七章 空中の激戦 VSグリフォン
『東京』
「はあ……はあ……! いたっ!」
ワイヤーで移動する私の前方。
高層ビルが立ち並ぶ摩天楼の上空。
獲物を品定めするように、悠々と旋回する、黒い影。
ライオンの様な身体に、大鷲の頭と翼。
ワークベンダーがひとりでに動き、情報を表示する。
『種族:“グリフォン” ユニーク:“奈落谷のガルドゥス” 奈落谷を縄張りにする数多くのグリフォンの中でも一際、狡猾で残忍。多くのギルドライバーが彼の前に散り、奈落谷の悪魔と恐れられている』
「ユニーク……」
「まずいねシグレ。あいつは普通のモンスターとは一味違う……気を付けて!」
「うん。ありがとう、妖精さん」
右手のナイフを握り直し、奴に迫る。
こちらの放つ殺気に向こうも気付いたか。
街中に響く大きな声を上げて、身を翻し、急降下していく。
「……? こっちにこない。逃げていく?」
この距離からでは攻撃は当てられない。
私はすぐにワイヤーを張り直し、奴の後ろを追っていく。
叩きつける様な風を全身に感じる。
ガルドゥスの飛行速度はあの巨体から想像されるよりも遥かに早い。
追うだけで精一杯だった。
ビルの合間をジグザグに縫って進む。
やがてひらけた場所に出た。
「まずい……!」
街には人が沢山いる。
ガルドゥスは、適当に降り立って、三人の人をかぎ爪で掴むと、急上昇する。
そして、最も高いビルの更に百メートル位、上まで飛んだか。
掴んでいた人達を、あっさり手放した。
「っ駄目!」
自由落下していく人たち。
ワイヤーを限界まで張って急いで上に登る。
あの高さから地上に落下すればまず助からないだろう。
「シグレ駄目だ! 罠だよ、これは!」
「分かってる! けど行くしかない!」
ビルの屋上に到達すると同時に、落ちてきた男の人とすれ違う。
(そのままキャッチしただけじゃ駄目だ。反動を殺さないと……!)
私は屋上から飛び降り、男の人を掴む。
急上昇の影響からかありがたい事に気絶している。
パニックで暴れられれば危険だった。
すぐにワイヤーを伸ばし、すぐそばを落下していた別の人を引き寄せる。
「後、一人……」
左手で、二人を抱えながら、右手を伸ばし、斜め上にワイヤーを止める。
そのまま振り子の要領で移動して反動を殺しつつ、近くのビルの屋上へ飛び移った。
「荒っぽくてごめんなさいっ!」
駆け抜けながら謝り、助けた二人を屋上に投げ置き、そのまま走り抜け、再び空中へ。
少し離れた位置に落ちてきていた女性にワイヤーを引っ掛けて手繰り寄せる。
「これで全員……」
「シグレ危ない!」
ガルドゥスが落下する私に攻撃を仕掛けてくる。
刃の様に鋭い四本のかぎ爪が巧みに襲い掛かってくる。
「うっ!」
背中と肩の肉に爪が食い込む。
鮮血が宙を舞った。
私は必死にナイフを振って、反撃に転じようとするもリーチが違いすぎる。
奴もそれを理解していて、一撃を加えるとすぐに離れてしまった。
態勢を崩しながらも、何とか地上に着地し、女性を地面に寝かせる。
女性は気を失ってはいるが、怪我一つなく生きていた。
「シグレ、どうする? あいつは多分このままヒット&アウェイでじわじわとこちらを削る気だ」
いやらしい戦法だよ、と妖精さんが悪態をつく。
だがどんなにいやらしくても有効な手ではある。
人質でこちらの動きを制限しつつ、一撃離脱で確実に戦力を削ぐ。
なるほど。確かに、悪魔と恐れられるだけはある。
「とにかく近づくしかない」
ガルドゥスはこちらを誘うように、空中に停まっている。
私が動き出したのを見て、またビルの間を縫って移動しだした。
右に左に、上に下に。
視点がぐるぐると目まぐるしく動く。
羽ばたきによって巻き起こる風に吹き飛ばされそうになりながら、何とか食らいついていく。
ふと、奴がスピードを速めて、ビルの角を右に消えた。
私もそれを追って、角を曲がる……と。
(! 待ち伏せ!?)
