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ギルドライバー“ハヅキ”  作者: 今井亜美
第十二話 第一次白百合攻防戦
100/162

七章 託された想い


☆☆☆ ☆☆☆




「ぅ……?」


 目覚めた私のぼやけた視界に飛び込んできた青い空が、まだ生きている事を教えてくれた。

 重たい身体を引きずる様に立ち上がると、鈍い痛みが頭を走る。


 魔力の使い過ぎによる副作用なのだろうか。それとも、無理に空を飛ぼうとした影響か。


 痛みの残る頭ではそれを考えるに少し頼りなく、思考は流れ落ちる熱いシャワーの様に、ぬめる排水口に吸い込まれては消えていった。

 

 頭痛の調子を確かめながら周囲の様子を確認する。

 どうも住宅地傍の道路にそのまま落ちたらしい。私の下になっているアスファルトは一部ひび割れて陥没していた。

 

(そうだ……川上さんはどうなったんだろう?)


 あの人も一緒に落下した筈だ。記憶では胸に深々と矢が刺さっていた。

 もしあのまま絶命しているのなら、死体が近くにある筈だ。

 

 少し周囲を散策する。

 程なくして、五十メートル余り離れた場所に血だまりを発見した。

 

 残念ながら死体は見つからなかった。

 血だまりの中心には丁度人が寝そべっていたであろう大きさの穴が空いていたが、既にそこに人はいない。


 すぐに二つの可能性が思い浮かぶ。


 一つ目は『彼女がまだ生きていてここから逃げた』可能性。

 二つ目は『何者かが彼女を運び出した』可能性。

 

(血の跡は……?)


 血を流したまま逃げたのであれば、その方向に血の跡が点々と残る筈だ。

 しかし、それらしき跡は何処にも見当たらない。

 これは彼女、あるいは彼女を運び出した何者かが止血処理を施した事を意味している。


 問題なのは『川上沙耶は生きているのか?』という事だろう。

 

 一つ目の『彼女がまだ生きていてここから逃げた』可能性。

 この場合、当たり前だが川上沙耶は生きている。ので、答えに悩む必要は無い。


 二つ目の『何者かが彼女を運び出した』可能性。

 これは難しい。生きている場合も、死んでいる場合もある。


 ここで先程の止血処理について考えてみる。

 生きた人間を止血処理する事はあっても、死んだ人間を止血処理する事があるだろうか?


 あるだろう、と言える。

 敵に科学者がいる以上、実験などの為に止血処理を施して死体の状態を保ち持ち帰るのは、あり得ない状況ではなく、その可能性を否定できない。


 だが待って欲しい。そもそも第三者がいたとすると、疑問に思う事が一つある。

 

(何故、私は生きている?)


 第三者が川上沙耶に気付きながら、そばにいた私には気付かなかったというのは、少し考えづらい。

 だとすれば私が生きているのは意図的な行為……という事になってしまう。

 

 あり得ない、と首を振る。


 敵からすれば私を殺さずに放置していく事は余りにもメリットが無さ過ぎる。

 つまり……そもそも第三者などいなかった、という結論に至る他ない。


 よって、導かれる答えは一つ。

 川上沙耶は『生きている』。生きて自力で止血をし、ここから立ち去った。

 私にトドメを刺さなかったのは、そうするだけの余裕が無かったのだろう。


(相手は満身創痍……でも)


 それはこちらも同じ事だった。瀕死の相手を追う力すら、私にももう残っていない。


 ふう……と深く溜息をつき、すっかり大人しくなった、遥か彼方の秋空を見上げる。


(お父さん達はなんて言うかな?)


