十章 じよしこうせいしつているかようせいはあつぷるぱいしかたべない VSワーム その3
「ハヅキ。キミはもう限界なんだよ」
「げん……かい……?」
妖精はいつもみたいに笑っていない。
ただ、私を見据えて、淡々と言葉を連ねていく。
「キミは、これまで何度も動けなくなるほどのダメージを身体に受けてきた。何度も反動で行動できなくなるほどの力を引き出してきた。そんな無茶な戦いを繰り返して…………なんの代償もないと思ってたの?」
「それは……」
確かに、最初にオークと戦った時も最後に気絶して……マシーナと戦った時も腕が痺れそうになるくらい頑張って……で、でも、いつもすぐに回復して動ける様になってたし! そんな限界なんて言われても──!
「キミの言いたい事は分かるよ。でもねハヅキ、人間の体力には限界があるんだ。ボクは言ったよね? 変身は体力を消耗する、と」
確かに以前、それらしき事を言われた気がする。
「ただ戦うだけでも多くの体力を消耗するんだ。今まで回復していたのはキミの体力を削って無理矢理に動ける力を捻出していただけに過ぎない。ギルドライバーというのは本来ダンジョン攻略……つまり短期決戦を想定している」
「ど、どういう意味……?」
「こんなに一人で毎日連戦する事は考えられていないんだよ。つまり、実際ならしっかり休めば問題なく回復していた。でも、一人だったキミは無茶な戦いを続けて……体力の限界が来てしまったんだ。キミは今、まともに戦える状態じゃない。すぐにでも休むべきだ。その為にも仲間が必要だったんだけど………」
ちらり、と妖精の視線が移る。
視線の先にいるのは、茫然と佇む、少女……菫さん。
「ちょうどいいねー! そこに、スミレがいるから。彼女にやらせよう」
「よ、妖精! ちょっと待っ──」
妖精はあくまでいつもの、軽い調子で言った。でも、その目は笑っていない。
私の返事を待たずに背中を向けると、菫さんの下に飛んでいく。
「やあスミレ。話は聞いていたよね?」
「え? え?」
「もう一刻の猶予もない。ハヅキが戦えない以上、この場にいるギルドライバーはキミだけだ。今すぐに変身して! モンスターが街を壊す前に!」
「な、なんで……私、見るだけって……! そ、それにドラゴンを倒せる様な王子様……葉月先輩でも勝てない化け物に私なんて敵う訳ない!」
「ハヅキは今疲れてて本来の力を出せないんだよ! 心配しなくても変身して戦えばキミの方が強いってすぐ分かるから早く変身して!」
「へ、変身って──」
菫さんが手に持ったパスをみつめた時。
「キキキ! キシャアアアア!!!!」
ワームが動き出した。
巨体をしならせ、攻撃しようとする。
その矛先は……脇の民家。
今までは、私が攻撃を続けてたから、ずっとその矛先は私だった。
でも今は、その攻撃も止んでいる。
邪魔をするものは何も無いと、判断したんだろう。
ワームの尻尾が民家の石塀を破壊する。
飛び散った破片が、壁に激突し、鈍い音をたてる。窓ガラスは粉々に砕け散った。
中から若い女の人の驚きに満ちた叫びがした。
ワームはその声に敏感に反応する。
次の目標を決めたんだろう。
ゆっくりと家の敷地に入っていく。
「なにコイツ!? いやああああああ!!!」
悲鳴が通りに響き渡った。
私はちらりと菫さんを見る。
恐怖で身体が硬直している。
無理もないかもしれない。
……ワームは女の人の目の前まで移動すると大きく口を開けた。
「いやあああ、誰か、誰か……た、助け──!」
「くっそおおおおおおおおおお!!!」
悪いけど妖精。私は馬鹿なんだ。
後先考えて休むなんて、無理だね!
私は踏み込んで、剣を思いっきり尻尾に突きたてる。
ぐにゅ……と肉の感触がする。
柔らかいのに……まるで分厚いゴムみたいに、刃を弾こうとする。
「うあああああああああ!」
体力が限界なら! 限界を超えればいいだけ!
私は雄叫びを上げて、力を振り絞る。
胸が熱い。ユウシャパスが輝いて、夕暮れの通りを明るく照らす。
ぶしゅ!
