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情けは人の為ならず。昔の人は上手いことを言いましたが、本当にそうだと思います

 嫌われ者というのは辛いものです。荷物の用意こそしてくれましたが、馬車に積み込むとみんな知らんふりですから。

 リーナ様、どんだけみんなをイジメたんですかと、小一時間、問い詰めたい気分です。

 それでもセアラさんは、やはり小さい頃からの侍女ということもあり、バスケットにお弁当を詰めて持たせてくれました。

 これが、まさしく最後の晩餐というものでしょうね。

 部屋の物は全て持って行くようにとのことで、ド派手なドレスを筆頭にとんでもない量です。スマホがあれば売り飛ばしてやるのですが、それもかないません。

 大きな荷車を引いた大きな馬車の中でバスケットを膝に乗せ、私は一人でぽつねんと座っておりました。

 向こうにいるダラハーを管理する役人に渡す書状を入れた箱は私の横に置いてあります。

 ダラハーは、どんなところなのでしょう。

 綺麗な村だといいな。フランスの片田舎みたいな。小川が流れていて、石の橋が架かっているのです。玉砂利を敷いた小道を抜ければ、蔦のからんだ田舎家が見えてくる。竈でパンやクッキーを焼いて、晴れの日には、庭のテーブルと椅子でそれをいただく。雨の日には、部屋で静かに本でも読みましょう。

 異世界に迷い込んだ『迷子特典』とでもいうのでしょうか、この世界の文字は読めるし書ける、話すこともできるのです。

 でも、それだけです。中身は何もできないただの高校生です。もっと真面目に授業を受ければよかった、家の手伝いをすればよかったと後悔してます。電気オーブンならお菓子も焼けますが、竈なんて……。

 リーナ様と何ら変わることのない、ただの役立たずです、私。


 夜になり、大きな街に着きました。立派な宿屋に案内されましたが、それだけです。

 私はセアラさんに持たされたバスケットを抱えて部屋に入りました。中身は豪勢ですが、ちっとも美味しくありませんでした。機械のように口を動かし、詰め込んでいきます。

 もう、誰も私のことを気に掛ける人はいないようです。

 翌日になり出発しましたが、私に渡されたのは中身を入れ替えたバスケットだけでした。

 ここで、王都からついてきた従者と護衛は半分に減りました。

 街に着くたびに従者や護衛は少しずつ減っていきます。

 そんなことを繰り返して五日目。

 ついに、私に残されたのはお弁当の入ったバスケットと、ここで雇った御者一人となりました。


 ゴトリ、と馬車が停まりました。

 御者が降りてきて馬車の窓をコツコツと叩きます。

「何でしょうか?」

「休憩します。馬に水をやるので、リーナ様もお昼になさってください」

「わかりました」

 乗る時は踏み台も従者のエスコートもありましたが、今はありません。結構な高さなので、馬車の扉を開けたままどうしようかと思っていたら、先ほどの御者がやってきて、黙って荷箱を置いてくれました。

「ありがとうございます!」

 元気いっぱいに返事をしたので、びっくりしているようです。お礼に驚いたのかもしれません。私は嫌われ者のワガママ姫ですから。

 でも嬉しかったんです。親切が。

 御者はもうお爺さんといってもいい年齢の方でした。

 私がバスケットを持って馬車から降りると、彼は荷箱に腰掛け、紙袋をガサゴソさせると、パンを一切れ、チーズを一欠け出してきました。これが彼のお昼のようです。

 バスケットの中はハムや卵をふんだんに使ったサンドイッチ、野菜、果物、ケーキと盛りだくさんです。

 私はサンドイッチをハンカチに包むと、お爺さんに差し出しました。

「たくさんあるので、よろしかったら食べてください」

 お爺さんは、最初は驚いていましたが、にっこり笑うと受け取ってくださいました。

 そして体をよじると荷箱の横をあけて、私に座るように言ってくれたのです。

 二人で並んで食べます。

 食べながら私は、不覚にも泣いてしまいました。

 優しさに飢えていたみたいに。

 お爺さんは困ったような顔をしていましたが、小さな袋を取り出すと、私に押し付けてきます。

「こんなものしかお返しができませんが。木の実を干したものです。かなり硬いので、退屈しのぎに口に入れておくといいですよ」

 一人ぼっちで馬車に乗っている私を気遣ってくれたようです。たくさんお礼を言って受け取りました。

 袋から一粒出して、口に入れます。

「あ、本当に硬い!」

「飴のように舐めると長持ちしますから」

「ふふ、しょうね。あほどりぇふらいで着ふのかしりゃね」

「リーナ様、口に入れたまま喋るとアゴが痛くなりますよ」

 今日、初めて笑いました。笑っても涙って出るんですね。


 ダラハーに着いた時はすっかり夜になっていました。役場の前でお爺さんは馬車を止めます。役人は既に帰ってしまったようで、役場の中は真っ暗でした。

「私はここまでなので」

 お爺さんは申し訳なさそうに言いますが、彼のせいではありません。

「荷物だけは馬小屋へ降ろしておきましょうね。雨になるかもしれませんから」

 こうして私も馬小屋へ荷物と一緒に泊まることになったのです。

 今日一日で私は様々なことを学びました。

 そして、一つ、わかったことがあります。

 いくらきらびやかなドレスを沢山持っていたとしても、一袋の木の実には到底及ばないということです。

 木の実の入った袋を握りしめて、私はいつのまにか眠ってしまったようでした。


「おい、起きろ!」

 すっかり朝です。

 頭に敷きワラをたくさんつけた私を横柄に見下ろす男に気付きました。

「誰だ! お前は勝手に馬小屋へ入り込んで! それに、なんだ! この荷物は!」

 私は急いで陛下の書状が入った箱を男に差し出します。王族の印が入った箱を見て、男の顔色が変わりました。

「ま、まさか、くび……、リーナ様! ようこそ御出でくださいました!」

 この手のひら返しが、この男のデキを語っています。役人とはこのようなものなのでしょうか。権力にへつらう駄犬です。いえ、犬に悪いです。ゴキブリです。溝の中のリケッチア以下の些末な野郎です。

「ささ、こちらへ! このような所へお泊りとは! 館の準備が整うまで役場のほうへ」

 男が急に私の手を引っ張ったので、木の実の入った袋を落としてしまいました。

「あっ、袋が!」

「そのような汚い袋、どうでもいいではありませんか! ささっ、リーナ様!」

 言うなり、こいつは袋を蹴飛ばしやがったのです。

 袋の口が開いて、木の実がこぼれました。

 おのれ、よくも!

 そう思ったら、叫んでいました。

「お前には躾が必要なようですね! 私が躾けてあげます! シット! ウェイト!」

 そして、ギロリと男を睨んで一言。

 首切り姫の本領発揮です。

「ハウス!」

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