三章 女子高生、部活やめるってよ
…… 昨日 ダンジョンを攻略し、葉月帰宅後 ……
『東白百合高等学校 弓道場』
「ん……?」
「──目が覚めた? おはよう、美春」
「しぐれ、せんぱい……?」
私がゆっくりと目を開けると、目の前に逆さまになった先輩の顔が見える。
(なんで逆さまなんだ……?)
ぼんやりとした頭で考える。
そもそも何で眠ってたんだっけ……?
先輩の顔が手を伸ばせばふれられそうなくらい近い。
(まつ毛、なっがいなあ)
なんて思っていると、額にひやりと冷たい感触。
「熱はないみたい。よかった」
先輩の柔らかい掌が額を包んでいる。
ああ、私はさわれないのに、この人はこうも簡単にふれてくるのか。
(ずるい人だ)
「調子はどう、美春? まだ立ち上がれない? もう少し休んでいく?」
「いえ、立てます…………? 立つ?」
その時に私は初めて今、自分がどういう状況に置かれているのか気が付いた。
後頭部に感じる離れがたい柔らかい感触。
間違いない。
私は、膝枕されている。
急速に回転しだした頭は、この状況に危険信号を発令。
私の脳内処理は大量のエラーを吐き出し、固まってしまう。
(早く、どかないと)
と思う反面、
(もう少しだけ)
とも思ってしまうのだ。
考えている以上に身体が重い。
疲れが溜まっている。
……だから、仕方がない。
時雨先輩は、立つ……と言っておきながら一向に立ち上がろうとしない私を不思議そうに見ている。
私は、寝返りをうつふりをして顔を背けた。
今は、直視出来そうにない。
「あの、何で私、道場で倒れてたんすかね?」
聞きたい事ではある。でも話題をそらす意味の方が強かった。
「──練習のしすぎで倒れちゃったみたい」
「そうっすか……お助け頂いて感謝しますよ」
「……美春、私はね、貴方が練習をしていた事には何も言わない。でも、一つだけ。今回みたいに無茶な事をするのは止めて。一人で抱え込まないで、誰かを頼るって約束して。私でも私じゃなくてもいいから」
「……先輩?」
ぽたり。
熱い、何かが、頬に当たる。
私は先輩を見る。
先輩は、静かに泣いていた。
「お願い……私、もう倒れている貴方を見たくない」
「先輩……」
やっぱり、ずるい人だ。
でも今なら。
色々と話せる気がした。
ぽつり、ぽつりと呟く様に先輩に語る。
不思議と一言発する度、言葉が口をついで出た。
「私、小さい時から弓道やってきて、正直、他の人より上手い自信がありました」
中学の時だって大会で入賞したりして、周りからも持て囃されて。
高校も絶対私が一番だって、そう思って……でも、先輩がいて。
四段って聞いて『は?』って思いましたね。
高校で四段に上がるなんてまずないですから。
悔しくて、絶対追いついてやる! って三段とったら、今度は五段ですって。
なんの冗談かと思いましたよ。
でも、すぐに話題になって、テレビにも先輩が出てて、ああ本当なんだって。
聞けば、中学まではバレー部で全国大会に行ってて、弓道は高校に入って始めたばっかりって……。
なんじゃそりゃ、ってなりましたよ。
「私……先輩が羨ましかったのかな」
先輩が、大会キャンセルしたって聞いた時、ふざけるな! って思った。
私は出れないのになんで、ってなって……それで、焦ってたんだと、思います。
「おかしいですね? 自分の事なのに、上手く説明できないや……すいません……」
先輩は一言「そう」と呟いたきり何も言わなかった。
ただ優しく微笑んで、私の髪を撫でた。
私は、胸が熱くなるのを感じた。
喉の奥から何かがこみ上げてきて、急いで、顔を下にする。
そのまま、先輩の膝にうずくまったまま、私はしばらく顔を上げられなかった。
☆☆☆ ☆☆☆
「すみません……本当に、もう大丈夫っす」
「そう。良かった。それじゃあ帰ろう? もう結構遅くなってしまったし」
「そっすね……あの、先輩?」
「なに?」
「私……決めました。部活……辞めようと思います」
先輩は、流石に驚いた様で、一瞬、目を丸くした。
ふふふ、ざまあみろ。私のささやかな、復讐。
「打ち明けて泣いたからですかね? なんだか、スッキリしました。私、色々なものが見えてなかったのかもしれません。だから……もういいんです。弓道を、辞めます。そして、自分に向き合ってみます」
「……そう。美春、貴方がそう決めたなら、私は止めない。でも、覚えておいて。貴方が、部活を辞めたとしても……私にとって、貴方は可愛い後輩。それはいつまでも変わらないから」
「先輩……本当にあなたって人は──」
──ずるい、人ですね。




