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妻殺しの真実

「まあ、まるでアイシェ様のよう。お綺麗ですわ」

「ええ、本当に。絵姿にそっくりです」

 デフネさんもラビヤさんも私を綺麗だと言いますが、この私に似ているアイシェ様、平凡なお顔立ちなのでしょうね。

 陛下を始めとして、ハトゥーシャには視力検査が必要な方が多いようです。

 まあ、俗に言うお世辞ということはわかりますけどね。

 でも、陛下は本当にそう思っていらっしゃるような気がしてなりません。

 これって、私が陛下を過大評価しているということなのでしょうか。

 優しくされたから?

 暖炉の前で見せてくれたあの笑顔が作り物だったとは思えないのです。

 ここは慎重にしなければなりません。

「陛下はどうされていらっしゃるのかしら。今日はまだ、お姿を拝見していないのよ」

「陛下なら、朝早く辺境領へ出向かれました。不穏な動きがあるとかで」

「また陛下の悪い癖が出たのでしょう。ケレム様は穏便にコトを進めましょうと進言されていますのに」

 んんん?

 確かにハトゥーシャの皇帝は戦好きと呼ばれていて、ガスパールでもそう認識していましたが、実際に会ってみると、確かに剣の腕はそこそこあるのでしょうが、戦好きとは思えませんでした。

 むしろ、昨夜、寝室の私たちを襲ってきたケレム様の方が戦い好きなのではないでしょうか。

 だって、陛下が私を抱えたまま剣を振るわなければ、今頃は二人揃って天の御門をくぐっていたかもしれないのですから。

 それに、あの時のニヤニヤ笑い。

 冗談ではない可能性も考えられます。

 要注意です。

 女の勘は侮れませんことよ。

 ケレム様に信用されるような『仲間』になって、本当のハトゥーシャを知らなくては、ハトゥーシャを救うことなど出来ないような気がいたします。

 これで陛下を敵にまわすようなことになったとしても。

 陛下はケレム様を疑うようなことはしたくないと思いますので、私がケレム様の正体を暴いてやりますわ。

 ケレム様に近づくためにも、侍女たちと仲良しになる必要がありますね。



 ほう。

 読み終えました。

 利衣奈の鞄には絵ばかり描いてある本や小説が入っていましたので、パラパラめくっていたのですが、結構面白いですわね。

 特に、『野獣騎士ハイランダー』は、主人公が激ニブで女性慣れしていない、その癖、すご腕の剣士なのです。

 女性にモテモテなのに気づかないなんて、まるで陛下みたいで興味深く読めましたわ。

 第七巻らしいので、次の巻どころか、全巻読みたいですわね。

 利衣奈の世界では、歌う板を始め、このようなものが周りに溢れているというのでしょうか。

 何だか楽しそうですね。

 帰りたいでしょうね……元の世界に。

 本をパタンと閉じた時です。

「利衣奈様、お昼はどうされますか?」

 侍女が期待のこもった声でたずねてきます。

 わかっていますよ、あなたたち。

「今日はお天気もいいし、ケレム様をお誘いして、中庭でピクニックはどうかしら」

「それ、いいですわ! 早速、ケレム様にご予定をお聞きしてきますね!」

 そして、デフネとラビヤのどちらがケレム様に伝えに行くのかで小競り合いが始まりました。

 そう。

 半月ほどで、すっかりケレム様とも仲良くなった私です。

 ケレム様は美形です。

 先帝の皇子ということもあって立ち居振る舞いも優雅で品があります。

 それに頭も良いのでしょう。

 会話も楽しいし、女性の扱いにも長けていらっしゃいます。

 普通に出会ったとしたら、きっと心惹かれていたでしょう。

 でも。

 あのニヤニヤ笑いを忘れられない私です。

 ケレム様には何かあるはずです。

 たとえば欠点とか……

 ……ないわね。

 欠点がないのです。

 その点、陛下は。

 私がハトゥーシャに召喚されてから三日ほどは辺境領に出かけられていましたが、帰ってきてからは、さり気なく私を避けておいでです。

 ま、本人は『さり気なく』していると思っているようですが、全然そんなことはありませんから。

 関節に油を注してあげたいと思うくらい態度がぎこちないのです。

 私としては可愛い陛下なので良いのですが、侍女たちは違うようです。

 冷たい、と言うのです。

 召喚した聖女が自分ではなく、ケレム様と仲良くしているのが気に入らない、心の狭い男だと言うのです。

 それに遠くからじっと見てくるのも怖い、と。

 陛下が人前に出たがらないのは、こういった遠慮のない人の口が嫌なのでしょうね。

 でも。

 取りあえず、ケレム様です。

 何を企んでいるのやら。

 人当たりの良い人って、大抵はスネに傷を持っているものですもの。



 まずは陛下の妻殺しからですわ。

 陛下が一番しそうにないことですからね。

 ケレム様は何か知っているに違いありません。

 それに、私を『仲間』と見てくれているかの見極めの恰好の判断材料にもなりますから。

「陛下は聖女召喚の翌日から私を無視しておいでなのです、ケレム様……やはり、お亡くなりになった奥様に似た黒い髪に黒い瞳の私が憎いのでしょうか。侍女から聞きました。陛下は妻殺しなのだと。そんな激しい気性の方には思えなかったのに……」

 お昼を頂いた後、侍女たちを下がらせて、私は涙ながらにケレム様に訴えます。

 このために、半月の間、努力しましたから。

「利衣奈様、陛下は利衣奈様を大切に思っておいでですよ。ただ、アイシェ様の亡くなり方が……、その、亡くなり方だっただけに」

「亡くなり方がどうだったのですか?」

 ケレム様は黙ってしまいました。

 まだ早かったのかしら。

 もう少し、懐へ入るべきだった?

 考えるのよ、リーナ。考えて。

「私も殺されるのかしら。このままほったらかしにされて。なぜ陛下が聖女召喚なんてしてしまったのかしら。ケレム様が召喚の儀式をしてくだされば良かったのに」

「利衣奈様……」

 ケレム様が私の肩を抱きしめます。

 払いのけたい衝動にかられますが、じっとガマンです。

「アイシェ様は、自殺、されたのですよ、利衣奈様」


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