 怒るだろうか。

 何故殺してくれなかったんだ、と。


 褒めるだろうか。

 お前は立派に戦った、と。


 安心するだろうか。

 人殺しになんてならずによかった、と。


「時雨?」

「────え?」


 私はすぐに振り向いた。そして心底驚いた。

 ここにいる筈が無い人間が、そこにいたから。

 

「……は、葉月……?」

「やっぱり時雨だ……何でここに!? ってか大丈夫なの!? そんなボロボロになって……! へ、変身! 変身はどうしたのさ!? 何で生身で────」


 葉月は興奮した面持ちでこちらに駆け寄って、私の肩を掴むとグラグラと揺らしながら一息にまくしたてる。

 

「ま、待って。大丈夫だから落ち着いて。あ、頭に響くからっ……」


 私の辛そうな表情を見て自分のしている事に気が付いたのか、「ご、ごめん!」と謝りながら少し離れた。 


「頭、痛むの?」


 心配そうな表情を見せる葉月に頭ではなく胸が痛くなってしまうが、何とか笑顔を作って、大丈夫だよ、と返事をした。


「痛むとは言っても少しだけだから。そんなに心配しないでいい」

「心配はするよ! だってそんな傷ついて……一体何があったの?」


「うん、今説明する……けど」


 こちらとて、葉月に聞きたい事はある。

 何でここにいるの、とか。橋の防衛はどうしたの、とか。

 それにこの鼻をくすぐるのは……。


「……? なに?」

「葉月、何だか……ちょっと、匂うけど」

「いきなり酷くないかな!?」


「あ、えっとそうじゃなくて……葉月、ひょっとして他の人のパスを持ってたりしない? いつもと魔力の匂いが違う気が……」


「あ、何だそういう事か。びっくりしたー……汗臭いとか言われてるのかと」

「大丈夫だよ、葉月。葉月はいつもとっても良い匂いだし、もし臭くても私は気にしないよ」


「あーハイハイ……でも、よく分かったね?」


 葉月は、二枚のカードを取り出した。片方には緑の、もう片方には紫のラインが刻まれている。

 間違いなく“ソウリョ”と“パラディン”のジョブパスポートだった。

 

「やっぱり……でもどうして葉月がこれを?」

「まあ、色々ありまして……」




☆☆☆ ☆☆☆




 五分か十分位前かなあ?

 私は菫さんや西条先輩と一緒にまだホープ・ブリッジの守備についてた。

 

 防衛はそりゃもう大変だったんだよ?

 戦いは熾烈を極め、途中襲い掛かってきた魔王軍幹部の一人……海野美玲さんを倒した後もキメラの猛攻はとどまる事を知らず。


 葉月ちゃんはとーぜん、デュアルスキャンだのなんだのを駆使して戦場を縦横無尽に駆けまわり、キメラ共をちぎっては投げちぎっては投げの大活躍!


 いやーあの激闘を時雨にも見せてあげたかったね!

 私がいなきゃどーなってた事か……特にあの菫さんが尻餅をついた時なんかは────。


「葉月、その話なら後で聞くからとりあえず今は先を聞かせて」


 えー……しょーがないなあ。


 えっと。


 そんなとっても忙しい戦いの最中に、事は起こる。

 ちょうど先輩が前線で敵を抑えてて、私は菫さんの治療を受けてた時だった。


 ああ、怪我は大丈夫だったよ? ちょっと左腕を火傷しちゃっただけ。

 で、治療してたら菫さんがいきなり────。


「────何か聞こえませんか?」


 って言いだしたんだ。

 私も耳を澄ましたけど、先輩が戦う音しか聞こえなかったから。

 それじゃなくて? って聞いたら、それじゃないです、って返される。


 もう一度、耳を澄ます。


 ……やっぱり何も聞こえない。


「うーん……何も聞こえないよ?」

「いえ、やっぱり聞こえます! 誰かが呼んでる様な……」


「呼んでるって、どこから?」

「下……下です! そう、下から聞こえます! 下ですよ、下に誰かいる!」


 菫さんはたった今それに気付いたみたいで、興奮した様に何度も叫んだ。


「下って、海の中?」

「いや、これは……もっと下。多分海底ですよ。本当に聞こえませんか?」

 

 正直、私には全然、声なんて聞こえない。

 でも、『下』と改めて言われて意識を向けると、微かに何かを感じる気がする。

 

