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番外編 イケメン騎士様の正体は、顔に似合わない、どSでしたわ……

番外編、始めました。

 赤茶の髪、アイスブルーの瞳……


「トトトトトトーリ様!」

 後ずさった拍子に後ろのテーブルに思いっきりぶつかってしまいました。

「いったあああいっ!」

 労災事故ですわ!

 お尻をさすります。

「ぷっ! くく、やあ、リナちゃん。とりあえずエールを先にもらえる?」

「か、かしこまりました……」

 からくり人形のような変な動きになってしまいます。

 どうして?

 なぜトーリ様が?

 私、何か、やらかしたんでしょうか?

 借りていたもの、なんてあるわけないし。

 トーリ様がここへ来る意味なんてあるわけ……

 わかりました!


 偶然なのですわ!


 自分なりに出した回答で安心します。

 トーリ様は、単なる旅の騎士様なのです。

 ああ、良かった……

 思わず吹き出た嫌な汗を拭ってしまいました。

 トーリ様が私に会いに来るわけがありません。



「エール、お待たせいたしました」

「ねえ、リナちゃん。何でリナちゃんなのかな? 利衣奈っていってたよな」

「ああ、それはですね、こちらの地方では発音しにくいみたいで、利衣奈じゃなくてリナなんです」

「ふーん、それと」

「……何でしょう?」

「この近くに宿屋ってあるかな?」

「宿屋ですか? そうですねえ……」

 この町の地図を頭の中に展開します。

 私が下宿している家の丁度真裏に、一軒、宿屋があったことを思い出しました。

「ウチの」

「お、有難い! リナちゃんの部屋に泊めてくれるんだね!」

「一言もそんなこと言ってないじゃありませんか! 勝手に決めないでください!」

「リナ……長旅に疲れた人間をこの寒空の下へ放り出そうと言うのかい? エルザちゃんはもう一歩も踏み出せないと言っていた」

「エルザちゃん?」

「俺の愛馬。甘やかし過ぎたのか、天気の悪い日は歩くのを嫌うんだ」

「そ、そうなんですか……」

「で、俺と一頭の今晩の運命はどうなるのか教えて欲しい。まさか野宿……?」

「いえ、そんなことは……」

「じゃあ、決まりだ! 煮込みはまだだろうか? 腹が減ってきた」



 何だか押し売りに必要でもないモノを買わされたような気分です。

 雪混じりの雨は、もう少ししたら本格的な雪になりそうです。

 マントのフードをぎゅっと被り直します。

 隣りにはエルザちゃんに跨ったトーリ様が。

 この道を、と言いかけたら、体が宙に浮きました。

「ひえぇっ!」

 トーリ様の前に横向きにストンと下ろされます。

 ち、近い……

 顔が近い……

 イケメン騎士様は私を萌え死にさせるつもりなのでしょうか。

「相変わらず細いな。寒いだろう? こうすれば温かい」

 そう言って、トーリ様は自分の着ているマントで私を包んできます。

 これは夢にまで見たバックハグ?

 心肺停止になりそうです。

 誰が蘇生措置を行ってくれるのでしょう。

 AEDはどこかしら?


「はいっ」

 トーリ様の合図で、カッポカッポとエルザちゃんが歩き出します。

「あ、あの、天気の悪い日は歩くのを嫌うんじゃ……」

「エルザは百戦錬磨の軍用馬だ。洪水の川でも泳ぎ切るよ」

「あ……そ……」



「ここです。エルザちゃんは奥に馬小屋があるので、そこに繋いでくださいね」

 それからダッシュで大家さんに事情を話し、トーリ様を泊めることを了解してもらいました。

「トーリ様、ここの二階が私の部屋になっているんです」

 きょろきょろと珍しそうに辺りを見回すトーリ様。

「あ、前! 頭に気を付けてくださいね」

 階段を上がると私の部屋です。

 ざざざっと片付けると、私は引き出しから新しいシーツを取り出しました。

 速攻でベッドのシーツをはがし、新しいシーツと取り替えます。

「それでは、おやすみなさいませ、トーリ様。良い夢を」

 はがしたシーツを持って馬小屋に急ぎます。

 ダラハーにいた時もよく馬小屋や台所の床で眠ってしまったことがありますが、こんな辺鄙な町へ来てまで馬小屋で寝る自分が可笑しくてたまりません。

 でも、良かった……

 同じ部屋でなど眠ってしまったら、人恋しいまでに寒いこの時期、温もりを求めて……

 何だか眠くなりました……

 トーリ様に振り回されっぱなしでしたもの……ふふ……

 おやすみなさい、イケメン騎士さ、ま……



 ああ、温かい……

 ワラって温かいのですね……

 ちょっと固いようですけど。

 ぺろぺろ

 うふふ、エルザちゃんですね?

