お仲間探し
「うーん、どうすればいいかしらね……」
薬草を前に私は考えます。
薬種商の主人が言うには、これでひと月はあるとのことなのです。
これを煎じて、どうやって陛下に飲んでもらったらいいのか。
まず、私は薬草を煎じることなんてできませんし。
仮にできたとしても、三カ月経った今、聖女様はケレム様がお気に入り、つまり、ケレム様側ということになっていますから、私が陛下に薬草茶をすすめても、『飲んでー』『いいとも』なんてお気楽な展開になるはずがありません。
陛下が信頼できて、陛下を信頼してくれる仲間を見つけなくてはなりません。
陛下の傍にいる家臣の内、誰がそうなのか、見極めなくてはなりません。
それには……
「う、た、高い……、ガマン、ガマンよ、リーナ……」
陛下が剣の鍛錬をされる場所は知っていました。
そこへ行く通り道に高い胸壁が続く所があります。
その胸壁の上に石をたくさん入れた袋を置き、綱をつけておきます。
その綱を引っ張って……高い木の枝に結び付けて。
陛下が通る時に綱をほどき石を落とすのです。
それとは別に地面に杭を打ち、綱の切れ端を結び付けておきます。
みんなが地面の杭に注目している間に、木から降りて、さっさと逃げ出す。
杭に黒い髪の毛を一筋、絡ませておけば。
聖女様が陛下に怪我を負わせようとした、という展開になりませんか?
その事件の後で、聖女様に仲良くしようと近づいて来る者は怪しいですし、聖女様を嫌う者は陛下寄り、とおおよその区別ができます。
けれど。
下見に訪れた胸壁ですが、こんな高い所から石なんか落としたら、怪我どころか悪くすれば死んでしまうかもしれません。
ヘタな考えだったようです。
新たな策を考えなければなりませんね。
それにしても。
何て、眺めの良いところなんでしょう。
天気もいいし、陛下と来たら……
いえいえ。
そんなことを思っていたら、下から話し声が聞こえてきました。
陛下たちです。
覗き込んだ時でした。
掴んでいた胸壁の石がグラッと動いたのです。
「きゃああああああっ!」
体が下へと投げ出されます。
必死で壁の出っ張りに両手をかけました。
「助けてーー! 誰かあああっ!」
「利衣奈様っ!」
大騒ぎになってしまいました。
掴んでいる出っ張りもグラグラで、ポロポロ崩れて行きます。
この掴んでいる石が落ちたら
死ぬ……
きゃあきゃあ騒いでいたら、一際大きな声が聞こえました。
「利衣奈様、落ち着いて。手を放して。大丈夫。私が受け止めますから。さあ」
陛下です。
この高さで、
この高さで、
ダメ!
陛下が怪我をします!
そう言う間にも出っ張りはグラグラしてきます。
また、声がしました。
「大丈夫。必ず受け止めますから。さ、手を放して、利衣奈様」
「陛下!」
手を放した後のことはあまり覚えていません。
エルトゥール、エルトゥールと誰かが叫んでいました。
私は叫びながら、誰かにしがみついていました。
頭を撫でられて、子どものように泣き出して。
温かい、温かい
腕の中で安心したあまり
泣きじゃくってしまいました。
「……ん……」
ここは、どこかしら?
体を起こします。
ムダに広いベッド。
石壁に掛けられたハトゥーシャの国旗、書き込みのされた地図。
ここは、陛下のお部屋です。
相変わらず、暗い部屋ですね。
陛下は?
そっとベッドから足を降ろすと、扉が開きました。
陛下!
ではありません。
ケレム様です。
「利衣奈様、気が付かれましたか?」
「ええ、あの陛下は?」
「会議に出ていますよ」
「お怪我は? 陛下にお怪我は?」
「あれくらいで怪我などするわけないじゃありませんか」
「本当に?」
「利衣奈様、なぜあのような場所に行かれたのですか?」
「ちょっとした探検よ。前から行ってみようと思っていたの。凄く景色が良かったわ」
「肝が冷えました。もう二度とあのようなことはなさらないように」
「ええ、わかったわ。ごめんなさい」
ケレム様は私を抱きしめます。
「あなたが無事で良かった……」
うう、手を離しなさい!
でも我慢します。
また、扉が開きます。
「おお、済まない!」
陛下です。
なぜか扉は閉まります。
え? なぜ?
「エルトゥールは私たちに遠慮したようですね」
「でも、ここは陛下の」
「ええ、そうです。利衣奈様がエルトゥールにしがみついて離れなかったので、仕方なくここへ。嫉妬で気が気ではありませんでしたよ」
ケレム様が私の髪を撫でます。
違う。
あの手ではありません。
泣き出してしまうほど優しいあの手ではありません。
さり気なく、立ち上がります。
「私のお部屋へ戻ります」
陛下を探して廊下を走ります。
さっき出て行ったのです。
まだ遠くへは行っていないはず。
見えました!
「陛下!」
振り向いて陛下は笑顔になります。
「利衣奈様、そんなに走っては」
「私のことより、陛下は? お怪我はないのですか?」
「あなたは軽いですからね。大丈夫ですよ。心配しないで」
「本当に? 本当に? 私のせいで怪我などさせたら、そう、思う、と……」
涙が出てきてしまいました。
陛下が私の頭をポンポンと叩きます。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
「泣かないで。ケレムを呼びましょうか。ケレムも随分と心配していましたから」
「いいえ、いいえ……」
「お転婆な聖女様は泣き虫でもあったのですね」
そして、頭をポンポン。
ずるいですわ。
ここで大人の優しさを出すなんて。
「陛下! 会議が始まりますよ!」
親衛隊の制服を着た若者が大声で叫びます。
陛下は苦笑いです。
「わかった、今行く。さ、泣き止んで。私は大丈夫だから」
「大丈夫じゃないでしょう! 全く、ワガママな聖女様だ!」
「アリ! 余計なことを言うな! 行くぞ」
陛下はアリと呼んだ若者を引きずるようにして行ってしまわれました。
アリ
あなたに会いに行きますね。
なるべく早く。
そしてケレム様。
陛下が部屋に戻って来るのを見計らって私に会いに来たのですね。
陛下は会議中などと。
段々と、あなたが許せなくなりそうですわ。