「なんでしょう先輩……? この声、不安になるんです。誰かが呼んでるんです。悲しい声……これは……多分……」


 菫さんは今にも泣きだしそうに、私に縋りついて訴える。

 彼女には、もう、誰が自分を呼んでるのか分かっている様だった。


 でも、それを口にしたくないのかもしれない。

 口にしてしまえば、現実になってしまう。認める事になってしまうから。


 でも、ここで目を背けちゃいけないと思った。

 

「菫さん、教えて? 誰が呼んでるの?」


 向き合わなきゃいけないんだ、私達は。

 菫さんはためらいがちに、けど、確かに私に教えてくれた。


「凛音、です」

(やっぱり……!)


 なんとなく想像はついていた。

 思い返してみれば、凛音さんの乗っていた巨大ロボットは、地下にあったWPFのアジトに平然と辿り着いてたし。

 

 地面の中を進む力があっても不思議じゃない。


「凛音さんはどっちへ?」 

「あっちの方に真っ直ぐ向かってます」


 菫さんが指したのは……白百合山。

 魔王パスのある場所だ。


「追わないと……!」

「待ちなさい」


 焦る私を、西条先輩の声が止める。


「妙に遅いと思ったら……もう。事情は分かりましたが、許可出来ませんわ。貴方がいなくなったら、ここは守り切れませんよ」


「で、でも! 凛音さんが魔王パスに辿り着いたら、それこそ負けじゃないですか!?」

「かといって、ここの人数を減らす訳にはいきませんわ。ここは遊撃軍としての側面もある黒森時雨さんに任せるのが適切でしょう」


「し、時雨の手が空いてなかったら!?」

「最終防衛線である弓美春さんが迎撃に当たるでしょうね……」


 弓さんの名前を聞いた菫さんが、「そんな!」と叫んで立ち上がった。


「ゆ、ゆみみには無理です! 遠距離ならまだしも、そこまで近づかれたらゆみみじゃ勝てません!」


「…………何と言われようと、ここの人員は割けませんわ。さあ、お喋りはここまでですよ! また敵が来ます。ほら杠葉月さんも、治療が終わったなら早く前線に復帰して────」


「────いいんじゃないかな? 行かせてあげても」

(え?)


 聞き覚えの無い声がして私達は一斉にそちらを振り向いた。

 そこには悠然と歩く、一人の女性がいた。


 さらりと流れる金色の髪。くすみのない白い肌。

 青く澄んだブルーの瞳。


 写真で見たあの綺麗な人だ。

 魔王軍幹部でありながら、こちらに協力してくれるスパイ。


「霧生泉さん……?」

「はい、そうですよ。初めまして、ユウシャさん」


「霧生泉さん……何をしに来たんですか? 貴方はこの戦いに不干渉の筈でしょう?」


 西条先輩が鋭く霧生さんを睨みつける。

 返答次第では一戦交えるぞ、とでも言いたげな表情だ。


「そんなに怖い顔しないで欲しいなあ……こうして援軍に来てあげたんだし」

「援軍ですって?」


「そうだよ? 表立って戦うのはゴメンだけど、橋の防衛くらいなら手伝ってあげてもいいかなーって」

「必要ありません」


 ぴしゃり、と先輩が言い放つ。


「人手は足りていますから」

「おやおや? さっきと仰っている事が違う。人手が足りないからユウシャさんがここを離れるのは無理だ、って話じゃなかったでしたっけ?」


「ええ、ですから彼女が離れなければ人手は────」

「────逆に言えば別の戦力……つまりウチがここにいれば、『彼女は離れてもいい』という事になる。それが論理的な帰結では?」

「貴方、何を考えて……? 杠葉月は……!」


「────杠さん?」

「は、はい!?」


 先輩と何やら話し合いをしていた霧生さんが、突然私の名前を呼んだ。


「キミはどうしたい?」


 霧生さんは私の目をジッと見つめてくる。

 この世の物とは思えない程、不思議な青さをした目だった。


「わ、私? 私は……」


 悩むまでもない。

 私の答えは、もう決まっている。

  

