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ケレム、その人となり

 ぱたり、と小さく音がして扉が閉まってしまいました。

 私はクッションの上で膝立ちになりました。

 何が陛下にあのような行動を取らせたのか、考えてみます。

 アイシェ……

 この方の名前を出したから陛下はオカシクなってしまったように思えます。

 妻の名前に過剰に反応しているようです。

 聖女を召喚したら妻にしなければならないことは、陛下はわかっていたはずです。

 そして、陛下なりに、私を大事にしようと努力されたのでしょう。

 だって、私、ガスパールにいるよりも幸せだと感じたのですから。

 でも、愛情って努力して育てるものではありませんよね。

 その間違いに気付いた陛下は、自分を騙しきれなくなったのだと思われます。

 それほどまでに、アイシェさんを、奥様を愛していらっしゃるのでしょう。

 でもね、陛下。

 私は決心したのですから。

 私、陛下のためにハトゥーシャを救いますから。

 良くしますから。

 それだけは約束しますわ。

 だから陛下は無理しなくてもいいのですよ。

 それに、ここ、大事です。

 利衣奈の体を、本人の承諾もなしに勝手に使うわけにはいきませんもの。

 私、妻にはなれませんわ。

 嫌われ王女はハトゥーシャを救ったらどこへ行けばいいのかしらね。

 いっそガスパールへ送っていただいて、利衣奈と暮らすのもいいかもしれません。

 ふう。ややこしいですわね。

 元はと言えば、陛下が聖女召喚を……

 いえいえ。

 私は、あのままガスパールにいるよりも幸せ。

 そう思うことにいたしました。

 私は立ち上がってピンクの板を手に取ります。

 さあ歌って。

 私を慰めて。


 ファミ、ファミ、ファミリーカレー、カレーはやっぱりファミリーだね

 結婚して初めての冬

 暖かい暖炉の部屋であなたと食べる

 カレーはファミリーカレー

 ファミ、ファミ、ファミリーカレー、カレーはやっぱりファミリーだね


 暖炉の炎が再び揺らめきました。



 そのまま、陛下は戻って来ず、朝を迎えてしまいました。

 広いベッドの上に起き上がります。

 昨夜は着替えることもなくあのまま、召喚された時の服のまま寝てしまったのです。

 綺麗好きの私が湯浴みをすることなく寝るなんて考えられません。

 侍女はいないのかしら?

 皇后陛下がいらっしゃるのですから侍女くらいいると思うのですが。

 それとも陛下の聖女召喚に腹を立てて、女性陣にイジワルをされているのでしょうか。

 ほほ、こんなことくらいで首切り姫が意気消沈するとでも?


「でもお湯の用意くらいはして欲しいわね」

 顔を洗うお湯もなく、暖炉の火も当然消えています。

「呼び鈴もないとは! 陛下はどうやって生活しているの!」

 その時です。

 扉が開いて、侍女が二人、お湯と洗面器を抱えて入ってきたのです。

「聖女様、今日から私たちが聖女様のお世話をさせていただきます。私がデフネ、こちらがラビヤでございます」

 初めて見る女性です。

 昨夜の陛下と同じようなゆったりとしたズボンにワンピースを重ねていますが、淡い色の刺繍が施してあり、女らしい装いです。

「ありがとう。着替えは昨夜、陛下が持ってきてくださったのですが」

「はい、お手伝いいたします」

 二人とも私より少し年上でしょうか。

 でも若い女性ということもあり、会話を交わすうち、段々とお喋りになってきました。

 女の子同士でこんなに喋るなんて、もしかしたら初めてかもしれません。

「まあ、聖女様、異国から召喚されたとあって、お召しになっているものは変わったものでございますね」

 ええ、私も驚きました。

「このドレスはとても短くて足が丸見えですわね。聖女様のお国では女性はみなこのような恰好なのですか?」

「だいたい、そうみたいよ?」

「へえええ」

 着替えを広げてデフネさんが声を上げました。

「まあ、これは!」

「あら、そうね」

 二人が声を揃えて言います。

「アイシェ様のものですわ!」

「ええ?」

 大丈夫なんでしょうか。

 ガスパールでは、自分の衣服を下賜するのは、とても親近感を抱いた相手にするものなのです。ハトゥーシャではどうなのでしょう。

「ケレム様のご指示でしょうね!」

「ええ、そうに違いありません!」

 ケレム様とは、昨夜、剣を持って陛下の寝込みを襲いにきた美形のことですね。

 侍女たちは何やらウキウキとしています。

 ケレム様は女性に人気がおありのようです。

 まあ、美形ですし。

「あの、ケレム様とはどういう方なのかしら? 陛下とはとても親しい方のように見えたのだけど」

 デフネさんが得意げに語ります。

「ケレム様は陛下のお従兄様にあたります。先帝の皇子ですわ。先帝は酷い専制政治をしいた方でご自分の弟君、陛下のお父様ですわね、弟君夫婦も謀反を企てたとして処刑なさったのですわ。ケレム様はそのやり方に業を煮やして陛下と共に先帝を失脚させ、罪滅ぼしとして、陛下に皇帝の座をお譲りになったのですよ! とても潔白で、お優しい方なのです」

 ラビヤさんも口を開きます。

「陛下は兵たちには絶大な信頼を得ていますけど、どちらかと言うと、無口な上に女性への気配りがヘタで。その点、ケレム様は全然違いますわ。アイシェ様もとても頼りにされておいででした」

「アイシェ様?」

「ええ、皇后陛下だった方です」

「だった、とは……」

「ええ、事故でお亡くなりに」

「事故……」

「事故ということになっていますが……」

「私たちが宮殿にお仕えする前のことなので、詳しくは」

「はっきりしてちょうだい! 事故ではないのね!」

「はい、噂ですけれど……跡継ぎに中々恵まれないことに腹を立てた陛下に、窓から突き落とされて殺されたということですわ。その事件のあと、陛下の身の周りの近習たちは一新されてしまったとか」

「陛下は妻殺しと呼ばれています。私たちも陛下のことが怖くて、ねえ?」

「ええ、それに、あのお顔、いつも仮面をつけられていて、滅多なことでは外さないとか。私たちも素顔はハッキリと見たことはないのです」

「何てこと……」

「アイシェ様も黒髪に黒い瞳の方だったそうです。聖女様も同じなので、陛下がまた無体なことをするのではと、神官たちが大騒ぎをしたとか。それでケレム様に様子を見守るように頼んだそうなのです」

「聖女様、陛下に何かされませんでしたか? 仮面が怖くありませんでした?」

「大丈夫よ。陛下はとても良い方でした」

「まあ! では聖女様には忠心を誓っているのね。あの陛下が」

 侍女たちの驚きとは別の意味で私も驚きです。

 陛下はいったいどういう方なのでしょう。

 そして。

 ケレム様とは。


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