聖女様のお役目は
「その、利衣奈様のご両親は、突然、娘がいなくなって大変心配しておられるだろうな。すまない。だが、どうしても聖女を召喚する必要があったのだ」
「両親……」
ガスパールにいる国王と王妃の顔が目に浮かびます。
「……心配はしていないと思うわ、多分」
「まさか」
「私の両親は、そうね、国の重要な地位にあって責任の重い仕事をしているのよ。だから、仕事が忙しくて子どものことは侍女に任せっぱなしなの。陛下が気にする必要はないわ。それにね、私は、王太子である兄さまを含めて七人兄妹だから、一人くらいいなくなっても気づかなくてよ」
「王太子? では利衣奈様は王女殿下?」
「おおおお、王太子のように横柄な兄ということよ! だから我が家では兄のことを王太子と呼んでいるのよ」
嘘ではありません。
「ああ、なるほど。先ほどの絵姿のようなお顔立ちなら、そうなっても仕方ないな。でも、利衣奈様は黒髪と黒い瞳のほかは兄上とあまり似ておられないのですね」
似るわけないじゃありませんか!
これ以上、身元調べをされたらボロが出そうです。
「へ、陛下のご兄弟は?」
「双子の弟がいた」
「いた?」
「ああ、二人とも戦で死んだ」
「まあ! ご両親は?」
「内乱でな、処刑された」
処刑……
では、陛下も一人ぼっち?
私と同じ。
いえいえ、陛下は結婚されているのです。
兄弟より、両親より、愛する存在があるのです。
兄弟より、両親より、強敵ですわ。
ん? 強敵?
わ、私は何を考えているのでしょう!
元へ!
「あ、こほん。あの、陛下。なぜ聖女召喚などされたのです?」
「ハトゥーシャの中が荒れてきてな。周辺領や属国でも不穏な動きがある。ハトゥーシャの先帝は戦好きな人物で随分と無茶な戦いを仕掛けては領土を広げていったのだ。その反動が今きているのだと思う。五百年前にも同じようなことが起こった時、聖女を召喚して国を守ったと古い文献にあるのを神官が見つけたのだ。それで」
「私が国を守る鍵だと?」
「私も半信半疑だったが、こんな可愛い聖女様がハトゥーシャに来てくださり、儀式をして良かったと思っている」
だから、陛下。
一度、視力検査をおススメいたしますってば。
「でも、私に国を救うなんて無理だと思いますけれど」
私、正確には『外側だけ聖女』ですし。
それに、あの利衣奈が召喚されていたとしても、きっと無理だと思いますわ。
気弱な女の子のようですもの。
「聖女様はどのような方法で国を守ったのかしら」
急に、陛下が黙ってしまわれました。
「陛下?」
「……」
「陛下! 上に立つ者が迷いを見せてどうするのです! 言い難いことでも、きっぱりと伝えることが王としての勤めではありませんか! 変な情はお捨てなさいませ!」
「はは、利衣奈様の方が王の何たるかをよく知っておいでのようだ」
「さ、陛下。聖女様はどのような方法で国を守るのです?」
「自らの命を捧げる、と文献にはあった」
「それって……」
「だが、私はあなたを守る! 絶対、死なせはしない!」
私は死ぬために、ハトゥーシャへ召喚されたというの?
外側だけ、ね。
冗談ではありません。
自分も生きて、他も生かす。
それが王たる者。
陛下は聖女様に対して、気弱過ぎます。
私は死にませんし、ハトゥーシャも救って見せますわ、陛下。
嫌われ王女に目標ができました。
ガスパールでは、どうでもいい王女でしたけれど、ハトゥーシャでは……違いますもの。
「ふ、わかりました」
きっと、首切り姫と呼ばれていた頃のような顔になっていたと思います。
まあ、この平坦顔では凄みも伝わらないでしょうが。
「利衣奈様……」
「ハトゥーシャのことを詳しく教えてください、陛下」
「何をなさるおつもりです?」
「私は死にませんから! ハトゥーシャも救うということですわ!」
はあはあ。
久々に大声を出しました。
けれども、陛下のお顔が今一つ、晴れません。
この上、何を思い悩むことがあるのでしょう。
「陛下! まだ何か!」
陛下は目を逸らすと、手を口に持っていきます。
これは!
何か隠し事がある時に、兄さまがよくしていた仕草です。
大体は私をからかった取るに足りない嘘だったのですが。
男の人って、どこも同じなのでしょうか。
「陛下! 隠すとためになりませんよ!」
「聖女様は私の妻になるというのだ!」
「妻!?」
「そうだ! こんな醜い私の妻など嫌であろう!」
ア、アイシェさんがいるのに、妻!
女性に慣れていないフリをして、ケレムさんより上手とは!
許せません!
「この、浮気男!」
「おわ!」
でも、ひっぱたこうとした私の手は陛下に止められてしまいました。
こういうムダに良い動き、余計に腹が立ちます。
「アイシェさんはどうなるのです!」
反対の手を翻します。
パーンと高い音がしました。
え? 当たってしまった?
なぜ、避けないの?
陛下がすっと立ち上がりました。
暖炉の炎も不安気に揺らめきます。
「すまない……」
そのまま、部屋から出て行きます。
「あ、陛下……」
広い背中が拒絶しているようで、それ以上何も言えなくなった私です。