音と共に、剣が肉に沈む。
吹き出る体液が、私の身体にかかった。
結構、臭い。
ねばねばして……気持ち悪い。髪に張り付いた。
落とすの大変じゃないといいけど。
「キシャアアアア!!??」
不意に尻尾に剣が突き刺さったんだ。
ワームだってびっくりする。
私には昆虫の気持ちは分からないけれど……奴の今の表情は多分、“怒り”に満ちている。
「ギギギギ! ギシャアアッ!」
ワームが口から、こっちに向かって毒霧を吐く。
私は魔法で風を呼ぼうとした。けど、遅い。
「うう!?」
まともに浴びてしまった。
(まずい……吸い込んだ……)
ギルドライバーは丈夫だ。表面なら触れても何ともなかっただろうけど……。
体内はどうか。
「う……が……あ……!」
膝に力が入らない。
私は、地面に倒れ込む。
多分、神経毒とかかな?
……まいったな。
ぴくりとも、身体が動かないや。
ああ。
妖精がなんか叫んで、菫さんに襲い掛かってる。
菫さんのパスを奪い取って、無理矢理変身させる気かな。
駄目だよ、妖精。
菫さんの意思も尊重しないと。
声に出したいけど、声は出ない。
耳元に熱い吐息がかかる。
目の前に、ワームが来たんだ。
もう食われるのかな私。
ああそっか。馬鹿だね私。菫さんが変身しないと、死んじゃうのに…………。
私は、目をつぶった。
他の人はどうなんだろ? 自分が死ぬ瞬間を見ていたい人? 見たくない人?
私は見たくない。
注射の時も、いっつも目を逸らして、見ないようにして、痛みが過ぎるのを歯を食いしばって待ってる。
だから今回もそうしてた。
歯を食いしばってその時を待ってた。
……でも。
いつまで経っても痛くない。
だから、私はゆっくりと目を開けたんだ。
私の目前に迫る、ワームの口。
それが、ピタリ。
と、止まっていた。
パアン!
と風船がはじけるみたいに。
ワームの身体が、弾けて散った。
「……葉月に触れるな」
夕焼けに照らされて。
二つに裂けたワームの死体の上に、時雨が一人立っていた。
汚れた銀のナイフが、鈍く光っている。
「葉月……大丈夫?」
「し、ぐれ……どうして? 部活は……」
「休んだ。それよりも、立てる?」
「えっと……」
試しに握りこぶしをつくってみる。
うん……ちょっと鈍いけど、立てなくは無いかも。
「肩貸すよ」
「あ、ありがと……」
☆☆☆ ☆☆☆
「ハヅキ! なんであんな無茶をしたのさ! ボクは『休め』って言ったよね!?」
「あはは……ごめん妖精。でも、行かなきゃあの人、死んでたし?」
「スミレがいたじゃないか! 任せてればよかったのに!」
「ごめんてば」
「そうですよ……」
「ん?」
菫さんが静かに口を開いた。
「どうして……なんでそんな、戦えるんですか? 私怖くて動けなくて、なのに貴方は……! 死ぬのが、怖くないんですか!?」
「死ぬのは……怖いけど、でもあそこで行かなきゃあの人が……」
「それがおかしいんですよ! 普通、他の人の為に、そんな風に簡単に命をかけられませんよ!」
「!」
「大切な人ならまだ分かります! でも、見知らぬ他人の為に何でそんな戦えるんです!? 私……私には、無理です! 世界の為とか言われても……そんなの!」
「菫さん……」
「ごめんなさい……私、帰ります」
「あ……」
菫さんは、くるりと背を向けると走っていった。振り返りもしなかった。
「あー……交渉失敗って感じ?」
「そうだね。でも、葉月のせいじゃない」
「うん。ありがと時雨」
「ありがとうじゃない! どーするのハヅキ!? キミはもう暫く戦えないのに! ここは無理矢理にでも仲間にさせるべきなのにー! ……どーなっても知らないからね、ボクは」
フン! と妖精が鼻を鳴らす。
私はこれから機嫌を取る事を考えて、ちょっと憂鬱になる。
……コンビニのアップルパイ、でいいかなあ?
第三話 おしまい。




