三章 女子高生、女子高生に嫉妬する
…… 一方その頃 ……
『杠家 葉月の部屋』
「……数学ってなんでこの世界にあるんだろうね? 私を苦しめる為に存在してるのかね? 他にやる事無いのかなこいつ。暇なやつめ。いいさ、そっちがその気ならこっちにだって考えがある。ふふふこの必殺“解答丸写し”戦法に叶うやつなどこの世界には存在しないのだ! ふははは! お前に地獄をみせてや……なにい!? こ、答えしか載ってないパターンだとお!? こ、これでは途中式を完成させる事が出来ないいいい!? ぐわあああ! そ、そんな馬鹿な……この私の必殺技を打ち破るとは……こ、これが…………数学の力……! ぐふ!」
「ハヅキっていっつも一人で楽しそうだよねー」
楽しい訳があるか!
妖精くんは葉月ちゃんがこんなに苦しんでいるの見て分かんないのかね?
ちょっとは手伝おうとか思わないのかね?
「宿題は自分でやるものだよハヅキ」
ぐっ……! まだ何も言ってないのに釘を刺されてしまった。
ユウシャの手助けをしに来たんじゃないのかね? 使えん妖精よ。
大体学校も学校だよ。いくら休校の分の課題って言ったってこんなに出さなくてもいいじゃんね。
「最終日までやらなかったのはハヅキだよ」
「私は入院していたんだからしょうがないでしょ!」
「抜け出してモンスター退治に行くぐらい元気だったじゃないか」
「うるさいやいうるさいやい! 世間的には憔悴した少女なんだからもっと労わればーかばーか!」
相手をしていられないよ、と呆れたように息を吐いて、妖精が背中を向ける。
羽を毟り取ってやろうかこいつ。
私に背中を見せた事を永遠に後悔させてやる。
静かに背後から忍び寄った私の魔の手が妖精を捉えようとした、その瞬間。
『ウウウウウウ!!!! ウウウウウウ!!!!』
「ふにゃ!?」
突然、左腕のデジタル時計……ワークベンダーが警報の様な音を鳴らす。
「な、なにこれ!? ちょっと妖精!? 壊れちゃったのコレ!?」
「違う……! これは、負のエネルギーを感知したんだよ!」
「負のエネルギーって……ダンジョンになるっていうあの?」
「うん。近くで誰かが強い思いを抱えてるんだ。今、レーダーでも感知した! これは、ハヅキの学校……かな?」
「学校で!?」
「どーするハヅキ? モンスターが外に出るのを待つ方法もあるけど」
「行こう! 私だって最初と違う。今は魔法も少しだけ使えるし、それに……」
「それに?」
「……なんでもない。とにかく行こう!」
時計をちらりと見ると、午後七時二十二分。
……もう部活は終わってる時間だよね……時雨?
…… その頃 ……
──『東白百合高等学校 弓道場──その前』
校門の前で待っていたけれど、余りに美春が遅いから、弓道場まで来てしまった。
「灯りが付いてる……」
やっぱりここにいるのは間違いない。
日が落ちて段々外は寒くなってきた。美春にアイスを食べさせたのは失敗だったかもしれない。
お腹を壊さないうちに早く家まで送り届けないと……。
そう決めて私は道場の入り口に手をかける……その時。
「よし……次こそ……」
中から声が聞こえる。
(……美春?)
静かにドアを少しだけ引いて、中を覗く。
美春は、道着を着ていた。
弓を引き、的に狙いをつけている。
(そういうことか)
美春は忘れ物なんてしていない。
初めから居残り練習をするために戻ったのだ。
素直に言い出さない所が実に美春らしい。
「……っ!」
美春が気合と共に矢を放つ。
ざっ! と鈍い音。
(惜しいな)
ほんの一センチずれていたら的に当たっていただろう。外側の黒円から僅かにずれてしまっている。
(……“三中”か)
的には既に三本の矢が刺さっている。
弓道では矢の的中を四本単位で数える。
全ての矢を当てることが出来れば“皆中”。
惜しくも一本外してしまい三本、矢を当てた事を“三中”と呼ぶ。
「……また、三中……なんで……!」
初めて、美春のこんな悔しそうな声を聞いた。
私の中で美春はいつも明るく元気な後輩だったから。
そういえば、今日の練習でも彼女の結果は三中だった。
美春の現在の段位は三段。
弓道連盟が定めた四段の審査基準には、
『的中確実の域に達した者』
という文言がある。
練習の時は笑っていたのだが、内心思う所があったのかもしれない。
「なんで……あの人には出来て、私には出来ないんだ……私だって……私だって……! 私の方が、長く弓道やってるのにっ! なんで……くそぉ……!」
(美春……)
泣いてる。
ここからじゃあ表情は見えないけど、声だけではっきりそう分かる。
(……帰ろう)
私は静かに扉を閉めて、弓道場に背中を向ける。
私に出来ることは、何もない。
弓道は精神がものをいうスポーツだ。
今の美春の心は乱れている。
多分、百回やったところで皆中は出来ないだろう。
それでいい、と思う。
これは美春の精神の問題だ。
美春が自分の心と向き合って、前に進めるか否か。
それは、美春自身がみつけなければいけない。
技術の問題ならば私がアドバイスすれば済む話だけれど、今私が彼女の前に行き落ち着けと促したところでむしろ悪化するだろう。
(美春の心を乱しているのは私なのだから)
だから、これでいい。
私に出来る事は今後も彼女と変わらずに接してあげる事だけだろう。
「帰って、ご飯を──……?」
私はふと歩みを止める。
足元できらりと何かが光った気がした。
「これは……?」
かがんでそれを拾う。
「なんだろう……クレジットカード?」
白を基調にしたカードで、黒いラインが入っている。
真ん中に小さく文字が入っている。
「……? “アサシン”?」
カード会社の名前にしては変だ。
そもそもカード番号がどこにもない。
とりあえずクレジットカードでは無さそうだ。
使用用途が不明だが、何らかのカードである事は間違いない。
「学校に届ける……? あるいは警察に直接……」
どっちにしろここに捨てては置けない。
とりあえずカバンにしまおう。
そう決めた時だった。
「……うっ!?」
強い風が吹いた。
突風か? いや、でも風は壁のある方……そう弓道場の方からしている。
咄嗟に振り向いた私は、目を見張った。
「灯りが消えてる……? いや……なに、あれ!?」
黒い煙の様なものが、弓道場から噴き出している。
煙は道場を包み、渦を巻いていた。
「黒煙? ……火事!? ──美春!」
すぐに私は駆けだした。
なりふり構わず弓道場のドアを開ける。
煙は凄いが、不思議と熱くはない。
まだそこまで火が回っていないのかもしれない。
「美春……いた!」
弓道場の真ん中で美春が倒れている。
煙を吸いすぎたのかもしれない。気を失っている様で、ピクリとも動かなかった。
(まだ間に合うはず)
私はハンカチを口に当て、地面に伏せ、そのまま這うように進む。
ここで焦れば私も気絶してしまう。落ち着け落ち着け、と念仏の様に頭で唱えながら、美春の元に辿り着いた。
そこで、私は真実を知る事になる。
「美春! ……なに、これ……?」
火事などではなかった。
黒煙は、美春の身体から噴き出していたのだ。
「一体これは……」
訳が分からない。頭がおかしくなりそうだった。
その時、突然私の手の中が光りだした。
「え!?」
見ると、先程拾ったカードが光を放っている。
私の頭の理解が追いつく前に、光が辺りを包み込む。
そして、目の前が真っ白になった。




