嫌われ王女はもう一度転移いたします
ケレム様のご遺体が家臣の手によって運ばれていきました。
座り込んだまま、ケレム、ケレムと叫び続ける陛下を、リーナ様がエルトゥール、エルトゥールと呼び続けます。
ついに、トーリ様が手を離しました。
リーナ様が陛下に駆け寄り、背中から抱きしめます。
「陛下!」
けれど、ケレム、ケレム、ケレム……と、陛下の苦しみは続きます。
リーナ様が優しく仰います。
「エルトゥール……ケレム様を、静かに眠らせてあげましょう……ね?」
「利衣奈様……」
エルトゥールと呼ばれて、やっと、リーナ様に気付いた陛下の碧の瞳からは、滂沱の涙が流れていました。
「ケレム様は、陛下の手にかかって幸せでしたわ。陛下に、止めて欲しかったに違いありませんもの……」
「私の手にかかって……?」
「ケレム様は陛下が大好きだったのですもの。好きな人に本気で怒ってもらえて、本気で戦ってもらえて、きっと喜んでいましたわ」
「……そうか……」
黒い瞳にも涙が溢れて、止まりそうにありません。
ヒュージェットさんがそっと目頭を拭っていました。
「そうか、やはり聖女様はガスパールの王女殿下であったのだな。五百年も前の聖女召喚は完璧ではなかったということか」
陛下の傍に控えたユーグさんが答えます。
「神官長を始め、神殿も新しい顔ぶれとなりましたので、あと五百年どころか、当分、聖女召喚はできませんよ、陛下」
「ユーグ、もう聖女召喚をすることがないよう、ハトゥーシャの皇帝として全力を尽くすと言ったではないか……お前、少しシツコイぞ……」
「それは陛下が突然、私はケレムの菩提を弔うため聖女様と旅に出ようと思う、ついてはユーグ、ウイラードやルロワ将軍と共にハトゥーシャのことはまかせる、なーんて言い出したからでしょう?」
「だから……お前たちに泣きつかれて、辺境領との折衝もあるし、今回の後始末もあるし、旅に出るのは見送ると言ったではないか」
すかさず、リーナ様がツッコミます。
「あーら陛下、男が一度口にした言葉を取り下げるのでございますか? 私、とても楽しみにしておりましたのに」
「ぐ……」
「リーナ……変わってないな、お前……」
「ぷっ!」
「トーリ殿……利衣奈様、私は聖女様との約束を果たさなければ何を言われるかわからぬ。ついては、この聖女様であるが、今少し、ハトゥーシャに留めおいておくことを許して欲しいのだが」
「陛下、それは本人にお尋ねになった方がよろしいのではないでしょうか? な、リーナ、ハトゥーシャに、陛下の傍にいたいよな?」
ぼんっ、と音が聞こえたような気がするくらい、リーナ様が真っ赤になりました。
「ま、ま、まあ、よろしくてよ? 陛下がそうお望みならば……それに、乗馬も教えていただいておりませんし」
もう、リーナ様、可愛すぎます!
でも、少し、ほんの少しですよ?
リーナ様やトーリ様が遠くに見えてしまいました。
何もかも解決してしまった今、私は一人ぼっちになってしまったような気がしてきたのでした。
今日は、ハトゥーシャを離れる日です。
ルロワ将軍の部隊もガスパールの騎士団と共に、ハトゥーシャへ凱旋いたしました。
陛下への謁見も終わり、私も、トーリ様、ヒュージェットさん、騎士団とガスパールへ帰ります。
ユーグさんを始め、ハトゥーシャの人達と別れを惜しみましたが、やはりリーナ様との別れが胸に迫るものがありました。
初めて出会った、あの宮殿の階段下で勢揃いしたガスパール騎士団。
対峙するようにハトゥーシャの騎馬軍団。
上空は深い青が広がり、両国の前途を祝福しているように晴れ渡っています。
「トーリ殿、ハトゥーシャとガスパールの国交樹立について書簡に認めた。道中恙なく過ごされよ。国境までは我が騎馬軍が護衛いたす」
「陛下……書簡については必ず国王にお渡しいたします。また、護衛も有り難くお受けいたします。それと」
「案ずるな。私の全てで守る」
ザッと二つの国旗が青空に翻ります。
「さ、利衣奈、輿へ」
「ええ」
促された時でした。
一際、大きな声が上がりました。
「利衣奈! ありがとう! 利衣奈! またね! 元気で!」
「リーナ様! リーナ様!」
たたたっとリーナ様が階段を走り降りてきます。
ひらひらと花びらが舞うように。
私もリーナ様へ走り出しました。
ざくざくっと、足の下で砂利が鳴ります。
階段の下でどちらからともなく、抱き合いました。
「うふ、ありがとう」
「ふふ、リーナ様、こちらこそ、会えて嬉しかったですわ」
もう一度きつく抱き合って、打ち合わせたわけでもないのに、オデコをこつんと当てました。
「さよなら、利衣奈」
「さよなら、リーナ様」
もう一度、オデコをこつん。
けれど、二度目は当たることはなかったのです。
何? この変な感触。
体が蕩けて行くような。
いいえ。
私の中身が、リーナ様の中身が、ゆうるりとお互いの体の中に入って行った。
待って!
二人ともそう叫んだに違いありません。
私の中身、私の体。
リーナ様の中身、リーナ様の体。
それから、意識が遠く、遠くへと去っていくのを感じていたのでした。




