逆襲の足音が……
「私、あのアリという子、そう、親衛隊の。大っ嫌いですわ、ケレム様。とーっても生意気なんですもの」
「くっくっくっ、利衣奈様、私にはとても仲良しに見えますが」
美形は麗しく微笑んでそう言います。
今は、薬草を変えてからもう半年以上経ちました。
処方箋もアリに渡して、私は何の関係もないフリをしています。
たまに会ったらケンカになるように、お互いで気を付けているのです。
でも、それを幸いと、アリは私のことを、鼻ぺちゃだの、平坦顔だの言いたい放題ですので、本来の趣旨を忘れて本気のバトルになってしまうこともしばしばなのですわ。
自然、陛下ともあまり会う機会がなくなってしまいました。
その分、デフネやラビヤと一緒に、ケレム様を囲んで、キャッキャウフフと馬鹿丸出しではしゃいでいるのですよ。
あの薬種商が言っていた通り、変えてすぐは陛下はやはり熱を出して三日ほど寝込んでしまったらしいこともケレム様から聞きました。
ケレム様は風邪でもひいたのかなと言っていましたけど。
どうかあの薬草が効いて、陛下の悩みが少しでも良くなりますようにと、願わずにはいられません。
ちらりと見かける陛下はいつもの仮面姿ですので、その効果を目にすることはできないのですが。
と、目の前のケレム様を忘れてはいけませんね。
「まあ! どこが仲良しなのですか! ケレム様! ひどいわ!」
美形はまた楽しそうに笑います。
「私にはアリがとても羨ましく思えます。利衣奈様はアリには本当の自分を出しているような気がするのですよ」
なぜか、ドキリとした私です。
「エルトゥールにも、あなたは泣いたり、怒ったり、感情をぶつけていた。私にはしたことがありませんよね?」
デフネとラビヤが割って入ってきます。
「当たり前じゃありませんか、ケレム様。女の子は思う相手には、いつだって最高の自分を演出してしまうものなのですよ? みっともない所なんか出すわけないじゃありませんか!」
デフネ、ラビヤ、ナイスなフォローですわ。
美形は再び微笑みます。
「では、私は随分とあなたたちに好かれているということですか?」
「はい! ケレム様!」
デフネとラビヤに乗っかって私も声を揃えます。
「私は嫌われていると思っていましたよ? 女性というものは中々深いものなのですね。まだまだ修行が足りませんね、私は」
「ええ、ケレム様。女というものは、男にはわからない色々な面を持っているものなのですよ? 深いようで浅い。浅いようで深い。弱いようで強い。強いようで弱い。得体の知れないものなのです。ね? デフネ! ね? ラビヤ!」
「そうですよー! ケレム様!」
結構、鋭いのですね、ケレム様。
これは気を付けないといけませんね。
「利衣奈様、こっち、こっち」
「アリ……親しくしてはダメよ?」
「いいから、こっち」
アリが私を連れて来たのは西の塔です。
アイシェ様の事件の後、塔は締め切られてしまったのです。
したがって、誰もここには来ないのですが。
アリは塔の裏手に私を連れて行きます。
そこで、西日を浴びて誰か立っているのが見えました。
細身、長身の男性です。
逆光で顔がよくわかりません。
その人は地面に持っていた大きな花束を置くと、こちらへ近づいてきました。
「ケレム……様?」
「やっぱり間違えた。利衣奈様、私です。エルトゥールです」
「陛下! まあ! お顔が……でも、ずっと仮面をされていたではありませんか! 私、効果がないのではと心配していたのですよ? ひどいわ」
「ええ、結構綺麗になったでしょう? びっくりさせようとアリと相談して仮面をずっとつけていたんです。アリから聞きました。あなたが薬草を持ってきてくれたと。ありがとうございます、利衣奈様。その、今日はアイシェの命日なので……」
「ええ、あの、事情はケレム様から聞きました、陛下」
「……そうですか。私はいつもここへ来ると思うんです。私がアイシェを選ばなければ、アイシェを死なせることはなかったのではないかと。ケレムの婚約者だと知っていれば、あきらめたのに。私を好きになる女性なんていませんでしたから。誰もがケレムを先に好きになるんです」
そうでもない人がいますわよ、ここに。
「ねえ、陛下、陛下にとってケレム様とは、いったい」
「親も兄弟もなくした私にはたった一人残った身内です。大事にしたいと思っているんです。それにケレムは有能ですからね。私より皇帝が向いていると思うんです。私は、ケレムのようにきっぱり決めることができなくて。優柔不断なんです、利衣奈様。王には向いていない」
愛情もきっぱり捨てられる、ということもありますわよ?
「でも、陛下はこれまで、随分と戦を仕掛けて領地を広げられてきたじゃありませんか」
「ケレムの発案ですよ、全て。ああ、言ってしまったな。ただね、戦を仕掛けるだけでなく、攻め入った後の交渉事は私がやりました。人々の暮らしは治める王が変わったところで続いていくものですから。領地の民人が飢えないように、暮らしが少しでも良くなるように、荒らした土地の整備や橋をかけ直したり、用水を引いたり。できることはしてきたつもりです。如何せん、先王のやり方が酷かったので、中々評判は戻りませんが」
「では、辺境領に度々出かけるのも?」
「ええ、不作になりそうなら、強い品種の苗を手配したり、人手を集めたり。私も畑を耕したりしますよ? 結構、上手だと褒められてるんです」
「ふふっ、陛下らしいですわね」
従兄ということもあって、陛下とケレム様は似ていらっしゃいます。髪の色も瞳の色も同じですしね。
「前髪はもっと切って顔を出した方が良いですわ」
お顔立ちは良いのですから。
イケメンになれますわ、陛下。
「や、それはまだ無理です。やっと仮面をつけなくてもいいかなという状態に慣れてきたところなんですから」
陛下が西日を浴びながら優しく微笑みます。
やっぱり、前髪を切った方がいいのでは。
陛下が『何ですか?』と顔を下に向けたので、碧の瞳が良く見えます。
深い、深い、森の奥を見るような綺麗な碧の瞳……
碧の瞳に私が映っています。
ずっと見ていたいわ。
「ちょっと、僕もいるんだけど。未成年者の前でラブシーンは勘弁して欲しいなあ」
アリ、いたのですね……
邪魔な子……




