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陛下と私

 私は陛下の碧の瞳に映る自分の黒い瞳をじいっと見つめていました。

 知らないうちに必要以上ににじり寄っていたようです。

 おでこがこっつんして、陛下が我に返りました。

「うわっ!」

 声が上がって、陛下の顔が離れて行きます。

「あん、もう!」

 何かがわかるような気がしたのに。

 立ち上がろうとした陛下の服を掴んで下へ引っ張ります。

 ベッドへ尻もちをついた拍子に、持っていた剣が転がりました。

 剣を離すなんて、戦闘民族としてどうなんでしょう?

 ハトゥーシャの服は、ゆったりとしたズボンに、これもまたゆったりとした丈の長いワンピースを被って帯で締めたような簡単な作りです。

 陛下はそれにローブを羽織っていますが。

 どれも洗いざらしたような土色で、手に掴んだ感触としては、素材は、麻、でしょうか。

 いずれにしても色気のない、飾り気のない服です。

 これは男性だから?

 そう言えば女性の姿をまだ見ていません。

 女性もこんな味気ない服装をしているというのでしょうか。

「陛下!」

「うわははははい!」

「もっと顔をよく見せてくださいな」

「何で!」

「もっと陛下の顔が見たいからですわ」

「私の顔が?」

「ええ」

「利衣奈様……」

 尻もちをついたままの姿勢で陛下は後ずさっていきます。

 私はベッドの端に上がり、四つん這いのまま、陛下を追い詰めて行きます。

「利衣奈様……止めましょう」

「いいえ! ダメです!」

「そんな……」

 陛下は何歳くらいなのかしら。

 どう見たって私よりは十は上ですよね。

 なのに、この慌てよう。

 女性に慣れていないのかしら。

 トーリにはない可愛らしさに夢中になってしまいました。

 ええ、可愛いです、この人。

 本当に剣を持ち、馬を駆って戦争を仕掛けているのでしょうか。

 ついにベッドの端まで追い詰めました。

「うふ、もう後がありませんわね、陛下」

 私がそう言った時でした。

 陛下が私に飛びついてきたのです!

「きゃあっ!」

 大人の男性をからかった罰なのでしょうか。

 襲われる!

 けれど、陛下は私を自分の胸に抱え込むとベッドをひとっ飛びし、落ちた剣を片手で拾うと、闇に向かって斬りつけたのです。

 ハトゥーシャでは、皇帝陛下でも寝室で襲われるというのでしょうか。

 さっきまでオタオタしていた人とは思えない素早さです。

 こちらが本当の陛下なのでしょうか。

 キーンと、剣が交わる一際高い金属音がしました。

 闇へと、陛下が怒鳴ります。

「ケレム! 何の冗談だ!」

「陛下こそ、ベッドで鬼ごっこですか?」

 ケレム?

 私を痛いくらい抱きしめる陛下の腕の間から声の主を見ます。

 薄暗い中から、陛下と同じ年くらいの美丈夫が剣を握って現れてきました。

 ニヤニヤ笑っていますが。

「気絶した聖女様を、陛下が寝室へ連れ込んだと神官が騒いでおりましたので、様子を見に来てみたら」

「ケレム! 誤解するな!」

「く、苦しいです、陛下……」

「う、すまぬ……」

 陛下が腕を緩めてくれたので、やっと私が顔を出すと、ケレムと呼ばれた美形は驚いた表情に変わります。

「黒髪に黒い瞳……まるでアイシェ……」

「違う! アイシェではない!」

 アイシェとは?

 女性の名前ではないのですか?

 何となく面白くないなと考えていた私です。

 少し強引に陛下の腕を振り払った時でした。

 上着のポケットに入れていた、あの薄いピンクの板がゴトリと床に落ちたのです。

 そして……

 ファミ、ファミ、ファミリーカレー、カレーはやっぱりファミリーだね

 と、歌い出したのでした。

「あ」

 その場にいた三人が落ちたピンクの板を注視します。

 板は歌います。

 歌うだけではありません。

 板の表面に絵が現れて、何と動き出したではありませんか!

 これは呪われた板なのかもしれません。


 結婚して初めての冬

 暖かい暖炉の部屋であなたと食べる

 カレーはファミリーカレー

 ファミ、ファミ、ファミリーカレー、カレーはやっぱりファミリーだね


 それから、トーリとも陛下ともケレムと呼ばれた美形とも違う、黒髪に黒い瞳のイケメンがにっこりと微笑んだのでした。

 この顔は!

 私はベッドの上の利衣奈の鞄から薄いペロペロの透明な板を取り出します。

 この透明な板の間に同じ顔のイケメンの絵姿が入れてあったのです。

 このイケメンは利衣奈の婚約者なのでしょうか。

 絵姿を持っているからにはそうでしょう。

 気付くと陛下と美形が後ろから私の持つ絵姿を覗き込んでいるのでした。

 陛下が悲しそうに言います。

「この御仁はもしや利衣奈様の、将来を誓い合ったお相手……」

「違います! あ、あ、兄、そう! 兄なのですわ! 私のことより、陛下! アイシェとは誰なのです!」

 陛下が唇を噛んで目を逸らします。

「陛下!」

「私の……妻だ……」

 妻?

 つま!

 妻とは女性のことですわね。

 先ほどまでの可愛い陛下はどこかへ行ってしまいました。

 ここにいるのは、大ウソつきで軽薄な、十も年上のオヤジです!

「ばか!」

「え?」

「二人とも、この部屋から出て行きなさい! おやすみなさいですわ!」


 二人を追い出して、ピンクの板を拾います。

 適当にいじっていたら、また歌が始まりました。

 ここを押せばいいようですね。


 ファミ、ファミ、ファミリーカレー、カレーはやっぱりファミリーだね

 結婚して初めての冬

 暖かい暖炉の部屋であなたと食べる

 カレーはファミリーカレー

 ファミ、ファミ、ファミリーカレー、カレーはやっぱりファミリーだね


 陛下も、結婚して初めての冬は、暖かい暖炉の部屋でアイシェさんとご飯を食べたのでしょうか。

 何だか、何だか

 とっても

 悔しいですわ……

 変ですわね、私……

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