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ご褒美は唇で

 とんでもなく追い詰められてしまいました。

 考えて、考えて、リーナ!

 ケレム様は、とにかく陛下を傷つけたいだけなのです。

 陛下の大事にしているものを壊して、悲しむのを見たいだけなのです。

 それだけなのですから。

 子どもと一緒です。

 言うことをきかない子どもはお尻をひっぱたいてやればいいのですが、そうもいきません。

 ケレム様を黙らせるには……

 ぎゃふんとまで行かなくても……

 ケレム様を黙らせる?

 あの理性的で非情な策士を?

 無理無理無理無理!

 でも待って。


 理詰めで考える人って馬鹿は苦手よね?


「ケレム様……、ケレム様は召喚されたことが今までにありまして? 私、召喚されて異世界から飛んでくる間にガスパールの王女をみかけたのです。確かに性格には難がある王女のようでしたが、それはただ単に不器用なだけなのですわ。ケレム様と同じ様に。ですからもし王女がガスパールに居辛いのなら、ハトゥーシャに呼んであげてもいいのにと、そう思っていたからですわ」

 陛下がびっくりしたような顔になって、それからふにゃっとした表情になりました。

 そのくしゃみをこらえるような変な顔、おやめください、陛下。

 ああ、笑いをこらえているのですね……

 しかし、ケレム様は厳しい表情を崩しません。

 心なしか、眉間のしわが深くなったように思えます。

 策士は、どうやら私の作戦に乗ってきたようですね。

「ふ、聖女様。言うに事欠いてそのような戯言を。説得力がありませんよ」

「あーら、ケレム様は召喚されたことがありまして? 召喚されたこともない癖に、なぜ戯言だと言えるのです? 私は異世界から召喚されて来たのですよ? 隣町から歩いてやって来たのではないのです! ながーい、ながーい時を超えてやってきたに決まっているでしょう。それに私が持っていたピンクの板! あれが異世界から来た証拠ですわ!」

 陛下がふむふむと納得した顔になります。

 もう、可愛くって堪りません。

 何ですか、その百面相は……

「ば、馬鹿の相手は疲れる! いいか! お前の正体、必ず暴いてやるからな!」

 ケレム様はそう言い捨て、扉を力の限り音を立てて開け放つと出て行ったのです。

 勝った!

 勝ちましたわ!

 とりあえず一難去りました。



 ケレム様が出て行った後で、陛下がため息をつきながら仰います。

「あなたは無茶をする」

「次は斬首かしら」

「冗談ではない! ケレムを甘く見ない方がいい。今はやり過ごせた。だが、次はわからぬ」

 そんなこと、わかっています。

 気になっていることを陛下に聞いてみます。

「もし、私の中身がガスパールの王女だったら、陛下はどうされます?」

「どうもしません。私が信じるのは、コカの悪夢から解放されたあの朝に見た、あちこち傷やアザを作りながらも私の傍にいてくれたあの人だけです。私を見て、朝陽の中で泣いていたあの人だけです。外側なんてどうでもいいんです。あの人が姿を変えたとしても、私は見つけ出しますよ。はは、執念深くてすみません」

「まあ、執念深いだなんて、陛下のお言葉とは思えませんわ」

「後悔したくないだけですよ、利衣奈様。あのコカの毒にうなされている間、ずっと思っていました。もし、生きながらえることができたら、誰がなんと言おうと、欲しいものは欲しいと言おうと。もう、後悔はしたくありません」

 そう言うと陛下はにっこりと微笑みます。

 その笑顔が胸の奥をぎゅっと掴んだのです。

 胸の奥が痛い。

 何か鋭利な刃物をスッと差し込まれたような、くすぐったいような、泣きたくなるような、妙な気分にさせられました。

 利衣奈の持っていた小説によると、恋に落ちた、ということになるのかしら?

「それに、そろそろ限界が来そうです」

「え……」

 限界って……

「ガスパールに攻め込むと言っていましたからね、ケレムは。ハトゥーシャだけでなく、隣国まで巻き込むことは、阻止しなければ」

 そっち……

 変な期待をした私が馬鹿でした。

 利衣奈の小説によると、ここで、イケメン騎士はお姫さまと口づけをかわすのです。

 やはり、異世界とこちらの世界とは相いれないものなのですね。

 お話しはお話しで終わるようです。

 それに、激ニブの陛下ですもの。

 私はきっぱりと口にいたします。

「どうにかして、親衛隊と連絡をつけなければなりませんね」

「まずは、ここから逃げなければならないのだが……監視の目が」

「いい考えがありますわ」



 どうしてもするのか、と陛下が目で訊ねてきます。

 当たり前です、と返します。

 お互いに頷き合って意思確認をいたしました。

 扉の両側に分かれて待機。

 そして

「おやめください! ケレム様! いやああっ! 誰か! 誰か来てぇー!」

「ええい、静かにしろと言うに! さあ、言うことを聞け!」

「いやああっ!」

 会話の間に枕を投げたり、クッションを投げたり、ドッシンバッタン派手に音を立てます。

「何事だ!」

 入ってきた男の脳天目がけて花瓶を……



「もし、もし、大丈夫ですか?」

 男が目を覚まします。

「あれ? 俺はどうして……、あっ! お前たち何をしていたんだ!」

「まあ、突然、こーんなに大きな虫が出たのですわ。ケレム様が追い回して処分してくださったのです。あなたは入るなり転んで頭を打ったのですよ? 気分はどうですか?」

「痴話ゲンカかと思ったぜ。紛らわしいことを」

 男は頭を撫でながら部屋を出て行きます。

 鍵がガチャリとかかりました。

「何と適当な計画かと思ったが、意外に上手く行くものなのだな」

 陛下の目線の先には、テラスへと続く鎧戸が。

 私はスキップで鎧戸へ近寄ります。

「案ずるより、ナントカと言いますでしょ。む、硬いですわね。長い間締め切っていたからかしら。鍵は開いたのに」

「まかせなさい」

 すぱーんと開いたので、陛下はご機嫌です。

「では」

「はい」

 するりと抜けて出て行きます。

 目指すは親衛隊の宿舎です。

 あ、もちろん、宮殿に帰りますよ?

 私たち、幽閉されているのですもの。

 でも。

 月の光に浮かぶ陛下の横顔を見上げながら、ご褒美が欲しいと思ってしまった私なのでした。

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