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リーナと利衣奈

 親衛隊の宿舎は剣の鍛錬場の傍にありました。

 鍛錬場の脇を通る時、アリのことを思い出してしまい、涙が出そうになりました。

 私が巻き込んだばっかりに死なせてしまった。

 悔やんでも悔やみきれません。

「アリは」

 私の様子を心配そうに見ていた陛下は、わざと明るく声を出されます。

「あなたが好きでしたよ」

「では、尚更、私のせいで……」

「アリは、あなたの役に立つのが嬉しいみたいでした。薬草を私に飲ませるのもつきっきりで、世話をやいてくれました。だから、アリは満足して死んだと思います」

「あんなに若くして死ぬことが満足だなんて、思えません」

「それはね……私だって、戦いの中で兵士を何人も死なせてしまいました。ただ、彼らの思いに報いるためには、残った者が悔いなく生きるしかない。そう思うことにしています」

「……悔いなく生きる……」

「そうです。だから、今生きている者が悔いを残すような戦を仕掛けるケレムは許せません。たった一人の身内なのだと、大概のことに目をつぶってしまった結果がこれですから、責任は私にある。ケレムのことは、私がカタをつけなければならないんです」



「誰だ……」

 突然、暗闇から誰何の声がしました。

 キラ、と剣が光ります。

 喉元には冷たい金属の感触……

「私は先帝の皇子、ケレムである。ウイラードに会いたい」



「陛下を討つと……?」

「今のままでは、先帝の悲劇を繰り返すことになる。ハトゥーシャを救うために、私は従兄を討つ」

「失礼だが、ケレム殿は政治には余り関心がないように見受けられたが、今、なぜ」

「ウイラード、このままでハトゥーシャは続いて行くと思うか? 陛下は罪のない者まで平気で手に掛けている。力で抑え込んでも何も益はないというのに。私も陛下に謀られて幽閉されてしまった。頼む。手を貸して欲しい。情報も人手も私には何もない。ウイラードの協力が欲しいのだ」

「親衛隊長として近く陛下のお側に仕えてきましたが、最近の陛下の行動は常軌を逸していることもしばしば……。我ら親衛隊を寄せ付けぬ替わりに神官を抱き込み、色と金に欲目のない大臣たちを侍らせ、属国の年寄りどもには鼻薬を利かせて思うように操っておられる。辺境領が不作を訴えても容赦のない取り立てで……。今の陛下は腐っておられる……わかりました、ケレム殿。手を貸しましょう」

「ではウイラード、また半月の夜に参る」

「え、ケレム殿、どちらへ?」

「幽閉されているので、宮殿へ。監視の目が厳しくてな、あまり長く留守にできないのだ。さあ、利衣奈様」

「聖女様……陛下はあなたを召喚して本当に喜んでいましたよ……辺境領へ出かけてもあなたのことばかり話しておられたのが、つい昨日のようです。陛下は別人のようになってしまわれた……ではケレム殿、次の半月の夜に」



「親衛隊長には真実を言った方がいいのではないかしら」

「悪い陛下がケレムに討たれる、この筋書きで良いのですよ、利衣奈様。せめてケレムはハトゥーシャのために働いたという証を残してやりたいのです」

「それでは陛下が悪者のままで死ぬではありませんか。私は嫌です」

「外側など関係ありませんよ。悪い陛下は死に、ケレムはハトゥーシャからいなくなる。私はただのエルトゥールになって、可愛い聖女様と旅に出るんです」

「乗馬を教えていただかないと、陛下」

「そうですね……」



 それから何度か、ウイラード隊長と会いました。

 北方将軍であるルロワ将軍は信頼できるが、南方将軍はダメだとか。

 特にルロワ将軍とは、新兵の頃から背中合わせで戦ってきた盟友なのだそうです。

 少しずつ事態は動いていたのですが……



 ケレム様を侮っていたようですわ、私たち。

 ある半月の夜、私たちは宮殿に帰ることができなくなってしまったのです。

 鎧戸の前でケレム様が待っていたからなのでした。

「やあ、お帰り。夜の散歩は格別だろう?」

 次の瞬間、陛下はケレム様による首側面への打撃で昏倒、石牢へと繋がれてしまったのです。

 私は陛下と離されてしまい、いつもケレム様の横にいるように命じられたのでした。

「さあ、聖女様。お芝居は佳境に入ったよ? ウイラードにはダラハー征伐を命じたからね。崖から落ちて死ぬか、怪我で死ぬか。楽しみだね! もし、万が一生きてたら、王女様をハトゥーシャに連れて来るように言ってあるからね。待とうね!」

「手を放しなさい!」

「その態度は良くないよ? 石牢の中のケレムのことをよく考えて行動しようね?」


 もう少しで、利衣奈がハトゥーシャへとやって来るのです。


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