私の陛下
『私の妻』という陛下の言葉がなぜか酷くショックでした。
陛下を追い出してはみたものの……
ただでさえ広い、殺風景な部屋がムダに広く感じます。
寂しいわね……
いいえ! 弱気になってはいけません。
一人ぼっちなんて、私は慣れっこなんですから。
ガスパールにいた時も、私はみんなの嫌われ者で、誰も私を気にかけたりはしませんでしたもの。
一人なんて平気。
それに……
今さら、友達になってとか、話し相手になってとか、誰がそんな恥ずかしいこと頼めますか!
でも本当は自分に関心を向けて欲しかったんだと思います。
でも、できない。
そんな中で……
トーリをからかうことが、唯一の他人との接点でした。
でも、トーリを怒らせることしかできませんでした。
当然といえば当然ですけど……
痛々しい女ですわね、私。
そう思えば利衣奈も可哀そうですわ。
だって外見が嫌われ王女の『私』なのですもの。
私のせいで、みんなにイジメられていないでしょうか?
特に、トーリは私を嫌っていますからね。
利衣奈に辛く当たらなければいいのですが。
泣いたりなんかしていないでしょうね。
とても気の弱そうな女の子でしたから。
ま、顔は私の方がカワイイですからね。
そこだけは感謝してもらわないと。
でも。
確かに今の私は外見はアレなので超不満ですが、陛下はそんな私を大切にしてくれています。
聖女として召喚してしまった負い目があるからなのでしょうが、ガスパールにいた時のような寂しさはありません。
考えようによっては、私の方が恵まれていると言えるのではないでしょうか。
あのままガスパールの王女リーナとして、みんなに関心も持たれず、嫌われたまま老いて死んでいくよりも。
私にとってはハトゥーシャに召喚されたことは良かったように思えます。
利衣奈が、ガスパールであんまり酷い扱いを受けているようなら、ハトゥーシャに呼んであげてはどうかしら。
やはり、ガスパールの王女リーナのことを早く陛下に調べてもらった方がいいですね。
そう思った時でした。
部屋の扉が遠慮がちに叩かれたのでした。
「食事と着替えを」
扉を少しだけ開けて声をかけてきたのは、陛下です!
何と言うことでしょう!
ハトゥーシャには側仕えがいないのでしょうか?
一国の皇帝という立場にあろう人間が、婦女子の食事や着替えを運ぶなんて!
だから、冗談とは言え、寝室で襲われそうになったりするのですわ!
「陛下! 何ですか! こんな下働きのようなマネをして! 皇帝の威厳はどこへやったのですか!」
ガスパールではあり得ません!
国王である父が『お茶を持ってきたよ、リーナ』なんて言うことは、世界の終わりがきても絶対にないですから。
子どもが熱を出して寝ていても、侍女に世話をまかせて公務を優先する人なのですから。
開け放った扉の外には、陛下が食器を載せたトレーと着替えを持って立っていました。
意外と背が高いのですね。
顔は背けていますが。
「ケレムに相談したのだ」
ぼそりと陛下が言います。
「利衣奈様が急に怒り出したのはなぜかと」
「……」
「そうしたら」
「そうしたら?」
「お腹が空いているのではないかと、ケレムが」
お腹ではなく、胸の中が空腹になったような気がします。
何を食べればいいのでしょう。
やはり、こんなに可愛い人、会ったことがありません。
ケレムさんの方が、こと女性の扱いに関しては陛下よりも上級者なようですけど。
妻がいながらこの不慣れなさ。
なぜ私の陛下ではないのでしょう。
くすり、と私が笑うと、陛下は、ぱあっと明るい顔になりました。
「お腹がペコペコですわ。それに湯浴みもしたいですし。でも、まずはお食事にいたしましょうか」
私が食事を取る横で、陛下は葡萄酒を飲まれているので、あのピンクの板をテーブルに置き、ぽちっと押します。
「お、板に絵が出た! 動いている! 利衣奈様の世界にはこのような面妖なシロモノがあるというのか!」
「ええ、まあ……」
私も初めて見ますが、学生と思しき利衣奈が持っていたのですから、利衣奈のいた世界では一般的なモノと言っても間違いないと思います。
ファミ、ファミ、ファミリーカレー、カレーはやっぱりファミリーだね
ピンクの板は歌います。
何だかクセになりそうな歌ですね、これ。
「この歌のあとは何と言っているのだ?」
「ああ、それはですね」
陛下に、ハトゥーシャ語に直して教えてあげます。
結婚して初めての冬
暖かい暖炉の部屋であなたと食べる
カレーはファミリーカレー
「ほう、これはめでたい歌なのだな」
「ええ、そのようですね……」
また思い出してしまいましたわ。
アイシェさんのことを。
「ああ、そうだ」
「はい?」
陛下はトレーに私の食べかけの食器を載せると、暖炉の前に運びました。
そして、ソファからクッションを取ってくるとそれを暖炉の前に並べます。
「さあ、利衣奈様、ここへ。こちらへいらしてください」
「え、あの……」
「あの歌と同じですよ。それに、私も堅苦しいことは嫌いだ。こっちの方が良い」
そう言って、陛下は暖炉の前に腰を下ろし、胡坐を組んで座りました。
その横に、クッションを踏んで、私がちんまりと座ります。
何だか色々、ダメになりそうです。
暖炉の炎がゆらゆらと陛下の顔を浮かび上がらせます。
陛下の顔が炎の揺れに合わせて、近くなったり遠くなったりします。
アイシェさんへ向けたであろう笑顔が、私へも向けられました。
「さあ、食べて」
「はい……」
テーブルの上のピンクの板はもう歌ってないのに、頭の中では歌が響いていました。




