まくあいショート『病人とスミレと王子様』
まくあいショート『病人とスミレと王子様』は、5.5話。
つまり、五話と六話の間にあった外伝的なお話となります。
「こんにちわ~!」
「あ、す、菫さん……」
元気よく私の病室に入ってきたのは、先日仲間になってくれた橘菫さん。
私と時雨の一個下で、私達と同じ学校……東白百合高校に通う一年生。
前に私が勧誘した時はあとちょっと……って所でモンスターに邪魔されちゃって。
その後私が入院したりなんだりしてる間に時雨がまた勧誘してくれたみたい。
「先輩、傷の具合はどうですか? 痛い所ないですか?」
「あ、うん。痛いのはもう、全然。痒みも大分減ってきた、よ? その、まだ、右手は痺れて物持てないけど……」
「そうですか! 治ってきてるみたいで良かった~……あ、今日は目の方、治していきますね!」
「あ、うん! よ、よろしくっ……!」
『スキャン完了! 変身<ジョブチェンジ>! “ソウリョ”!』
菫さんの持つジョブ……“ソウリョ”は凄い力を持っていて、他人の傷を治せるんだって!
その力でこうやって、もう一生治せないくらいボロボロだった私の身体を治療してくれてるんだー。
最近は毎日の様にお見舞いに来てくれて、五分くらい回復魔法を使って貰った後、一時間か二時間くらいお喋りしてさよなら……を繰り返してる。
妖精曰く五分だけでも変身や魔法の使用は疲労を蓄積するから、治療は焦らずゆっくりと! だって。
まあ私もゆっくり治療するのには賛成かな?
傷が治ってもそれで菫さんが倒れたら意味無いしね!
ゆっくりとはいえ現代医療とは一線を画す回復魔法。
その治療の成果たるや、お医者さんの先生も驚きで、切り離された筈の右腕が生えてる所を見た時は目を真ん丸くしてた。
色々質問攻めにあったけど、予めみんなで決めた通り、知らぬ存ぜぬで押し通した。
そうしたら質問は終わったけど、今度は検査の回数が増えた。
むー……折角学校サボってベッドでゴロゴロ出来る時間なのに……。
「はい! これでどーですか?」
そんな事を考えていたら治療が終わったらしい。
どーですか……って言われても、今私の両目は包帯で塞がれてる。
このままじゃ治ったかどうかも分からない。
「じゃ、じゃあ包帯取ってみても良いですか!? 一応感覚的には今ので右目が治ったかなーって感じなんですけど……」
「え!? う、うん……わ、分かった。いいよ」
返事に一瞬詰まっちゃった。包帯……取るのちょっと怖いな。
もし治ってなかったら、醜い顔を菫さんに晒す事になるし。
でももし治っていたら、っていう、ちょっとした期待も勿論あってさ。
期待半分、怖さ半分。あー心臓がドキドキする~……って思ってたら、
「うひっ!?」
「あっすみません。痛かったですか?」
「う、ううん。びっくりしただけ……」
いきなりほっぺに温かい感触がして、変な声だしちゃった。
そっか、包帯取るって事は触るって事だもんね。
な、なんだろう。人の持つ“オーラ”? みたいなものを正面から感じる……!
すぐそばにいるんだ……菫さん。
前に一度だけ見た菫さんの顔を思い出す。
どこかあどけなさを残した、可愛らしい女の子だった。
見ただけで綺麗に手入れしてる事が伝わってくる艶やかなセミロングヘアで、時雨程じゃないけど、胸が大きかった気がする。
それに時雨に比べて筋肉量が少ないのか、身体がふわふわっとしてて柔らかそうで……これぞザ・女の子の身体! って感じで……って何考えてるんだ、私!?
あーやばい、やばい。近くにいる~いるよ~……!?
なんかいい匂いするし……!
私臭くないよね!? 大丈夫だよね!?
やばい、お風呂まだ入れてないよぉ!
看護婦さんがタオルで拭いてくれてるからもうそれに賭けるしかないっ!
頼む、汚れ落ちててくれーッ!!
