一章 ある女子高生の日常 VSドラゴン
大都会のど真ん中。
乱立するビルの一つ、その中でも一際高いそれの屋上で私は足を止めた。
高所だからか、風が強い。
思わずスカートの端を抑えようとして、ここには他に誰もいない事に気付き、やめる。
「反応があったのはここ?」
顔を隣に向けて、『妖精』に問いただす。
妖精は、風の影響を物ともせずにふわふわと宙に浮いている。
大きさは手の平サイズ。漫画とかでよくある金色の髪に、ピンクの服。
薄い翠の蝶の様な羽を広げているが、殆ど動かしてるところは見た事ない。どうやって浮力を生み出してるんだろ……?
とまあ、見た目だけは神話の『妖精』に近いから私は『妖精』と呼んでいる。
「うん! 間違いないよ! この辺この辺!」
同意のつもりなんだろうけどブンブンと空中を飛び回るのはやめて欲しい。
視界がちらちらと遮られてうっとうしいし、ぶつかりそうでちょっと怖い。
「この辺って言われても……何も無いけど……?」
辺りを見渡すと、丸っこい貯水槽がある位で、後は特に目立つものもない。
きょろきょろと首を動かしていると、妖精が呆れたように、息を吐いた。
「そっちじゃないよー! もっと下の方だよ! 下」
「……下?」
その瞬間、微かに悲鳴が聞こえた。
急いで走ってビルのへりから身を乗り出し、下を見る。
「あれは……!?」
大体百メートル位下の方かな。
人が大勢いる真昼のスクランブル交差点の中心。
“そいつ”は、いた。
人一人軽々と飲み込みそうな口。鋭い爪、大きな牙。
鱗がびっしりと生えた翼をひらめかせ、一際大きな咆哮を上げる。
誰がどう見ても現実的じゃない。ドラゴンである。
「いたいた! “モンスター”だよ! ね? 下だったでしょ?」
興奮した妖精が、こちらを向いてどや顔をつくる。
「下にいるなら先に言え! 何がこの辺だ! ぜんっぜん当てにならないじゃんか!」
「えへへごめんごめん。でも、種族はちゃんとドラゴンだったでしょ?」
言葉では謝っているが、全く悪びれる様子はない妖精の態度に、私はまずこいつに蹴りをいれてやろうか真剣に悩んだ。
でも未だ下で聞こえ続ける悲鳴に冷静になる。
「あんな人が一杯いる所でモンスターに暴れられたらヤバイよハヅキ!」
妖精の言葉に私は頷く。
「分かってる。いくよ! “変身”!」
掛け声と共に、私は屋上から飛び降りた。
空中で風に煽られながら手の中に持ったカード……勇者の証“ジョブ・パスポート”を左腕の腕時計にかざす。
『スキャン完了! 変身<ジョブチェンジ>! “ユウシャ”!』
腕時計から奇妙な音が鳴り響く。(正直、ダサいからやめて欲しい)
音と共に、私の身体を光が包んだ。
私は光に身を委ねる。
やがて、光が一際大きく輝き弾けると。
私の服があっという間に姿を変える。
短いスカート丈の藍色袖なしワンピース、背中には赤いマント。
絶対領域を創り出す黄色いロングソックスに革のブーツ。
何ともまあ見事なくらい、ゲームとかでよくありそうな勇者のコスプレ衣装って感じだ。
うーん何度やっても全く慣れそうにない……。
「ハヅキ! ドラゴンが!」
妖精の叫び声で、顔を上げると、ドラゴンが口を大きく開けている。
ドラゴンの前には、逃げ遅れたであろう女の子。
腰が完全に抜けているらしい。動けそうにない。
「あのままじゃあ後三秒もすれば食べられちゃうんじゃないー?」
他人事みたいに言いやがる。この腹黒妖精め。
「そんな事させない! はああああ!」
気合いを込めて右腕に力を集中させる。
バチバチと弾ける電光が手の中に生まれた。
「轟け! イカヅチよ!」
呪文にのせて右腕を突き出し、魔法を唱える。
稲妻が唸りを上げて、空を走った。
「ギャオオオオオオ!?」
突然、ランチの邪魔をされてびっくりしたんだろう。
雷に打たれたドラゴンが叫ぶ。かなりうるさい。百メートル先でも結構聞こえる位だったもんね。
「ハヅキ! こっちに気付いたみたいだよ!」
ぎょろりと、奴の大きな目玉がこっちを捉える。
そして、大きく息を吸い込みはじめた。
「炎を吐いてくるよー。避けて避けて!」
「耳元で叫ぶな! 分かってるよ!」
落下の速度そのままに、ビルの壁面を駆け抜ける。
勝負は、奴が火を吐くその一瞬!