 ぺろぺろ

 もう! いたずらっ子!

 ぺろぺろ

 うふ、エルザちゃんの愛が激しいですわ。

 ぺろぺろ攻撃が止まないので、起きることにいたします。

 きっとお腹が空いたんですね。

 ぺろぺろ


「いやん、もう、エルザちゃんったら!」

 ぱちっ

 目を開けたら、アイスブルーの瞳がどアップです。

「え?」

「いい夢でも見ていたのか? 寝ながら笑ってたぞ?」

「き……きゃああああああああああっ!」

 ワラ束を投げつけます。

 イケメンは難なくかわすと、しれっとした口調で言いました。

「寒そうにしてたから一緒に寝て、腕枕までしてやったのに、この仕打ちか?」

 嫁入り前の娘が、どどどどどどど

 同衾?

 いえ、布団ではないので、同ワラ?

 光の速さでトーリ様から離れます。

 そばではエルザちゃんがつぶらな瞳で私たちを見ていました。



「ぶふぉっ!」

「お、そんなに嬉しいのか? スープも喉を通らないなんて」

 違います。

 それに、今、何と仰いました?

「しばらく、この町に居ようと思ってるんだ、かな?」

「なぜです!」

「ハトゥーシャとのゴタゴタも片付いたし、リーナと陛下との婚約も整ったし。結婚式は三ヵ月後だぞ? リナは出席だからな。リーナがうるさくて。それまで休暇がてらリナの様子でも見てこようとエルザちゃんとやってきたんだ」

 まるで自分の家のように椅子にふんぞり返っていますよ、トーリ様。

「よくここがわかりましたね、トーリ様」

「ああ、影に教えてもらった。あいつ、今、ダラハーにいるんだ。レネの助手をしてる」

「まあっ、良かったわ! 就職口が見つかったのね!」

「リナが働いているんだから、俺も仕事を探そうと思う」

「トーリ様が?」

 公爵家の三男坊が?

 宰相家の坊ちゃんが?

 騎士団長まで務めた人が?

 ふ、ふ、ふ……

 あ・ま・い、ですわよ、トーリ様。

 世の中を舐めてはいけないのですよ?

 ほーほっほっほっ、世間の荒波に揉まれるがよいのですわ……



「きゃあー、トーリ様! 私にも!」

「ああ、ごめん。もう売り切れみたいだ」

「そこの隅っこにパイが一切れ残っていますわ!」

「まあ! それは私が先に目をつけたんですのよ!」

「何を言うの! このおへちゃ! あのパイは私のものよ!」

「ああ、ケンカしないで。このパイは俺がもらうから、また明日ね」

「はあーい、トーリ様ぁ!」

 私が働いている食堂の真向かいのパン屋にトーリ様は働き口を見出したのですが……


 美味しくも不味くもない平凡な味のパン屋だったのですが、トーリ様が店番をするようになってからは、午前中には完売なのです。

 それに気を良くしたのか、午後からは焼き菓子やパイなども売るようになり、それも毎日、売り切れ続出の大変な繁盛ぶりです。

 黒いギャルソンエプロンを付け、白いシャツを腕まくり、赤茶の髪はさらさらで、長身でアイスブルーの瞳のイケメンに女の子たちは大騒ぎです。


 無駄に笑顔が多いわ。

 シャツのボタン、外し過ぎ。

 でも、素敵……


「ねえ! エルザちゃんもそう思うでしょ? ちょっと調子に乗り過ぎだとお、もが、もご、ぷっはー、いきなり何をするんですか!」

「リナのためにパイを死守したんだぞ?」

「だからといって、しゃべってる時に突っ込まないでください!」

 落ちたパイはエルザちゃんが美味しくいただいています。

「どう? お味は」

「トーリ様の色気で売っているとしか思えません!」

「うわ、バッサリ」

「でも、本当にまず、いえ、あまりパッとしない味ですわね。商品を研究しようという意欲が感じられません。今まで、よく商売が成り立っていましたね」

「パンを売っていると見せかけて、実は違うモノを売っていたとしたら?」

「え?」

「表の顔は人気のパン屋、裏の顔は……禁制薬物の密売組織」

 ミッションインポッシブル的な?