「凛音さんに会いたい。会って、話がしてみたい。凛音さんの魔力からは、嫌な気配を感じなかった。あの感覚を信じてみたいんだ」

「葉月先輩……!」


「だ、そうですよ? 信じてみませんか。何せ彼女は他ならない……ユウシャに選ばれし者なのだから。きっとどんな力にも勝ってくれますよ……」

「しかし!」


「西条先輩、私からもお願いします! 葉月先輩を行かせてあげて下さい! 戦力が足りないなら私がもっと頑張りますから! だから……!」

「橘菫さん……貴方まで……」


 西条先輩は何とも表現しづらい複雑な表情になった。

 眉間に深く皺をつくり、何かを考えている様だった。


「どうせ、わたくしが止めても行くんでしょう?」

「はい!」


 大きな声で返事をすると、呆れたように溜息を吐く。


「止めて勝手に行かれるよりは……まだ勝機もありますか……」


 西条先輩は胸元から自分のパスを抜き取ると、私に差し出した。

 認めてくれたんだ、と思いそれを受け取ろうとすると、ついっと手を上げてしまった。


「先輩……?」

「このパスは、勇者の正しさを司る覚悟の証。正義を貫き通すという絶対の意志。杠葉月さん、何があっても折れないと……誓えますか?」

「……誓います」


 先輩は黙ったまま頷くと、再びパスを差し出した。

 今度は、手を上げたりしなかった。


 たったカード一枚なのに、妙に重たく感じた。


「葉月先輩、私のパスも……!」

「ありがとう、菫さん」


 菫さんからもパスを受け取る。

 こうして私の手の中に、二枚のパスが揃ったんだ。


「葉月先輩……私、本当は自分が行きたいです。でもきっと私じゃ力が足りないから……だから先輩に託します。凛音を、宜しくお願いします」

「うん……任せて!」


 


☆☆☆ ☆☆☆




 と、まあここまで話せば後は分かるよね。

 二人からパスを受け取った私は、凛音さんを追って南に移動。

 

 街に入った所で時雨に出会ったんだ。


「成程……橋の防衛には泉さんが……」

「うん。時雨の方も大変だったね、アイツと戦ってたなんて」


 アイツ……川上沙耶との戦いは、正直あんまり思い出したくない。

 あの時は完全に頭に血が上ってたからね。


 戦いは私の勝ちだったかもしれないけど、力に振り回されちゃったっていうか……勝ったって気が全然しないんだよね。

 それにあの時は“トリプルスキャン”があったから優勢だったけど、まともに戦ってたら多分……負けてた。


「そうだね。確かに、川上さんはとっても強かった。私一人じゃ、きっと倒せなかったと思う。美春がいなかったら、きっと私も……」

「時雨が無事で本当によかったよ! 弓さんは山でしょ? 会ったらお礼を言っておくね!」


「うん……って、ちょっと待って」


 ピタっ……と時雨の動きが止まった。

 その頬に、ひとしずくの汗が伝っていた。


「どしたの? ひょっとしてまだ頭が痛い?」

「葉月、凛音が向かったのは……?」


「え? 山、だけど……」

「今、美春がいるのは────!?」


「山……って、ああ!?」


 よ、よくよく考えたらそうじゃん!

 凛音さんが山に向かったという事は……そこにいる弓さんが危ないって事じゃんか!

 

 今まで気付かなかったなんて……私のバカバカ!


「こ、こうしてる場合じゃない! い、急いで山に向かわないと……!」

「待って、葉月! これを!」


 走り出そうとする私に、時雨がそれを投げ渡す。

 もう何度も受け取った時雨の想い。アサシンのジョブ・パスポート。

 

「私も、すぐに山に向かうから! だから葉月─────負けないで!」

「うん、ありがとう!」


 お礼を言って、急ぎその場を後にする。

 右手にしっかりと、みんなの想いを握りしめて。


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