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リーナ様と私

利衣奈視点です。

 ユーグさんと騎馬でハトゥーシャの王都に入りました。

 質素というよりも荒廃しているような気がします。

 いいえ、荒廃ではありません。

 退廃的、とでも言うのでしょうか、ぐずぐずと崩れているような変な街です。

 頂点に立つ者を現しているのかもしれません。

 一体、陛下とはどんな方なのでしょう。

 ユーグさんの顔も心なしか曇っているように思えます。

「王都を出てからひと月ほどしか経っていないのに……。ますます荒れているような気がいたします、リーナ様……」



 宮殿の正門で、ルロワ将軍の書簡を見せます。

 正門を抜け、宮殿の正面にある広い階段下で待つように言われました。

 話が通っていたのでしょう、すぐ若い神官が出てきて書簡に目を落とします。

「ガスパールの王女リーナ、か。そこらへんの村娘を連れて来たと言っても通りそうだな。ユーグ殿と二人だけで? 将軍も随分と手抜きだな?」

「途中で山賊に襲われても助ける必要はないと。将軍の盟友ウイラード隊長は、私の父は、この女の一味に殺されたのだからな」

「なるほど。ふふっ、殺されてもかまわないということか。それでユーグ殿を護衛に選んだのだな。しばし待たれよ。神官長に取り次いで来る」

 若い神官が宮殿の奥に消えてすぐ、不機嫌そうな女性の声が聞こえて参りました。

「ガスパールの王女ですって?」

「聖女様! お待ちを! 聖女様!」

 リーナ様です!

 階段の上に、ぞろりと側仕えを従えて現れたのは、黒髪に黒い瞳の……

 私、でした。

 いえ、私によく似た別人でした。

 リーナ様は側仕えの手を振り切ると、階段を降りてきます。

 一輪の花が舞い降りるようです。

 すらりとした細身の体、ハトゥーシャの衣装をスキなく着こなして、しなやかで、気品があって、それでいて可愛らしい。

 変な感じがします。

 私、こんなに目が大きかったかしら?

 頬はバラ色、鼻はツンと品よく、唇は綺麗な赤色、切り揃えたツヤツヤの黒髪が背中へと滑っています。

 こ、これはお化粧のせい?

 それとも中身がリーナ様だから?

 あんぐりと口を開けたまま、聖女様に見惚れていると、ユーグさんが薄く笑って言いました。

「ね? 魅力的な方でしょう? 決して、おへちゃなどでは」

「そ、そうね……」

 何という変わりようでしょう。

 やはり、外見は中身の一番外側というのは本当のようです。

 リーナ様は私の前まで来るとユーグさんに尋ねます。

「この村娘がガスパールの王女だと言うの? 私、視力が落ちたのかしら? 王女はどうしたの?」

「いえ、ダラハーから連れて参りました、ガスパールの王女でございます」

「嘘でしょう? 日焼けして、髪はボサボサ、あろうことかスッピン! これで女だと言える? 侍女に湯浴みの用意をさせてちょうだい! この女を磨き上げて王女らしくするのよ! こんな山だしの猿を陛下の前へは連れて行けないではないの!」

「し、しかし、陛下はすぐ王女を連れて来るようにと……」

 側仕えの一人が口ごもります。

「この娘は私が連れて行きます! 陛下にはお待ちになるようにと! それを伝えるのがお前の仕事です! そうでしたよね?」

「は、いや、しかし……」

 この有無を言わせなさ、リーナ様です。

 何だか、惚れ惚れいたします。

 かっこいい……

「何をぼやぼやしているのです! 行きますよ!」

「あ、はい!」

「まずは湯浴みです!」



 あれよあれよという間に、湯殿へ連れて行かれ、あれよあれよという間に裸にむかれてしまいました。

 見ると、リーナ様も服を脱ぎ、見事な裸を曝しています。

 自分のヌードを見るのは……

 でも、あまりの美しさにぼーっとしてしまいました。

「何を見ているの! さあ、入って」

 湯殿の扉をすぱーんと小気味いい音を立てて閉めると、リーナ様は耳を澄ましています。

「手がいる時は呼びます! さっさと出てお行き!」

 きゃあとかひゃあとか、侍女の声が上がり、それからドタドタと出て行く足音がして、遠ざかって行きました。

「ふ」

 リーナ様は不敵に微笑みます。

 さすが、元祖首切り姫は迫力が違います。

 全裸ですけど。

「やっと二人きりになれましたわね。初めまして、なのかしら?」

「へくちゅん!」

「ご、ごめんなさい。まずは湯に入りましょう」



 リーナ様は良い匂いのする石鹸やオイルを使って私の肌を磨き上げていきます。

 髪も。

 それから自分の体や髪を同じように洗い流しました。

 こんなことは侍女がすることなのではないかしら?

 私がそう思っていることに気付いたのでしょう。

 リーナ様は頬を染めて話します。

「へ、陛下のお体を、洗って差し上げたことがあるのです。もちろん! ご病気だったからよ?」

 リーナ様は陛下が好きなのかしら?

 あの暴力的で無情の陛下を。

「利衣奈……これから話すことを良く聞いて。誰が聞いているかわからない宮殿では話せないから、こんな強引なことをしてしまったの。ごめんなさい」

「リーナ様、私を憎んでいらっしゃるのではないのですか? その、トーリ様のこととか、ダラハーのこととか……私こそリーナ様に謝らなければと思っているんです」

「いいえ、利衣奈には感謝しているわ。私、陛下に会えて良かったと思っているのよ?」

「リーナ様……」

「さ、良く聞いて、利衣奈。私はお湯を使うのが長いのだけれど、あまり長いと不審に思われるわ」

「はい、リーナ様」

「あなたの体、私にくださらない?」

「え、それは、どういう」

「その代わり、私の体は好きにしていいわ。私、今の陛下を殺すつもりなの」

「え! へ、陛下を? でもリーナ様は陛下のことを……」

 


 それからリーナ様が話してくれたことは、衝撃の連続でした。

 そして、ケレム様のこと、陛下の秘密が明らかになり、ウイラード隊長やルロワ将軍、アレクサンド様の話がひとつに繋がったのでした。

「ね、お願い、利衣奈。トーリにハトゥーシャへ攻め込むように言ってちょうだい。そして牢に繋がれている陛下を助け出して! 私はケレムを殺すから! お願い! 利衣奈! 陛下を助けて! お願い!」

 


 リーナ様、ケレム様と刺し違えるおつもりですね?

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