポン! どう? 今から一緒に行かない?」
“あんみつ撫子”は世界中で大人気のあんみつチェーン店。
私と時雨もよく学校帰りに寄るんだ。
おススメは何といっても、チョコチップクリームあんみつ!
あんみつの上にソフトクリームがのっかっていて、その中にチョコチップが散りばめられている。
ソフトクリームは甘すぎず、チョコチップはビター味。
サクサクした食感と絶妙な苦みがあんみつの甘さをこれでもかと際立てた正に至高の一品なのだ。
時雨はクーポンを食い入るように見つめている。
その表情には、ほとんど変化がない……が、私の目は誤魔化せないね!
あの顔は、もうあんみつの事しか考えられないって顔だ。
「あんみつ……じゅるり……!」
しめしめ……想像通り、口の中が涎で一杯になっておるわ……!
くっくっく、これは我が軍門に降るのも時間の問題よ!
と、思っていたんだけど……時雨はハッと何かを思い出したのか顔を上げる。
「……ごめんね葉月。とても魅力的なお誘いだけど……今日は遠慮する」
「な、何ィ!? あ、あんみつだよ!? いいの!?」
これは本当に驚いたね。
時雨は三度の飯よりあんみつが好きなのに、この誘いを断るなんて……!
明日は大雪かもしれない。後で天気予報をチェックしておこう。
「実はジムの予約と被っちゃって……」
「ああ……クライミングか。確かに久しぶりだもんね」
クライミングは時雨の趣味の一つ。
私と違って部活もやっている時雨は、滅多にジムに行く時間をつくる事が出来ない。
特に最近は大会も近いらしく忙しそうにしていたから、今日は本当に楽しみにしていたんだろう。あんみつの誘惑を跳ね除けるくらいだし。
「だから、いけない。ごめんね?」
本当に残念そうに言う。
別にこれぐらいいいからそんな顔しないでほしいなって思う。
「別にいいよそれぐらい。楽しんできてね!」
と言ったは、良いものの……完全に予定が狂っちゃったな。
笑顔で時雨を見送った後、一人であんみつを食べに行く気にもなれず。
寂しく帰路についていた。
「まさか、時雨に断られるとは……はあ」
大きな溜息が空に消えていく。
「久しぶりに一緒に帰れると思ったのにぃ……。この後どうやって時間つぶそ?」
考えていても妙案は沸いてこない。仕方ないふて寝でもするかと心に決めた。
そうとなればとっとと帰るのみ!
足から火花をだす位の心持で歩くスピードを速める。
ひたすら無心で五分位歩くと、家が見えてくる。
特筆すべき事がなにも思いつかない程度には普通の家。
変わった点があるとすれば……うーん、屋根が赤いってくらい? でもそれだってここら辺じゃあ確かにうちだけだけど、別に珍しい事じゃあないもんね。
「さて、今日はどっちの日かなー」
呟きながらドアノブに手をかける。ガチャンという音と手に伝わる衝撃。案の定、鍵がかかっている。
「いない日だったか」
たまーにお母さんがいる時がある。その時は鍵が開いてるんだよね。
手早くカバンからカギを取り出し、ドアを開けようと、した。
「……ん?」
その時キラリ、とカバンの中で何かが光った。
「? なんだろ……」
光の正体を確かめようと、カバンの中に手を伸ばす。
硬い、結構大きいな。しかも重いぞ。
「これは……あ!」
思わず声を上げてしまった。
これは、前に借りた時雨の本じゃないか!
そうか。読んでほしいって熱心に頼むから、借りたんだけど、余りに分厚すぎて途中で眠くなって、もう返してしまおうとカバンにしまったっきりすっかり存在を忘れていた。
道理で最近カバンが重いなと思ったよ。
「ブックカバーが光ったのかな……でもちょうどいいかも。これでも読んで暇つぶそうかな」
お気に入りの歌を口笛で吹きながら鍵を開けて、中に入る。
とりあえず、退屈はせずにすみそうだ。
…… 二時間後 ……
「だめだ……飽きた」
私は、机に突っ伏して顔を下にする。
いや、分かってはいたんだよ? 時雨の好みなら知ってるしね。
あいつが重厚なファンタジーが好きだって事は重々承知してるのさ。
でもね、いくら何でも暗い。暗いし重い。冒頭から人死にまくってるし、腕とか吹き飛ぶし。
想像しただけで超痛いよね、ああ嫌だ。
それに世界観もさ、伏線張りすぎてもうお腹いっぱいって感じ。
私の様な飽き性にはとてもじゃないけど読み切る事はできませーん。
「時雨には悪いけど……やっぱり明日帰そう」
てことで、机から離れてベットにダイブ! そのまま布団を被ってごろんと横になる。
いい時間だし今日はもうこのまま寝てしまおう。
お風呂はいいや。さっきシャワー浴びたし。
目を瞑ると一気に眠気がやってくる。
私はそのまま夢の世界へと旅立っていった……。