「ゔっ……!?」
「ぅえ!? ダメだった!? やっぱり臭かったんだ、私ィ! ごめん! 許して! もう自分で解くから放してっ、お願い、何でもしますから!」
「あ、ご、ごめんなさい! い、今のは違くて! えっと……ひ、左目の方はまだなんで、包帯巻いときますね!」
「あ、うん……」
そっか。臭かったからじゃない。
今菫さんが息を漏らしたのは、私の顔を見ちゃったからだ。
目が溶ける位だもん。やっぱり酷い状態なんだね……。
「はい、出来ましたよ! 目を開けて見てください! 葉月先輩……?」
ちょっと怖いけど……恐る恐る目を開けてみる。
ぼんやりとした光……曇りガラスの向こうみたいな世界。
あ、ピントが合ってないんだ。そう気付いてから、一気に視界がクリアになる。
「見える……右目、見えたよ! 菫さん!」
「ほんとですかっ!? やりました! 良かったですね、先輩!」
「うん、うん……! ありがとう、菫さん!」
「いえ、そんな……! お礼を言われる様な事じゃないです……むしろ、私は……もっと責められるべきかと」
「え? 責めるって……どうして?」
「だって、私が初めから戦っていれば、先輩は傷つかなかったかもしれないんですよ……!?」
それは……そうかもしれない。
ワームの時に菫さんが変身して倒してくれていれば、私も少しは体力に余裕があっただろうし、もうちょっと違う展開もあったかもしれない。
「そう、ですよね。やっぱり、私が悪くて……」
「いや……それでも、菫さんは悪くないし、私はお礼を言うかな」
「! どうして……」
「だって菫さんには戦う理由が無かったんだもん。何もなければ、誰だって戦いたくないよ。私は何か成り行きでこんなんなっちゃったし、時雨は私に付き合ってるだけだし……怖いって思った菫さんの気持ち、よく分かる。私だってほんとは────」
「……先輩?」
「────ううん! とにかく、菫さんはこうして変身して私を治してくれた。だから、ありがとっ菫さん!」
「葉月先輩……! やっぱり先輩は……私の王子様です……!」
「お、王子様……?」
「はいっ!」
菫さんは嬉しそうにニコニコ笑う。
「私、前に葉月先輩に命を守ってもらった事があって」
命……ああ、ワームの時のかな?
私が押し倒しちゃったやつ。
「いえ、それもそうですけど……もっと前です」
「もっと……前?」
「東京で、大きいドラゴンを倒した事、ありませんか?」
「あ、ある……。え、まさか」
「はいっ! あの時食べられそうになってたのが私ですっ!」
「そ、そうだったんだ……!」
「あの時は本当に怖くて……ずっと、お礼を言いたいなって思ってたんですよ。守っていただき、ありがとうございます」
「い、いや、そんなっ……私の方が、ずっとお世話になってるしっ!」
「あの時の先輩は本当にカッコよくて……まるで、王子様みたいだなって」
「王子様……私が……?」
「はい! 颯爽と現れて、悪い竜を倒して去る……完璧に王子様ですよっ! 小説とか、漫画の世界みたいな!」
菫さんは興奮した様子で私を褒めてくれる。
褒められるのは嬉しいんだけど、普段あんまり褒められる事が無いからか……なんか照れちゃうね。
王子様なんて、初めて言われたよ。
時雨が中学の時、そんな風に言われてる所は聞いた事あったけどさ。
ほらあいつ背も高いし、顔も良いし。頭も良くて運動神経も抜群。
中学の時はバレー部のエースだったから女子からもキャーキャー言われてたっけなぁ……。
もちろん、私にそんな浮いた話は無かった。特段言う事も無い位、平凡な人間だったし。
私の容姿を褒める奴なんて時雨くらいで、今更あいつに何言われてもなぁって感じだったし。
だから……高校生にもなって、初めて。時雨以外の人にこんなに褒められた。
上手く言い表せないけど、なんか嬉しいな、こういうの。
なんて照れていたら、菫さんが変な事を言い出した。
「ね、先輩……さっき、何でもするって言いましたよね?」
「え? う、うん……?」
確かに勢いに任せてそんな事口走った気もする。
「じゃ、一つだけ。お願い、聞いて貰っても良いですか?」
「う、うん……いいよ?」
私は深く考える事もなく頷いた。
菫さんには大きな恩がある。
こんな事なくても私で出来る事なら力になりたい。
そんな風に思っていたけど、菫さんのお願いはその考えが全部吹き飛ぶ程のものだった。
「やったぁ! じゃあ、えっと……ギュッてして貰っても良いですか!」
「エ!? ギュッて……抱きしめろ……ってコト!?」
「はいっお願いしますっ! えーい!」
「わわわ!?」
言うが早いか、菫さんが私に抱き着いてきた。
マシュマロの様な柔らかさに全身が包まれる。
お菓子の様な甘い匂いが風に乗ってふわりと漂い、鼻孔をくすぐる。
ああ、もうダメだ。だって息をする度に菫さんの匂いがするんだもん。
頭の奥がツンと痺れる。
目の前に広がる菫さんの顔が、治ったばかりの瞳を刺激した。
菫さんはほんのりと頬を赤らめて、何かを期待する様な目で私を見ている。
私は悟った。もう選択肢は残っていないんだって。
震える腕を、彼女の背中に回した。
私達の間の距離は、たった今ゼロになった。
心臓の鼓動があまりにもうるさい。
菫さんはどこか嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます、先輩。これで夢が叶いました!」
「あ、そ、そ、そう? よ、ヨカッタネー……」
「先輩! これからは傷ついても私が治しますからね!」
「は、ハイ……コンゴトモヨロシク……」
心臓って、一生の間に鼓動出来る回数が決まってるんだって。
今日だけで私は何年分の鼓動を使ったんだろう。
は~……顔あっつい。真っ赤なんだろーなー私。
こんな所、時雨には見せられないよ……。
そんな下らない事を考えていると────ガラリ。
と、病室のドアが開いた。
マズイ! 看護婦さんだっ! と思ったけど、違った。
「…………葉月? 菫? 何やってるの……?」
「あ、時雨先輩!?」
────もっとマズイ人だった。
「し、し、し、時雨サン……ち、違うっこれはっいわゆるあの、誤解でェ……!?」
「葉月はちょっと黙っててくれる?」
「あ、ハイ」
「時雨先輩、早かったですねっ! もうモンスター倒してきたんです────」
「────そんなことより。菫、葉月に抱き着いて何をやっているの? まさか、それが治療?」
「え? 違いますよー! 治療ならさっき終わりましたっ!」
「うん、そうだよね。回復魔法を使うのに、そんなに抱き着く必要ないもの」
(こ、こえぇ~……!!)