「ゴアアアアアアア!!!!」
「! ここっ!」
壁面を強く蹴り、跳躍する。
目の前を、炎の渦が天に向かって通りすぎていく。炎の余波がビルの表面を、ドロドロに溶かしていく。
私は勢いに合わせてくるくると空中を回りながら移動する。サーカス団が見ていたら間違いなくスカウトされるだろう。
そのままドラゴンの頭上まで飛ぶと、背中の剣を抜き放つ。
「いっけー! ハヅキ! ドラゴン斬りだああああ!」
「はああああああ!」
遠心力を剣にのせて、渾身の一撃を繰り出す。
「ギャアアアアアアア!!!!」
肉を断つ感触。ドラゴンの断末魔が周囲に木霊した。
私がすたりと着地するのと同時に、ずずん! と地面に衝撃が走り、ドラゴンの巨体が崩れ落ちる。
「ふう……討伐完了、かな」
剣を鞘に納めると、ドラゴンの死体は、灰になってやがて風に消された。
「お疲れ様、ハヅキ! また一つ、世界を救ったね!」
「はいはいお疲れ様。とりあえず、野次馬が集まってくる前に早く行こう」
「えー? また上に昇るの?」
「我慢してよ。人がいない場所に行くまでは変身解けないんだから」
「見せちゃえばいいじゃん。皆の勇者様ですよーって」
「そんな恥ずかしい事出来る訳ないでしょ! いいから行く!」
「ぶーぶー」
ぶつくさ文句を言う妖精を尻目に私は地面を蹴り、電柱の上に移動する。
そのまま、看板の上へ跳び、手近な建物の屋上に移った。
…… 十分後 ……
「……ここならいいかな?」
この国の首都、東京と、その南に位置する私達の住む街がある島『白百合島<シロユリジマ>』を結ぶ巨大な橋『ホープ・ブリッジ』。
その下、砂浜の上で私は変身を解除する。
「ふう……やっとコスプレから解放された……」
「コスプレとはひどいなあ。そこらの偽物と違ってちゃんと力を持ってるじゃないか」
「いくら力があったってあんな衣装は恥ずかしいって思うのが普通だよ……」
「なんで?」
きょとんとした顔で妖精が小首を傾げる。
その態度は可愛らしいが、所詮は異世界から来た謎生物。人間の心など分からないのだろう。
「なんでって……他の人と違うからに決まってるでしょ。露出だって結構激しいし……あのスカートなんて結構ゆるい筈のうちの学校の制服よりも短いしね」
「露出なら“ユウシャ”のジョブはまだいい方だと思うけどなあ。“レンジャー”のジョブはおへそも見えてるくらいだし……露出がないのは“アサシン”のジョブかな? だって全身が……」
「ちょ、ちょっと待って……? アサシンにレンジャー? なに? “ジョブ・パスポート”って“ユウシャ”以外にも存在するの!?」
「もーハヅキ……一番最初に説明したじゃないか! ジョブパスを集めて世界を救って欲しいって」
「さ、最初……?」
言われて私は記憶を辿る。
最初に妖精と出会ったのは、私が初めて変身した一週間前の爆発事件。
その前日の、事だった。