角の向こうで、奴が待ち構えていた。
踊る四本の爪を、ナイフを駆使して何とか捌く。
素早くその場から離脱しようとするガルドゥス。
だが、私もこの機を逃すつもりはなかった。
私の獲物はナイフ。遠距離武器はなく、近づいてしか攻撃できない。
そして敵の動きは素早く、接近は困難。
だが、一つだけ敵が近くにいる時がある。
それが今。即ち敵が攻撃する瞬間。
私はすれ違いざまにガルドゥスの身体に、ワイヤーを括りつける。
奴が飛び去る瞬間、凄まじい力でワイヤーが引っ張られる。
「くっ……!」
奴は私を振り落とそうと猛スピードで動き回る。
このスピードでは、ワイヤーの伸縮が上手く機能しない。
私は必死に掴まりながら、少しずつ、縄を手繰り寄せて近づいていく。
「あと少し……!」
「シグレ、前!」
「え?」
鈍い音。身体に走る衝撃。痛み。
目の前が真っ暗になる。一秒の気絶。
意識が覚醒してようやく、ビルに叩きつけられた事を知る。
さっき動き回っていたのは振り落とす為じゃない。
より強い力でぶつけるように、遠心力を高める為だったんだ。
空中に投げ出された私は姿勢制御の為に左手からワイヤーを出そうとして、気付いた。
腕が動かない。
(折れてる)
気付くと同時に激しい痛みが襲う。
脂汗が額から、頬へと流れていく。
「とにかく、着地を……!」
だが、ガルドゥスも今の一撃が致命傷だったと理解していた。
私に息つく暇を与えず、攻め寄せる。
縦横無尽の四本脚。
片手で捌けるものではなかった。
「う……!」
爪がお腹を切り裂く。
と同時にガルドゥスの嘴が妖しく光った。
傷口から肉がついばまれ、引きちぎられる。
「うあああああ!」
余りの痛みに悲鳴を上げる。
出血が止まらない。
もう手を下す必要は無いと判断したのだろうか。
ガルドゥスがまた離れようとする。
(ここを逃がせば、もうチャンスは無い!)
歯を食いしばって、再びワイヤーを括りつける。
「シグレ! 無理だ、一度逃げよう!」
「私は……逃げない……!」
とは言っても、最早私にこの猛スピードの中、ワイヤーを手繰り寄せる力は残されていなかった。
振り回される度に血が身体から抜け落ちていく。
身体が寒い。手がかじかんで、上手く動かない。
死を覚悟した。
その瞬間。
「神よ、悪しき存在を縛り付け給え!」
光が、ガルドゥスの身体を包んだ。
途端に、動きが遅くなる。
「今です、先輩! 私が動きを止めてるうちに!」
血走った視界の端で、叫ぶ菫さんが見える。
この速度ならワイヤーの自動伸縮が使える。
すぐに私は奴の背中に飛び乗った。
足でしっかりしがみつきながら、震える指先でナイフを握りしめ、振り下ろす。
何度も、何度も。必死になって突き刺した。
ガルドゥスが断末魔と共に、地上に落下する。
凄い衝撃がして、地上に投げ出され、倒れこむ。
顔を上げると、血の泡をふいて絶命する奴の姿があった。
「勝った……」
「先輩! 大丈夫ですか!? 今治します……神よこの者に癒しの祝福を」
倒れる私の下に菫さんが駆け寄ってくる。
何やら呪文を唱え、傷口に優しく触れた。
「痛! ……くない?」
気付けば、腕も、お腹も、すっかり元通りに治っている。
痛み一つなかった。
「すごい……ありがとう、菫さん」
「菫でいいですよ。もう、こんな無茶はよして下さいね。次からは私も一緒に戦いますから」
「……いいの?」
「……私にも、大事な人がいます。それだけです」
「そう。……ありがとう、菫……でも」
私は菫の恰好をじっと見る。
「な、なんですか……?」
菫の恰好を一言で表すなら、白いビキニ。
胸と股間の部分に布があるだけで、後は頭に丸い小さな白い帽子がちょこんとのっている。
その姿は、正に頭隠して尻隠さず。
パンツの部分は結構食い込んでる為、肩から羽織っている法衣の様な緑のマントが捲れてしまったらほとんどお尻が丸見えになるだろう。
「その恰好は、ちょっとどうかと思うけど……」
「貴方に言われたくないですよ!?」
「ごめんなさい。別に菫の感性を否定したい訳ではなくて──」
「好きでやってるみたいに言わないで下さい! こっちも恥ずかしいんですよ! ていうかこれ、どうやって戻るんですか!? 誰か教えてえええええ!!!!」
菫さんの絶叫が街に木霊する。
汗ばんだ身体に吹き抜ける風の心地よさが、夏の始まりを感じさせた。
第五話 おしまい。




