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聖女様のお出かけの功名

 私、ガスパールでは嫌われ王女でしたから、一人ぼっちでした。

 ハトゥーシャでは、五百年ぶりに召喚された聖女ということもあって、わざわざ私を見ようとたくさんの人が会いにくるのですわ。

 その度に、あのピンクの板をぽちっと押して例のファミリーカレーの歌を聞かせてやり、魔法だの、さすが聖女様だの、称賛の言葉をいただくのですが……

 いい加減疲れてきましたわ。

 それに、あの板ですが、一週間ほどで歌わなくなってしまったのです。

 あんまり歌わせ過ぎて壊れてしまったのかもしれません。

 今はただのツルツルした薄い板に成り下がっておりますのよ。

 それでも、私に会いにやってくる人々。

 ハトゥーシャは娯楽が少ないようですので、聖女様に会うのが何かの行事になっていると思われます。

 で。

 たまに逃亡してしまいます。

 王都へ。



 デフネとラビヤに協力を仰ぐとケレム様に伝わってしまいますから、単独での脱出ですわ。

 私の部屋は二階にありますが、窓の外には枝ぶりの良い大きな木が植わっておりますの。

 頭痛がするので明日の朝まで起こさないでと伝えておいて、密かに洗濯場から拝借してきた地味な服に着替えます。髪はカツラを被って。

 瞳の色は変えることができませんが、目を合わさないようにすれば良いのですからね。

 大体、女の子が木登りができないなど、誰が決めつけたのでしょう。

 ヒラリ、と枝に移ると、難なく地上に到着ですわ。

 こうやって自分の部屋を脱け出して、トーリとよく遊んだものです。

 まだ、腕は鈍っていませんね。

 木の根元に隠しておいたカゴを抱えると、ストールを頭に巻き付け、顔も目だけ出して覆います。

 ハトゥーシャでは一般的な外出姿の完成です。

 一番賑わっている正門から堂々と出て行きます。

 門番が笑顔で尋ねます。

「用向きは?」

「市場へ買い出しに」

「お気を付けて」

 門番とは顔なじみですのよ。

 市場でちょっとしたお土産を買ってきて渡すからです。

 最初は市場でお金がいることなど知りませんでした。

 必要なかったですからね。

 こんなことができるようになったのは、やはり私が聖女だからなのです。

 聖女様に会いにくるのは、高位の貴族や官僚だけではありません。

 王都で暮らす貴族、裕福な商人や大学の先生など多彩です。

 彼らと親しく話し、世間話に興じ、不満や悩みを聞き、適当な、だって私はまだ十七歳、人生経験は少ないのですから、適当な助言をすることで身に着けていったものなのです。

 利衣奈の持っていた本や小説が役に立ちました。

 特に、絵ばかり描かれた本、ほとんどが恋愛の話なので、とても面白かったですわ。

 恋の悩みは異世界でも同じのようです。

 こんなに恋愛についての本をたくさん持っている利衣奈は、もしかしたら、恋愛関係の占い師になるための学校へ通っていたのかもしれません。



 あら?

 今、ケレム様によく似た人があの角を曲がって行ったような。

 私と同じストール姿ですが、あの歩き方、衣服の豪奢な感じ、背格好はケレム様によく似ていました。

 ここは後をつけるべきでしょう。

 ケレム様に似た人物は慣れた足取りで薄暗い路地を歩いて行きます。

 なんて速いのでしょう。

 これは足の長さの差でしょうね。

 あ、また曲がりました。

 後を追って曲がりかけて、戻ります。

 危なかった。

 すぐ先の店で店主と話しをしていました。

 やはりケレム様でした。

 ストールをはずしています。

 何やら揉めているようです。

 やり取りがあって、ついに店主が叫びました。

「これで最後にしてくれ!」

「ふ、薬種商などいくらでもあるぞ。口に気を付けることだな」

 おおう! こっちへ戻ってきます。

 急いで、カゴを肩に担ぎ、顔を隠しながらすれ違います。

 路地にいなくなったのを見届けてからケレム様と口論していた店主を尋ねます。

「ごめんください。先ほどの者の使いですが、やはりこの店を使って行きたいので、多少の行き違いは許して欲しいと伝言を預かって参りました」

「ああ、いらっしゃいませ」

「ご亭主の機嫌を損ねてしまったので、よくお詫びをするようにとのことでしたが、一体、何が」

「いえね、あの方が求められていたのはこの薬草なんだが、高価で良く効くが害も強く出る。症状が安定しているのなら、もっと穏やかな効き目の薬草に変えたほうがいいと言ったんだよ。そうしたら」

「怒ってしまわれたのね?」

「私もね、あんな高価な薬草をひょいひょいとお買い上げになるお得意様だ、このまま黙って売ることも考えたよ? だがねえ、本当に症状が落ち着いているのなら変えた方がいい、言わば劇薬みたいな薬草だからね。長く飲むのは、かえって体に悪い」

「その薬草は何に効くのですか?」

「皮膚病だよ」

「……皮膚病……それはお顔に痘痕が残るような?」

「ああ、そうだよ。なにしろ強い薬草だから、初期にパパッと使って、落ち着いてきたらこちらの薬草に変える。長く飲めばいいってもんじゃないからね。余計に痘痕がひどくなることもあるから」

 まさか、陛下に劇薬の方の薬草を?

 宮殿にも薬師がいるのです。

 薬師を通さずに買うだけで、疑いが深まります。

「あの、多分、随分と昔に罹った皮膚病なんだと思うのですが、痘痕が酷いのです。そんな人がこの強い薬草を飲んだら?」

「そりゃあ痘痕だけでなく、内臓にも悪いね。ほかの病気の元にもなるしね、絶対にやめた方がいいよ」

「では、そういう人に効く薬草はどんなものがあるんでしょうか?」

「そうだねえ……その人は何歳くらい? 男? 女? 体は丈夫な方? 背の高さは? 筋肉質? ぽっちゃり?」

 陛下を思い出しながら答えます。

「それなら、これだね。これと、この棚のと、飲みやすくするのに、これを入れて」

「あの! 私の家は王都からかなり遠い街にあるんです。あまり頻繁には来れないので、どうしたら?」

「はは、処方箋を書いてあげるから、家の近くの薬種商へ持って行きなさい」

「まあ! ありがとうございます!」

「商売だから多少の無理は聞くがね、人の命に係わることだからね、無茶は許せないんだよ」

 陛下。

 陛下のお顔、私が良くして差し上げますわ。

 ま、もともとお顔立ちはいいのですが。

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