五章 あんみつを粗末にしてはいけない
…… 菫と美春の会話 その同時刻 ……
『あんみつ撫子 西白百合支店』
「……意外だったわ。貴方が和菓子に興味があるだなんてね──『一ノ瀬雪<イチノセユキ>』」
私は目の前で美味しそうにあんみつを頬張る雪の様に白い肌と、白い髪を持つ、十二歳の小さな女の子を見つめる。
このじゃじゃ馬がいきなり話があると言ってきた時は驚いた。
突拍子もなく呼び出される事自体は別に慣れているからいい。
問題は、話のついでにあんみつが食べたいと言ってきた事だ。
ただのあんみつぐらいなら別に用意させれば事足りる。
こいつはよりにもよって“あんみつ撫子”じゃないと嫌と駄々をこねたのだ。
あんみつ撫子は世界的な有名チェーン店。
こちらとしてはカムフラージュの為にも全店を貸し切りにするしかない。
こいつの姿は誰にも見せる訳には行かないのだから。
全く、朝から余計な苦労をかけさせてくれる。
今そこでこいつが食べているあんみつ一杯に、一体どれだけの金が費やされたか。
「研究には甘い物が必要なの。アタシの灰色の脳細胞を活性化させるのに今日必要な糖分があんみつで、それに相応しい味を出せるのがここ──あんみつ撫子だった。それだけ!」
一ノ瀬雪はにこっと無邪気に笑う。
鼻歌を歌って、随分とご機嫌な様子。
年に似合わない白い髪が、ふりふりと揺れている。
私は溜息をついた。
何が悲しくて三十二にもなって子供の相手をしなければいけないのか。
「それで……話って何かしら? 悪いけど余り時間はとれないの」
「これ食べてからじゃダメ─?」
「ダメ」
「まもりのケチ……」
「で、何? また費用の話?」
「ううん! お金はこないだの奴がまだ残ってるから……実は、今回は重大な発表があってね」
「ふーん」
「……なんか気がない返事」
「そりゃそうでしょう」
雪の研究はついこの間大きな成果を生んだばかりだ。
今はまた別の研究に取り組んでいた筈。
つまり、時間的に研究の報告ではない。
ともなれば期待は薄くなる。
どうせ雪の事だ。靴下を履いたまま寝たら、快眠出来た! とかいつもの下らない雑談の可能性が高い。
「言っておくけど、研究の事でも、下らない雑談話でもないよ?」
そう言って雪はニヤリと笑った。
どうやら本当に自信があるらしい。
「そう……分かった。聞こうじゃないの、一体何なの?」
「……実はねーアタシ…………機関、抜けようと思いまーす♪」
「…………」
なるほど。そうきたか。
まあいつかはこうなると予想していた事でもある。
「やー今までありがとう、まもりお姉ちゃん! でもここでの研究も飽きてきちゃったしアタシもそろそろ自由に動きたいんだよねー! 機関の内部だとどーしても研究が制限されちゃうし、これからやりたい研究があるからねーその為にも機関抜けまーす! お疲れ様でしたー♪」
「そう、分かった」
私は返事をするとコートから拳銃を取り出した。
スローモーションの様に時が過ぎていく。
目の前の少女は信じられないといった様子で目と口を大きく開けている。
躊躇わずに引き金を引いた。
乾いた音が、店内に響き渡る。
弾丸は彼女の脳天をいとも容易く貫きあっさりと死をもたらした。
目の前の人物から弾けた血と脳髄がテーブルの上に飛び散り、あんみつを真っ赤にデコレーションする。
ずるり……と死体が、ソファにもたれかかり、力無くその身を沈めていく。
先程までの少女の嬉々とした姿が嘘の様に店内は静けさに包まれていた。
私は死体に近寄り、状態を確認する。
最早動くことなくだらりと地に伏している腕を手に取る。
うん……脈はない。
続いて、瞳。
ペンライトで中を照らす。
……反応はなし。瞳孔は完全に開ききっている。
……間違いなく絶命している。
白い髪の半分以上が血で汚れて額にへばりついていた。
私は拳銃をコートにしまうとポケットからスマートフォンを取り出し、いつもの番号に繋いだ。
「……もしもし。まもりです。はい。今話を聞いた所です。……予想はしていた内容でした。……いえ、殺しました。責任は私が取ります。……ありがとうございます。はい、その件は分かっています。死体はいつもの方法で──」
「死体がどこにあるってー?」
え?
「私はここだよ? お姉ちゃん♪」
背後に振り向こうとした直前、腹部から焼ける様な痛みが走った。
私の背から腹にかけて、細長い刃物が刺し貫いている。
自らの肉体からこぼれ出る鮮血が、地面を染めていくのが見える。
痛い。
歯を食いしばった。
立てない。
力が抜け、膝をつく。
「それじゃあねお姉ちゃん! 今までまあまあ楽しかったよー……バイバイ」
後頭部に強烈な衝撃。
そのまま、私の意識は闇の中に消えた。




