一章 まだまだ女子高生でいけます
…… 葉月達がワームを撃破した、その翌日 ……
<東京 SAIJYO-TV 第二スタジオ 控室>
三回。
それ以上でも、以下でもない。それ以外のノックをすると、あの人は怒る。
私は控室の前にしてある貼り紙を念入りに確認する。
『海野美玲<ウミノミレイ> 様 控室』
よし、今日は間違いない。
というのも、以前に一つ部屋を間違えてしまった時があった。
その部屋にいたのが、業界では知らない人はいない程の大御所の方で、それはもう肝が冷えた。
幸い、お優しい方だったので笑って許して下さったが、それ以来、必ず確認してからノックするようにしている。
コンコンコン。
いつも通り、三度のノックの後、声をかける。
「美玲さーん。私です。京子ですー。そろそろ、収録の時間ですけど……入ってもいいですかー?」
「………で……が……」
「? 美玲さーん……?」
なんだろう? 話し声が聞こえる。
中には美玲さんしかいない筈だけれど……。
耳を澄ませると、会話が少し聞こえる。
どうも、誰かと電話しているみたいだ。
『そう。それで……飛び出してきちゃったの? 貴方も中々気が早いわねえ』
『────』
『え? 私? そりゃあ気持ちは分かるけど……ねえ?』
『────』
『それで、どうしたの? その人。……殺しちゃったの?』
え?
……私の聞き間違いだろうか?
確かに、今、随分と物騒な単語が聞こえた。
殺す……とか、なんとか。
どう考えても穏やかじゃない。
私は更に扉に張り付いて、聞き耳を立てる。
『へー意外。刺さなかったの、トドメ。貴方にそんな良心があったなんてねえ……』
『────』
と、トドメを刺す……?
『私なら、そもそも正面から会わないわね。やるならコッソリと。貴方みたいに義理堅いタイプじゃないの』
や、殺るならコッソリ……?
い、一体美玲さんはどんな話を……。
「あのーすいませーん」
「…………」
「すいません、美玲さんのマネージャーの方ですよね?」
「!? は、はい!?」
急いで扉から離れて振り向くと、スタッフさんがこちらに声を掛けていた。
「ど、どうかしましたか?」
至って平静を装いながら返事をする。
「いや、美玲さんもう時間なんで、スタンバイお願いします」
「あ! わ、分かりました! すぐに向かわせます!」
仕方ない。
私はもう一度三回ノックをすると、今度は返事を聞かずに中に入る。
わざと音が鳴る様に、少し強めにドアを開ける。
美玲さんは流石にこちらに気付いた様で、少し驚きながらもすぐに微笑みかえし、
「ごめんなさい。マネージャーが来ちゃったわ……じゃあまたね? ──ユキちゃん」
と言って電話を切った。
「あの、美玲さん。さっきの電話……」
「ん? ああ、親戚の子よ。私になついちゃって、たまに連絡取ってるの」
「……殺す、とかなんとか聞こえましたけど」
聞きづらいけれど、マネージャーとしては聞かない訳にはいかない。
万が一、犯罪者と関わりがあるなんて事になれば、大変だ。
なんて返ってくるのだろうと、内心緊張している私の感情とは裏腹に、美玲さんは事も無げに、
「ああ。ゲームよ」
と答える。
「ゲーム?」
「ええそう。ユキちゃんはまだ十二歳だからねえ。夢中なのよそーいうの」
「なんだ……ゲームの話ですか」
ホッと息を吐く。
そんな私を見て、美玲さんは鈴の様に喉を鳴らして笑った。
「あはは。殺人の話だと、思った?」
この人、ノックの音に気付いてたな。
それで、わざと大袈裟な言葉を使ってたんだ。
「からかわないで下さいよ……! 結構、ドキドキしたんですからね」
「ごめんなさい。貴方、可愛いから。いじめたく、なっちゃうのよね」
「はあ……それより、もう時間ですよ。スタジオに向かってください。映画の宣伝、しっかりお願いしますね!」
「分かってる。すぐに向かうわ」
美玲さんが立ち上がって、机に手を伸ばす。
少し、違和感があった。
左手に嵌めている腕時計。
あんなの、持っていたかな……?
美玲さんは机の上から、一枚のカードを手に取ると立ち上がった。
見たことないカードだった。
ラインが走っていて、中央に何か文字が書いてある様だが、小さくて読めない。
「なんです、そのカード? 収録で使うんですか? 私、聞いてませんけど……」
「ああ、これ? これはね、“パスポート”よ」
「……パスポート?」
「あははは! おかしいでしょう? カードのパスポートなんて!」
「そりゃあそうですよ」
免許証ならまだ分かるが、あんなパスポート聞いたこともない。
何せ、証明写真すらついてないのだ。
これじゃあ身分証明にすらならないではないか。
「でもね、これは紛れもなく、“パスポート”なの」
「はあ」
そこで、美玲さんは言葉を切った。
そして妖しく笑うと、ウインクしながら、冗談めかしてこう言うのだ。
「────地獄への、ね!」