 ごくり

「なわけないだろう。ホント、面白いなーお前」

 ですわね……

 けれど、この日を境にトーリ様が夜になると外出するようになったのです。

 トーリ様は裏の宿屋に泊まっていらっしゃいます。

 私の部屋からは宿屋の裏口がよく見えるのです。

 真夜中近くになると、宿屋の裏口の木戸が開き、マント姿の長身の男性がどこかへと出かけて行くのです。

 明日は食堂が定休日という日。

 私はトーリ様がどこへ出かけているのか、後をつけることにいたしました。



 町はずれにきました。

 廃屋のような建物の中へ入っていきます。

 気付かれないように私も続こうとしましたが……

「これはこれは食堂の看板娘ではないか」

 頬にピタピタと当たる冷たい感触。

 腕を後ろ手に縛りあげられてしまいました。

 引きずられるようにして、連れて行かれます。


 時代劇風に言うなら

 ドジ、踏んじまったぜ


 奥の部屋では大テーブルの周りに人相の悪い面々が。

 よくこれだけ集めましたねと、いっそ褒めてあげたいほどです。

「んんー、んんー、んーんー」

「パン屋のおじさん!」

 声の主は、さるぐつわをかまされたパン屋の主人です。

 縛り上げられて部屋の隅に転がされているのです。

「あなたたち、何者なの……」

「見ればわかるだろうが、悪者だよ」

 あまり賢い悪者ではないようです。

「景気の悪いパン屋だったから、夜は何かと便利に使わせてもらってたんだが、あの若造が来てからは夜も仕込みだのなんだのと、店から離れねえ。ずらかろうと算段しているところへこの親父と鉢合わせ。まさか自分の店が夜は禁制薬物の取引所とは思ってなかったろうがな。まあ、顔を見られたんじゃ仕方ない。親父、このカワイ子ちゃんと一緒にあの世へ送ってやるからな」

 ぞろりと出て来たのは、見上げるような大男です。

 剣を振り上げました。


「おじさん!」

「んんーんーんー」

 目をつぶります。

 短かった私の人生。

 トーリ様、死ぬ前に一目お会いしたかった……

 

 ギャリーン

 

 金属と金属のぶつかる音がしました。

「あの世へ行くのはお前らだ! 爺! 一人も逃すな!」

 大男と対峙しているのは赤茶の髪です。

 私、トーリ様が剣を握っているところを見るのは初めてです。

 白いシャツに黒ズボン。

 タン、と地面を蹴ると大男の背面に回り込み、大男が振り向いたところを斬り下げたのでした。

 大男が膝をつきます。

 軽い身のこなし。

 流れるような動き。

 ああ、やっぱり私の騎士様は最強です。



「リナ! 大丈夫か!」

「トーリ殿、一味は全員捕縛した」

「ユーグさん!」

「利衣奈様! ご無事で何よりです!」

「ヒュージェットさんまで!」

「利衣奈さま、ダラハーはお茶の収穫期に入りましたぞ」



 聞けば、ハトゥーシャの辺境領から禁制の薬物が出回っているとの知らせが入り、陛下がユーグさんに調べるようにと仰ったそうなのです。

「密かにこの町へとやってきたのですが、調べるうちに利衣奈様とトーリ殿がいることがわかり」

 ユーグさんはトーリ様と協力、一味を追い詰めて行ったというのです。



「やっぱりミッションインポッシブルだったんじゃないですか」

「リナは時々わからないことを言う」

 アイスブルーの瞳が呆れたように言いました。

 カッポカッポと、エルザちゃんの背に揺られて夜の町を行きます。

 広い世界に二人だけのようで、嬉しいような恥ずかしいような……でも幸せです……

 いつまでもこうしていたい……

 きっと、このほのぼのとした幸せオーラがトーリ様のS心を刺激したのでしょう。


 トーリ様が私の耳に何事か囁きました。

 え?

「走るぞ!」

「え? え? ええーっ! 待って! きゃあーっ! たすけてぇー! いやああーっ」



 百戦錬磨の軍用馬の本気の走りは、それはそれは恐ろしいものでした。

 一生止まることのないドドンパに乗せられたと思ってください。

 私は叫びまくり、トーリ様にしがみつき、エルザちゃんが再びカッポカッポと歩き出した時には、声は嗄れ、手足は筋肉痛、髪はザンバラとボロボロになってしまったのですが……

 トーリ様はそんな私を見て大爆笑するのです。

 こんな意地の悪いイケメンを私は知りません。

「やっぱり、リナは面白いな。厭きないよ。また散歩しような」

 

 しません!

 頼まれてもしませんから!

 絶対!


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