ラスボスはやはり手強いようでございますわ
お湯から上がって、体や髪を乾かしながら、ガールズトークに花が咲きます。
リーナ様のお話し、ほぼ惚気話ですが、によると、本物の陛下はケレム様に顔かたち、背格好はよく似ているものの、中身はぜーんぜん違っていて、民人の暮らしを第一に考える王として立派な方であって、思いやりがあって、下の者にもざっくばらんで、そのくせ純情で、真面目で、誠実で、そして、そして……
「リーナ様?」
リーナ様は黒髪を梳く手を止めて『ほう』とため息をつきます。
あの、リーナ様、今、物凄い色気が放出されましたが……
「激ニブなのです」
「え、激ニブ?」
「前々から、トーリを女心のわからないニブちんだと思っていましたが、陛下は、そのトーリの上を行きますね」
「……それは、中々、ハードルが高いですわね、リーナ様」
「そうね、高いわね、ハードル……」
「あ、ハードルというのは」
「知っています。あなたの鞄の中のものは全て目を通しました。第八巻、いえ、全巻読みたいですわ。ないのですか、野獣騎士ハイランダー」
「え、読まれました? 激ニブなのに凄腕の騎士という設定がハマリますよね? 友達に貸しているのですわ、リーナ様。それにハイランダーは次の巻で終わるのです。『ハイランダーの帰還』で」
「そのお友達が読み終わったら私にも貸して……というわけには行きませんわね」
「異世界ですから」
「ハトゥーシャの神官も使えませんわね。異世界ごと利衣奈を召喚してくれたら良かったのに」
「ふふ、リーナ様ったら」
それからも、あーだこーだと、女同士の話は終わることを知りません。
私も、トーリ様のことやら、ヒュージェットさんのことやら、ダラハーのことやら、金の月茶のことやら、ウイラード隊長のことやら、ルロワ将軍のことやら、リーナ様に伝えたいことを前後の脈絡なく喋ってしまいました。
湯殿の外から侍女の声がいたします。
「聖女様、陛下がお待ちかねです」
「今、行くわ」
仕上げに紅を引いてもらいました。
「まあ、可愛いわ。素材は良いのですもの。何たって私なんですから」
「本当にそうですわ。私も自分じゃないみたいに綺麗ですわ!」
お互いを褒め合っているのですが、事情を知らない人が聞いたら、痛々しい自画自賛大会に思えるでしょうね。
そんな会話の後、今、ケレム様の目の前に来ております。
それまでは不機嫌であったらしく、周りの家臣たちは戦々恐々といった様子でしたが。
「ほほう! これはこれは花二輪ということかな? 気品溢れる白百合と可憐な雛菊といった風情であるな!」
陛下は、まあ中身はケレム様ですが、結構ご満悦のご様子です。
だって、リーナ様の手によって、私は村娘から王女様へと大変身ですから。
ケレム様は仮面を被っていますので、私は一応驚いて見せます。
「きゃっ……す、すみません、失礼いたしました……」
「痘痕が酷いのでな、こうして仮面をつけておる」
「まあ、そうなのでございますか……」
陛下は以前は痘痕が酷くて驚かせないために仮面をつけていたそうですが、リーナ様が用意した新しい薬草のおかげですっかり治っているのですよ?
リーナ様から聞きました。
リーナ様を驚かせようと、治っても仮面をつけておき、まさかのネタばらし。
中々、お茶目な方のようですね、本物の陛下は。
けれども、そんなところをケレム様に逆手に取られての、今、なのです。
きっと周りの者たちも何かおかしい、何か変だとは気づいているのでしょうが、仕打ちが怖くて言い出せないのでしょう。
ケレム様が、さも楽しくて堪らないという口調で私に尋ねます。
「ウイラードは死んだそうだな。親衛隊長の立場を笠に着て、鍛錬だの規律だのと、日頃から鬱陶しい奴であったわ。理想論では腹は膨れぬ、なあ王女様」
「そうでございますね。でも、その理想論をみんなが実践すれば、それは理想論ではなくなって現実になるのではありませんか? 理想論では腹は膨れぬと言っている方は、実践のための努力をしない、ただの怠け者です」
って、誰かのブログに書いてあるのを読んだ記憶があります、私。
「何だと!」
「それにウイラード隊長は敵とはいえ、立派な方でした。指揮官をかばって大怪我をされ、そして戦いに敗れたのですわ」
「指揮官? ああ、あのヒョウタンか。名前も忘れたな。どうでもいい奴だから、どうでもいい作戦に使ってやった。でも、こうして王女様を連れて来たのだから作戦は成功したのだな。神官、ヒョウタンとウイラードの家族に褒美を取らせろ」
「褒美の前に、亡くなった方へ言うことがあるのではないですか? 陛下!」
「戦いで死ぬのは当たり前だ。何の言葉も要らぬ!」
「あれは戦いではありません! 無茶な作戦の犠牲者ではありませんか! 戦士としての死に方ではありませんわ! あれは無駄死にです!」
「ほう、王女様は随分とウイラードの肩を持つのだな? 噂とはかなり違うではないか。本当に王女様なのであろうか、どう思う、神官長?」
「本物の王女様であるなら、王宮のことに詳しいはずでございます。手始めに、国王陛下や王妃の名など教えてもらってはいかがでございましょう」
「ふむ、それもそうだな」
ケレム様と神官長は互いに目配せをして、口の端で笑います。
打ち合わせ済み、ということですね。
リーナ様が口を開きかけますが、ケレム様が見たので、すぐ噤んでしまいました。
国王や王妃の名前なんて知るわけありません。
ここは、私の力で乗り切らなくてはならないようです。
けれど。
リーナ様でなくて、私も、このケレム様、ぶっ殺したいと思ってしまいました。