「あの……時雨先輩? なんか……怒ってます?」
「うん」
ふぇぇ……ノータイムでの肯定、怖すぎりゅぅ……!
「とりあえず、葉月から離れて」
「え? あ、はい……」
菫さんは若干名残惜しそうに、私の背中に回していた手を離すと、そのまま立ち上がった。
ちょっとだけ寂しい気もするけど、離れた事で心臓の鼓動も落ち着きを取り戻す。
「いい、菫? 葉月は怪我をしているの。過度な接触で刺激を与えちゃダメだよ」
「え? でも、ちゃんと聞きましたよ、葉月先輩に。痛い所無いですかーって? そうですよね、先輩!」
うぉおおお突然のキラーパス!?
私に振らないでくれーッ!?
こうなったら、必殺! 『曖昧に微笑む事で何か有耶無耶にするっ!』を使うしかない!
「あ、えへ。うぇへへ……へ」
「葉月に聞いても無駄だよ。こういう時、葉月ははっきりと答えないから。多分、『曖昧に微笑んで自分の態度を有耶無耶にしよう』とか考えてるんだと思うけど」
あ、全部お見通しですか、そうですか……えへへ。
「菫、物理的に痛い所がなくても、葉月には抱き着いちゃダメなの。葉月は人見知りだから、そんな事をしたら精神的な刺激が強すぎて、心臓に大きな負担をかけちゃう」
「な、成程……人見知りだったんですね、葉月先輩。気付きませんでした~……すみません」
「分かってくれたのならいいの。葉月の治療をしてくれてありがとう、菫。今日は私も来たし、もう帰っても大丈夫だよ」
「えっともうちょっと葉月先輩とお喋りしたいかな~って────」
「────帰っても大丈夫だよ」
「え、時雨先輩……?」
「何?」
「……ひょっとして、まだ怒ってます?」
「うん」
「し、失礼しました~っ!!」
「気を付けて帰ってね」
(こ、こえぇ~……!!)
バタンっ! と勢いよく病室の扉を開けて、逃げる様に菫さんが外に飛び出していった。(※病院で走るのは危ないのでやめようね!)
菫さんが出ていったのを確認してから、時雨はベッドに腰掛けて、私の手を握る。
「葉月……大丈夫だった? 菫と二人きりで、辛くなかった?」
その言葉で、私は何で時雨がこんなに怒ってるのか、完璧に理解出来た。
どうも時雨は誤解しているみたいだね。私が他人である菫さんの事を、苦手だと思ってる。
私は確かにちょっと人見知りしちゃう所があるけど……菫さんの事を苦手だと思っていない。
そりゃ、確かに最初は他人だったよ。
でも、話している内に、菫さんが本当に良い子だって分かってきたからさ。
だからきっと、もう他人じゃないんだ。
まだ胸を張って言える訳じゃないけど……多分、友達、じゃ、ないのかな。
「そっか」
そう伝えると、時雨は安心した様に微笑んだ。
こういう時の時雨はお母さん似だ。
どこかおばさんを思い出す、聖母の様な優しい顔。
「ねえ、葉月。私も……抱きしめていい?」
違った。悪魔だった。
ごめん、悪魔は言い過ぎた。
「ごめんね、葉月。痛かったら言ってね……」
時雨はやっぱり時雨だった。
私が断れないのをよく知ってる。
返事も聞かずに抱きしめてきた。
時雨の身長は、菫さんよりも大きい。
だから全身を余す事なく、密着させられる。
時雨の体温、匂い。なんか随分久しぶりな気もする。
人にはダメって言った癖に、自分は平気だろうって考える辺りが最高に“時雨”って感じだ。
こんなのダメに決まってるじゃん。折角落ち着いたのに、また心臓が鳴りだした。
はぁ……顔があつい。やっぱりこんな顔、誰にも見せられない……。
そんな下らない事を考えて、ふと視線を逸らすと。
「ハ、ハヅキ……シグレ……何をやってるの……!?」
病室の窓の外にいる妖精とバッチリ目が合った。
いや、なんだこの負の連鎖は!? 次は妖精と抱き合えってか!?
もういいから、とっとと終わって~っ!
まくあいショート『病人とスミレと王子様』 おしまい。




